NEVER FORGET ME
今年は何年?
時空すらも支配した今の人類にとって時間すら無価値な代物となった。
アイソレーションドライブ。南博士の開発した場の最小角をもたない完全真球による角運動量から生み出される無限に等しいエネルギーによって、人類はついに光速の壁を超え。過去の世界へと旅立つことに成功した。
それによって生み出されたのが、この“閉鎖宇宙”。
俺がここに一人いて、過去の世界に俺を送れば俺は二人に増える。過去に物資を送り続ければ無限に近い物資を手にすることが出来るって寸法だ。
厳密に言えば過去へ遡るのではなく宇宙を周回。南博士によると、レトロゲームのRPGのように“強くてニューゲーム”しているらしいのだが、さっぱり意味がわからない。
物の価値なんて消え失せてしまった時代でも高い値のつく代物がある、それは“未知”と“冒険”だ。
だが残念ながら、キャプテンフューチャーに出て来るような宇宙人は居ない。
なんせ宇宙は百穣年もある。みんな空間集積率の高い未来に行っちまって戻ってこなくなった。
人類が宇宙で知的生命体に出会わないのは、みんな数億年以上先の未来へとお引越ししてしまうからだ。
「キャプテン、予定到着時刻です」
銀色のボディから八本のマニュピレーターの生えたロボットHAL-08が、辺境銀河に到着したことを伝えた。
炭素系有機物で構成されたOBもあるんだが、こいつはこの銀色に輝くタコ型ボディが気にいってるせいか、中々乗り換えようとしない。
俺は目の前で飛び回るうっとうしいマニュピレーターを腕で振り払うと、口頭で指示を出す。
「アイソレーションドライブ停止」
湾曲していた時空が定常状態へと変遷すると、目の前のモニターに赤茶けた惑星が映し出された。このようすだと珍しい物はあまり期待できなさそうだ。
俺はスーパーエニアックの丸ボタンを押すと地表面の解析を開始、備え付けられた真空管が光ると次々に解析結果が上がってくる。
スーパーエニアックは現在と過去を繋ぐ閉鎖宇宙の応用を用いて、たった一個の真空管により並行宇宙で分担した演算を行ない無限に近い計算能力を発揮するスーパーコンピューターだ。
見た目は猛烈にしょぼいのが難点だな。
「エイト、セルの発射準備」
地表の生命探査を一通り終えると、惑星の海面に細胞を発射する。
原住生物の確認も含めて色々と規約が面倒なんだ。ともあれ発射されたセルは地表面に無事到達、あとは“早送り”するだけだ。
「アイソレーションドライブ開始」
宇宙船の船速が光速に接近するにつれて“相対的時間の遅れ”によって船内時間は遅くなる。
まぁ、遅くなるとは言っても宇宙船の外から見ればの話だ。人間の思考速度は脳神経節の遅延により光速度以下なので船内での体感時間は一瞬になる。
五億年ほど“早送り”した後に船速が低下、モニターを包んでいた閃光が徐々に収まる。
続いて目の前に飛び込んできたのは緑溢れる惑星の姿だった。キリスト教徒が知れば卒倒するような光景だ。
「分析を開始します。生存適格級地球型惑星」
“宇宙農家”――それが俺の仕事だ。
まずは作物の育成に適した惑星を探し出し細胞を地表に落とす。
あとは定着した細胞が自己増殖を繰り返し生物が発生するまで未来へとタイムスリップ。自生した生命体のDNA情報を過去へ持ち帰る。
その中に珍しい遺伝子型が含まれれば報酬を得られるって仕組みだ。
「知的生命体が発生していると困るな」
この商売で最も困るのが知的生命体の発生だ。
落下させたセルにはあらかじめ知的生物が発生しないよう遺伝子情報に組み込まれているが、まれに突然変異して発生することがある。
そうなると惑星の居住権はその知的生命体に優先権があるので、短期間の惑星探査しか認められなくなるのだ。
「惑星表面に密集温度変化あり。現地調査に向かいますか」
「向かわなきゃ仕事にならないだろう?」
先に降下した無人探査機から惑星環境の大気情報などが次々に本船へと送られてくる。
俺は重い腰を上げて船室を跳躍すると格納庫へと向かい、型落ちした降下モジュールに乗り込むと操縦室内のエイトに合図を送った。
