獣人の都シヌス2
湾に面した海洋都市シヌス、かつてこの地も古代には奴隷貿易で栄え。
豹の獣人であるアポロ三兄弟の手によって奴隷開放運動が行われた。
街には様々な種族の獣人達が行き交い、軒先には多彩な食材が並べられている。
シヌスの街は主に狩猟・採集文化が発達しており、精肉や魚介類等も豊富。
この世界の四大地域を結ぶ中心点に近い事から、品揃えも交易も盛んだ。
ある意味、交易の中心地としてはフォルティスを超える規模を持つ。
「なんか統一感皆無だよな」
「そうですかぁ?」
シャヘルの違和感に地元の獣人であるハナが答える。
文化合流地点となるシヌスでは様々な土地柄の様式建築が建ち並び。
街道は統一感のない店舗や露店が建ち並び、雑多な雰囲気に包まれていた。
「へルるん、教会はあっちだって」
「おぅ、ほんじゃ早速いくか」
大量発注を受けた治療薬を納入する為、飛行船でシヌスまで立ち寄った一行。
やがて眼前には教会とも呼べないようなあばら家が現れ。
その玄関口ではミカが貧乏揺すりをしながら、仁王立ちで待ち構えていた。
「よーしばらくぶりだな。ミカタソ」
「ようやく届きましたのね。あとたそは余計ですわ!」
教会の扉を潜ると、長椅子の撤去された空間には多くの寝台が運び込まれ。
野戦病院の様相を呈した空間にはリリアムが警護に着いていた。
ワスティタースの兵も混在している為に予防的な措置である。
「ほぁ~シャヘルちゃん」
「よぉ、リリアムしばらくぶり」
「来る日も来る日も負傷者の運搬業務ばかり。
早くフォルティスに帰りたいです」
教会では蘇生処置も行われ、運び込まれるのは五体満足な者ばかりではない。
中には原形を留めないほどの者も居る為にリリアムの精神はガリガリ削れていた。
リリアムは弱り果てた様子で言葉を続ける。
「こんな環境じゃお肉も喉を通らないですし」
「全然余裕あるんじゃん」
ラヴァンがエーテル界から治療薬を取り出すと黒法衣の男達が検品を始める。
ミカは治療薬の納品明細に目を通すとラヴァンへと声をかけた。
「品質的には問題ないようですわね。
冒険者ギルドの口座でよろしいかしら?」
「うん、それで構わないかな……」
ラヴァンはそう言いながらもシャヘルに同意を求めるが返事はない。
慌てて教会内を見渡すが、何処かへと消え去ったようだった。
シャヘルはこっそり教会から抜け出すと装飾品を扱う店などを見回っていた。
この世界に着てから既に二年が経過、一年目はゴタゴタして時間を取れなかった。
(別に記念日って訳じゃないけど)
2人が出会った日の日付を覚えていたシャヘルは何か送ろうと考え。
ラヴァンには内緒でプレゼントを物色しに市場へと訪れたのだった。
(ケッコーあいつお洒落に気を使ってそうだしな)
全ての指に指輪を嵌め両手両足にまで輪を嵌めている。
それぞれに能力を強化する付呪が込められ、お洒落というよりは実用品である。
「いやいやいや、指輪なんて送ったら。
絶対あいつ勘違いするぞ!?」
「お嬢ちゃん恋人への贈り物かな?」
「うぴっ!?」
独り言を聞かれたシャヘルが飛び上がると露天の男へ目を向ける。
金魚鉢のような珍妙な物を頭から被り、内部の顔を見る事は出来ない。
並んでいる代物は近代的な形状をしている物が多く《ハンバーガーもない》。
「贈り物にお困りなら、このトランジはどうかな」
「へぇ、変な形してるけど何に使うんだ?」
「それは私にも分からない」
「いやいや、知っとこうよそれは!?」
目の前の男は両手を叩いて笑うと、シャヘルは不貞腐れた顔でトランジを置いた。
ふと、顔を上げるとはるか遠くの霞む景色の空に何かが浮かんで見える。
世界の中心に漂う、浮遊大陸カエルムだ。
「なぁなぁ、なんだいありゃ?」
「浮遊大陸カエルム……。
かつて神柱達が最後に向かった場所だと言われている」
「へぇ、そこで何かあったのか?」
「いいや、“何もなかった”」
「まるで見てきたように言うんだな?」
シャヘルがそういうと銀色の兜の中で男が笑ったように見えた。
カエルムは絶海の孤島インスラにある魔方陣から到達する事が出来るらしい。
「この水晶のお守りはどうかな?」
「おっいいなぁ、幾ら?」
男は手の平を見せるように立て5本の指を指し示した。
相場では普通の価格、シャヘルは懐から金貨を5枚取り出すと、男へと手渡す。
男はおまけに贈答用の箱まで付けてくれた。
「あんがとな、にーちゃん!
