辺境の村ヘン5
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木々の小枝が弾ける音を立てて折れる。
茂みからはスピアや剣がゆらゆらと揺れ、こちらへと素早い動きで接近していくのが分かった。
ジェイルはバーバリアンのボルダンと列を成して迎え撃ち。
モードロック・ゾラス・愛音は呪文の詠唱を用意する。
草むらから飛び出してきた、四頭身の小鬼達が大口を開けて剣を振り上げると、戦闘フィールドが展開された。
《魔法の矢》
《魔法の矢》
《凍つく光》
開幕、ウィザード達の魔術による連弾が飛び交う、しかしゴブリンの身長差を考慮していなかったのが原因か。
モンスター達の頭部を掠めるだけに終わった。
突進してくるゴブリンにジェイルが《無謀》にも立ち向かい、撓る剣がゴブリンの腕を深く切り裂いた。
「七匹もいるぞ!」
「囲まれるな! 全周警戒!」
戦闘システム上、二面包囲には命中ボーナス、三面包囲以降からはダメージにもボーナスが付けられる為にモンスター達に包囲される数が増える程危険度が増す。
九名という大人数での戦闘のお陰で対応は容易だが、半数は非戦闘職である為に前衛の四人が止めたとしても三匹は抜けてくる計算になる。
「飛び道具!」
ジェイルの警戒と共に短弓の弦が撓る音が響き渡ると、柴の構えた小盾を貫通。弓矢が椀部へと突き刺さり出血する。
南はゴブリン達に気取られぬよう《疾走》すると、茂みに足をとられる事なくゴブリンの射手に向かって接近する。
続いてダークと美紗も前線に踏み出すと、攻撃を開始した。
「よいっしょお!」
ダークの突きが魔法を浴びて負傷したゴブリンの肩口に決まると、ゴブリンは草むらに倒れこんだまま活動を停止した。
「えいっ!」
美紗の振り回す棍棒が油断していたゴブリンの顔面に命中、ゴブリンは眼光から出血しながらも威嚇音を叫んだ。
前線ではジェイルの剣が、ゴブリンの肉体を浅く切り裂く、続けて振りかぶった柴の手斧がゴブリンの頭部を縦に両断した。
ボルダンが棍棒を大きく振りかぶると、小盾を構えたゴブリンを激しく《強打》する。当たりは浅かったが、その体躯に押し出されゴブリンはあえなく転倒した。
「残りは何体だ?」
「五体!」
ボルダンの叫び声に柴が小盾を構えながらも返答する。
ゴブリン二名からの集中攻撃を受けた柴は、肩口を剣で叩きつけられ裂傷を負い。
繰り出した突きが太股の肉を抉った。
「何で俺ばっか集中攻撃!?」
「柴君はダークと交代して後衛まで下がってくれ」
ジェイルはゴブリンの切りかかった剣を素早く迎撃し、軌道を逸らすことに成功する。
しかしボルダンは転倒したゴブリンに接近しようとした所に、美紗が相手をしていた隻眼のゴブリンに背後から不意打ちを食らう。
背中に激しい裂傷を負い、その痛みにボルダンは思わず呻き声を上げる。
「矢が来るぞ!」
弓を引き絞るゴブリンの射手の背後から南のバックスタブが決まった。
ゴブリンは叫び声を上げて射撃体勢を中断し短刀に持ち替える。
《魔法の矢》
《魔法の矢》
柴を追撃しようと追走していた。
ゴブリンに二発の光弾が命中すると、魔法の力場に弾き出されゴブリンは木の幹へと叩きつけられた。
不利を察知したゴブリン達がゴブリン語で何事かを叫ぶと撤退を開始する。
隻眼のゴブリンは茂みに飛び込み、手傷を負った射手は南に背後を見せて遁走。
転倒したゴブリンを前衛陣が取り囲み、剣を突き出す。
「グギャァァァッ!」
全身を針鼠のように突き刺されたゴブリンは、断末魔の叫びを上げその場に崩れ落ちた。
「あらっ!?」
最後の一体に美紗の棍棒が振り下ろされるが、ゴブリンは脇目も降らずその場から逃げ出し彼女は尻餅を着いた。
ジェイルは剣を鞘に納めると周囲を見渡しながら呟く。
「七体中四体か、なかなか掃討が進まないな」
「美紗ァ……治療してくれぇ……」
「ゴメンね柴、《治癒の光》はまだ使えない」
「そんな殺生な」
一人重傷を負い、満身創痍の柴が血止めの薬草を塗りながら美紗の元へと歩き寄って懇願するが無碍に返される。
美紗は先程の戦闘内容を分析すると深い溜息を吐いた。
たかだかゴブリン七体相手に九人ものメンバーを揃えていて、痛手を食らうとは予期していなかった。
南はそんな美紗の慮る様子を眺めると声を掛けた。
「序盤だから苦戦するように感じるだけさ」
「そうかな? でもこの調子じゃ、四人で冒険なんて無理じゃない?」
「南ィ、NPCを編入しようぜ」
NPCの中には目標を設定された“ユニークキャラクター”と呼ばれる物が存在する。
日常生活を営むだけの単純なAIとは異なる行動原理を持ち、プレイヤーと同じようにゲーム内で独自の攻略活動を行っている。
イベント進行の為に予め用意された“ネームド・キャラクター”と違うのは、彼等は突然変異的にゲーム内に発生するAIだという事だ。
「どうせ女の子ばかり入れる気なんでしょ?」
「ありゃ、バレた?」
「まだ始まったばかりだから、サポートNPCしか居ないんじゃないかな?」
柴の言葉に美紗が警告すると、柴は傷を負っているにもかかわらず余裕の表情でおどけてみせる。
南達はゴブリンの所持品を剥ぎ取ると一路ヘンの村へと帰還した。
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