「準備完了。留守は頼んだぞエイト」
「おまかせください、ただちに降下を開始します」
降下モジュールが慣性制御を行いながら猛烈な勢いで地表へと降下を始める。微かな揺れを体に感じながらも、数分も立たない内に降下は無事終了した。
全長十mにも満たない降下モジュールの内部から惑星大気の状況を再計測。外部シャッターを開けるとそこは小高い丘のような場所になっている。
眼下には原生林が広がり、生命体が密集していると思われる地域までは、少し距離があるようだ。
俺は装着していたカクタススーツを起動すると、ホルスターに収まっていたピストルの稼動を再確認した。
UNKNOWN <探索>(50%) <1D100>19
丘を降りていく途中でも大気や微生物のモニタリングは継続。もっとも俺が体内で飼っている共生細胞によって、ほとんどの毒性は無害化できる。
ナノスケールの人工生物として共生していて、体内に入った毒性を食べてクリーンにしてくれる働き者だ。
森の内部へと突入した頃には地表面での分析もほぼ完了していた。
周囲を見渡す限りでは森の木々は一定間隔を置いて生えていることから生物の手が入っているのは確定のようだ。
しばらく進むと森の中の前方から金属を打ちすえる音が聞こえてきた。森は途中で途切れ川になっていて、そこで何者かが戦闘しているようだ。
<1D6>1
「今日こそ覚悟しやがれ、ゴブリン女!」
百六十㎝ほどの身長をした男は鎖かたびらを身に着け、粗末な剣をゴブリンと呼ばれた女へと振り下ろす。
もう一方の女は百五十㎝ほどの身長で粉をふいたような灰色をおびた褐色の肌をしている。
男 <近接>(30%) <1D100>99
女は男の振り下ろした剣を狙って棍棒を振るい弾き飛ばす。回転しながら飛んでいった剣は川へと落ちると間抜けな水音を立てて沈んでいった。
これは恥ずかしいな、剣を落とした男は呆然としながらおよび腰になっている。
UNKNOWN <剣術>(70%) <1D100>20
<1D6>4+<1D6>6=10
男 CON 50 <1D100>72
「すまないな」
女の振るった棍棒が男の顔面にクリーンヒットした。防具のない頭部にまともにもらったぞ、あれはやばそうだ。
男がろくに防御もせずにもろにもらったので、今度はゴブリンの方があわてだした。
何でこいつらはこんな場所でコントをしてるんだとか、なぜ言葉が自動翻訳可能なのか、色々と聞きたいところだが救命が先のようだ。
「まずいな……また母上にどやされる」
「すまない。ちょっといいかいゴブリンさん?」
俺が背後から声をかけると女が振り向いた。日に焼けたような赤みがかった黒髪に精悍な顔つきをしている。
下あごから突き出た牙がなければ人間と見間違えるほどだ。
ゴブリンは俺の姿に驚いた様子で身構えたが武器を所持していないことが分かると、ゆっくりと棍棒を降ろし警戒を解いた。
「なんだお前は? この男の仲間か?」
「いや、通りすがりの農夫だよ。助けたいんなら、お手伝いできるんだがどうだい?」
ゴブリンは痙攣している男と俺の顔を交互に見ると、一歩後ろに引いたあとにあごで男を指した。
種族間で揉めているのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうだな。
手習い程度だが治療には心得がある。おっと、生体スキャンによると頚椎にひびが入っている。
UNKNOWN <治療>(70%) <1D100>34
男 HP 3 <1D3>2
こりゃ面倒だ、医療ボットを体内に注射しよう。男の静脈に医療ボットを注射して数分もしない内に男は目を開け怯えた様子で這い出した。
ゴブリンは棍棒を抱え上げたままそれをみているだけで、特に捕まえるようなそぶりを見せることもない。
結局男はその場から逃げおおせると、あとに残されたのは俺とゴブリンのみ。彼女は俺の顔を見るなり話を切り出した。
「良い腕だな。お前は医者か?」
「最初に農夫だと名のりましたよ」
ゴブリンは目を細めると俺の身なりを見ながら小声で何かをつぶやいた。たしかに農夫の格好には見えないよな。