なぁ、にーちゃんなんて名前?」
「ジャーヴァス――昔はそう呼ばれていた。
さぁ、今日は店仕舞いだ」
教会へと歩き去るシャヘルの後姿を眺め、男は何も言う事無く店を畳み始めた。
▼
月明かりが照らす、シヌスの街を見下ろせる高台をジャーヴァスが歩き続けている。
街道の途切れる地点へと差し掛かった時、外套を被った2人の男が現れ。
男達はジャーヴァスの前に立ち塞がると小声で呼びかけた。
「早かったな、ジャーヴァス」
「あぁ、お前達は……」
「もう一体の方は見失ってしまった。
チェルノブ、次はどうする?」
チェルノブと呼ばれた男の外套から金属質のヘルメットが露になった。
近未来的なボディーアーマーに身を包んだ姿はこの世界では一際異質さを放つ。
チェルノブは声を聞くなり光子銃を引き抜くと、ジャーヴァスに向け光線を放った。
「次は――こうだ!」
不意を突かれた形となったジャーヴァスは被弾、体に火の手が回り苦しみだす。
やがて卵殻がぼろぼろと割れるように剥がれ落ち、その正体を晒した。
「チェルノブ! こいつは!?」
「気をつけろハリー、どうやら本命のお出ましのようだ」
《白い貌》の効果が消滅、ジャーヴァスの皮を被っていた者が姿を現す。
その姿は色白で肩まで伸びた金髪を靡かせ、薄く怜悧な眼で眼前を見据えている。
体躯は大人の身長ほどになっており、年齢以上の威厳を漂わせている。
「ラヴァン、ジャーヴァスをどうした」
「潰しても潰しても――貴方達人間は這い出てくる。
ちょっと飽き飽きしてきたかな」
手の平を開き、指輪を克ち鳴らすとラヴァンの周囲に密度の高い光弾が乱舞する。
ハリーは《壁抜け》の固有能力を使用、ラヴァンの目を晦ます。
正面に対峙したチェルノブの光線は障壁により弾かれ有効打には至らない。
「質問に答えろラヴァン!」
「あははははは――喰べちゃった☆」
《光輪》
《自我の喪失》
チェルノブの固有能力発動に合わせ、ラヴァンが確率によって固有能力を無効化する。
光輪の発動を失敗したチェルノブは距離を取り、ハリーの援護を待つ。
ラヴァンは壁を抜けながら銃弾を発射するハリーの攻撃を難なく捌く。
「悲しいね、あんなに仲良しだったのに……。
サントスさんやサブさんもきっと寂しがってるよ?
ねぇ――鎌倉さん?」
「《風魔手裏剣》!」
《形態摸写》
チェルノブの放つ固有能力《風魔手裏剣》を《形態摸写》によりコピーする。
両者の攻撃は中空で相殺される物の、ラヴァンの更なる《風魔手裏剣》が続く。
《形態摸写》により複製した固有能力は回数制限なしに発動する事が可能なのだ。
「これで三手、最早お主に打て手はない、ハリー殿!」
「《ヒランヤ》」
ハリーの《ヒランヤ》の能力効果により、1ターン10秒間の間のみ無敵となる。
ラヴァンはその言葉に呆れたように溜息を吐くと、更なる能力を発動させた。
《災厄の大渦》
ハリーの特攻により光弾は消滅、続く銃撃がラヴァンの至近距離で襲い掛かる。
しかし銃弾は彼女の体に触れる事無く透過する。
《憤激》
固有能力に次ぐ固有能力。ラヴァンの発動した《憤激》により反撃がハリーを襲う。
肉体の耐久値を遥かに超えた暴虐の嵐によって、ハリーの肉体は砕け散り。
《魂の幽閉》が同時に作動するとハリーの魂は闇に呑まれていった。
バグ・エネミーの能力は《自爆》を含めると一体四種となっている。
ラヴァンは既にそれを超える回数を行使していた。
「ハリーッ! ば、馬鹿な!?
お主達の固有能力は一体三種までの筈」
「あははははは――残念賞☆
ここにいるのが一体とは誰も言ってないよ?」
ラヴァンがこれ見よがしに指に嵌めた指輪を晒し、ちんと金属音を鳴らした。
指輪には“5AC959AC”のポップアップが表示されている。
「ゆ、指輪が……」
《恨みの一撃》
《恨みの一撃》の効果によって今まで倒したモンスターの数、生命点を失う。
チェルノブの五体は一瞬にして弾け飛び、頭部だけが地面へと転がった。
虚ろな表情で死を待つ鎌倉の肉体はハリーと同じように蝋化が始まっている。
それはまるで、かつて見たバグエネミーの異貌に酷似していた。
「南……殿……」
「嘆くことはない、多くの生命体が夢見た。
“永遠の命”を手にする資格を貴方は得たのだから。
光の届かぬ氷獄の川底で、永遠に――」
遂には鎌倉の魂を《魂の幽閉》が捉えると、辺りは再び静寂に包まれる。
「“おやすみなさい”」
月明かりが雲に隠れ周囲を闇の帳が覆い尽くし、一つの声が静かに響き渡った。