UNKNOWN <鑑定>(45%) <1D100>4
<1D100>90 <鑑定>(50%)↑UP
「なるほど、外国からきたようだな」
「俺の名前は――ナセルとでも呼んでくれ」
俺達の氏名は偶数のみの管理番号で呼ばれているので、適当な偽名を名乗っておく。
女はその場で後ろを向き川上へと歩いていくと、顔だけをこちらに向け腕を振った。どうやらついてこいという意味のようだ。
川岸を歩いているとところどころに野営の天幕や切り出した材木などが積まれているのが目に入った。
材木を切り出して運ぶのに川を利用するようだ。だがこれくらいなら昆虫ですら可能な芸当。
暇な道中にゴブリンに対していくつか質問を試みる。
言語については大昔から利用しているもので起源は定かではない。人族との間で軋轢はないが度々あの手合いが現れると簡単に説明された。
「ところで君の集落には決まりごとなどはあるのかな?」
知的生命であることの基準は対話能力の有無ではなく、本能を理性で律する手段を持つことにある。
何故その基準なのかは俺の知るところではないが、法の元で秩序を構築しているのなら彼らは知的生命と認められ、惑星探査の期限も制限されてしまう。
「掟はあるが殺人、強姦、窃盗など極めて簡単なことだけだ」
どうやら知的生命のようだ。村の共有財産として収穫物や獲物などを共有倉庫に提供する際に数をごまかすことや、他人の家屋などを破壊することも罪に当たるらしい。
所有財産の概念もあるのなら争いも絶えないだろうな。
「変わった掟で言えば“決闘”ぐらいだな」
「決闘?」
文化的な生活を営んでいる彼らからはおおよそにつかわしくない単語が飛び出してきた。
聞くところによると鬼族の間では決闘は神聖な儀式の一つであり、挑まれた決闘を拒絶することは出来ないらしい。
そのうえ決闘は必ず一対一で行われ一対多で行われる戦争などは忌避されるそうだ。
「先程の男は運が良かった。二人以上でかかって来た敵は、全員潰さねばならない」
(何を潰すんだ?)
そう言うなり女は振り向いて牙をむき出しにするように笑って見せた。俺が笑って返すと当てが外れたようなようすで片眉を下げ、再び前を向いて歩き出した。
体躯で劣るとはいえあの馬鹿力では決闘したところで勝てるとは思えない。集団で襲いかかった場合、戦闘に加わった者はみんなオカマになってしまう。
お互いの文明に所有の概念があるのであれば領土も存在するのかな。まぁ、俺からするとこんな小さな星を命を懸けて取り合うのはいかがな物かとは思うが。
「着いたぞ、あそこがフォルティスだ」
ナセル <地質学>(40%) <1D100>59
ゴブリンが山刀で差す先には、実に時代がかった王城が平野部に建築されている。
ここから観察してわかるのはフォルティスは城塞都市で、意外に街道も整備されているようには見えるぐらいだ。実に耕しがいがありそうだな。
それより問題なのは教会だと思しき建築物の尖塔に十字架が立てられていることだろう、集合的無意識による偶然の一致だろうか?
「あぁ、助かったよ……ん?」
背後を振り向くとゴブリン族の女の姿は忽然と消えていた。動体反応も見受けられなかったが、いつの間に……。
まぁ、気にしても仕方あるまい、俺は石畳で舗装された街道を歩き続けるとやがて城門前へと辿り着いた。
城門前に居た兵士は俺の風体を特に怪しむことなく、そのまますれ違って進入できてしまった。いいのかそれで。
ナセル <探索>(50%) <1D100>14
「すいません、この街の有力者はどの方かご存知ですか?」
「偉いかたならギルドにいるが、おたくヨソモンかい?」
男は俺の背格好を値踏みするように眺めると手で顔を覆いながら、城を指差した。
「おたくだと、とりあってくれるのは城のほうだろうねぇ」
「どうもご親切に……」
男はなにか情報があれば買わせて貰うと告げると、一枚の木札を俺に渡して立ち去って行った。盗賊ギルド、いよいよファンタジーって感じだな。
俺は男の言葉に従い場内へ近づくと、門兵は俺の顔を一瞥してあくびをする。結局そのまま素通りできてしまった。この国の危機管理能力はどうなっているんだ?
やがて無駄に狭苦しい部屋に血圧の低そうな王っぽい老人と気難しそうな壮年の男が俺の顔を見て声をあげた。
「おぉ、よく来たな。名前は分からんがゆっくりしていくがよい。よき旅人には女神の祝福を与ることであろう」
「少々お尋ねしたいことがあるのですが……」
俺がちらりと視線を移すとそこには頬を膨らませた百三十㎝ほどの金髪の少女が、肩をいからせて壮年の男に向かってぷんぷんと擬音を発しそうな勢いで怒っていた。
「もうヘルるんなんて知らないよ。よその子だよ! よその子!」
「冷蔵庫のケーキを食べられたぐらいで怒ることなかろう」
かたわらの壮年の男が呆れたようにそう口にすると、少女は体の周囲から雷を発生させて怒っていることをアピールする。
空気中のナノマシンを仲介した共生術だろうか? だが大気にそれっぽいものは見当たらなかったぞ。
俺の持つ観測機器は彼女の周囲に一種の重力変動が起きている事を探知した。ヒッグス場の濃度を可変させる質量可変装置の一種? アイソレーションブレーンもないのにそんな芸当が可能なのか?
エイト <分析>(95%) <1D100>39
「名前書いてあったのを食べたんだよ。ギルティ!」
「はいはい」
意味がわからない。知的生命が発生しただけでもイレギュラーなのに、この原住民の異質さは際立っている。
衛星軌道上に待機しているエイトにも分析するように頼むが、何度分析しても解析できないようだ。これは凄いな、何が凄いかって“わからない”のが凄い。
俺が手元の端末を操作していると、少女は興味深そうにそれを眺め、思いついたように俺に言葉をかけた。
「冒険者さん、へルるんの捕獲を頼めるかな?」
「へルルン? お嬢さんのネコかな?」
「ねへへ、ネコというより嫁かなぁ、たぶんセーフハウスに逃げ込んでると思うから……」
少女はその場でなぜか内股をもじもじさせながら照れるとへルルンなる生物について語り始めた。要点がわからない上に九割がのろけ話で、ちょっとイラッとした。
話によると、へルルンの逃げ込んだ魔王城(?)には結界がかけられており、七人の友人の持つ鍵を集める必要があるらしい。
そう言うなり、かなり押しの強い少女は二個の球体を俺に手渡してきた。
「それではお願いします……えーと?」
「ナセルです」
「勇者ナセルよ」
俺の名前を聞くなり、少女は胸を張りながら俺を送り出した。まだやるって言ってないのに……。
「すまんな客人、どれも三km内におるから暇なら付き合ってやってくれ」
「近っ!?」
押しの強い少女と幸薄そうな大臣に見送られ俺は城内を後にした。
とはいえ、あてずっぽうで捜せる訳がないよなぁ。だがさっきの謎の技術の事もある、これは意外に掘り出し物が拝めるかもしれないぞ。
ひとまず人探しよりも腹ごしらえだな、換金用にひととおりの希少金属を宇宙船から持ち込んでいる。これを換金して食事でも取るか。
城下町を軽く見て回る内に不意に景気の良い声が俺の耳に届いた。
「さぁさぁ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。見てみなよこの芋の形と艶、これぞ採りたて旬の味」
「何だ?」
「こんな立派なお芋様が、たったの一銅貨で買えるってんだからぁ驚きだね。どうだいそこのおにーさん、おひとつ買ってきなよ!」
じゃがいもの露天販売か、農家としてこれは見過ごせないな。形も悪くないし味も濃そうに見えるな。
何より威勢のいい呼び込みが気に入った。俺は懐から金の円盤を取り出すと換金して貰えるかを聞き、銀貨十枚に換金して貰い。ついでに芋を一袋分購入した。
「まいどありぃ~」
「おうちのお手伝いかい、偉いね。名前はなんて言うんだい?」
「オレの名前か? ――だぜ!」
俺は売り子の少女の名前を重ね礼を言うと、再びこの足で見知らぬ街を歩き出した。
さぁ――探求の始まりだ。




