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獣人の都シヌス1

 ウィンクルム商店の店内、シャヘルが棚の欠品けっぴんを数えながら手元に記帳している。

 日用品の欠品が多く冒険に利用する道具の売れ行きは悪い。

 半ば趣味で開いてるような状態であるので、特に気にする事無く羽筆を置いた。


「冒険者の来客が減ったなぁ」


 ワスティタースに向かう行商が増加した為に地元を離れた者が多いようだ。

 教会のミカも一時的に戦地での救援活動を行っており。

 ラヴァンも数日前から治療薬の精製が追いつかない状態となっていた。


 シャヘルが会計台の椅子いすに座ると同時に奥からラヴァンが幽鬼のように現れ。

 足をもつらせながらシャヘルの背後からもたれかかった。


「ヘルるーん、調合が終わんないよ~ぉ!」


「も~しょうがないなぁ」


《分裂》


 指で台をはたくとプチヘルがぽいんと音を立てて登場、ラヴァンが目をかがやかせる。

 分裂するほど能力が低下するので、当面10匹ほどを手伝いに回す。

 今回は分裂する数が少ない為に体長は10㎝ほど。

 ラヴァンがうりうりとプチヘルを指でまわすが、割と本気で嫌がっている。


「ねへへ、これは色々とはかどりそう……」


「オレは倉庫で荷卸しやってるから。

 へ、変な使い方は禁止だからな!」


「はぁい☆」


 シャヘルがフラグ発言をしながら奥へと引っ込むと、ラヴァンは錬金室へと向かう。

 ラヴァンの背後をプチヘル達が不安そうによちよちと後を追った。

 少女は部屋に着くなり施錠せじょう、エーテル界から治療薬を取り出しアリバイを作る。


「変な使い方じゃなければいいんだよねぇ~☆」


「!?」


 ラヴァンは身の危険を感じて遠ざかろうとするプチヘルを机の上に乗せた。

 衝撃を与えると煙となって消えてしまうので注意が必要である。

 ラヴァンはこほんと一言、咳払せきばらいすると両手を上げて叫んだ。


「へルるんの深層心理テスト~☆」


 分裂したシャヘルは本人の精神や特性を数で複製した物だ。

 つまり、この生き物に質問をするとシャヘルの心理を知る事が可能なのである。

 具体的に仮定すれば1匹10%ぐらい。


「○か×かで答えてね☆

 第一問、ラヴァンが大好き」


 机の上は中央の線で区切られ左右に記号が書かれている。

 プチヘル達は質問の内容に首をひねると、もそもそと移動を始めた。

 10匹全員が○へ行った事でラヴァンは興奮冷めやらない様子である。


「流石、私の嫁だね。どんどんいくよぉ~☆」


 地獄の査問会さもんかいが遂に始まった、ラヴァンはイーリス・リリアム・ハナの名前を上げ。

 望まぬ結果が出る度にプチヘルに舌打ちや恫喝どうかつを加え結果を誘導する。

 最終的にイーリス2、リリアム2、ハナ1という結果であった。


「……まぁ、2ぐらいなら誤差の範囲かな?

 第五問、パターソンが大好き……」


 質問するラヴァンの顔から笑みが消え、真顔のまま威容いようを放つ。

 唐突なラヴァンの豹変にプチヘル達はおびえた様子で机の上で腰を抜かした。

 結果は○が0に×が10、この結果にはラヴァンもどや顔を隠せない。


「当然の結果だよね☆

 第六問、ラヴァンと恋人になりたい!」


 自信満々で声を挙げるラヴァンとは裏腹にプチヘルは困惑気味である。

 3匹は迷う事無く○に並んだが、1匹は間をうろうろし6匹は×へ並んだ。


「そんな、そんな訳ない。

 ヘルるんの私への好感度は振り切れてるはずなのに……」


 実に根拠のない自信である。

 しかし残念ながら、この程度でへこたれるほどラヴァンはもろくはない。

 質問のハードルを下げて次の結果へと望む。


「第七問、ラヴァンとHしたい!」


 ハードルがかなり上がっているが、本人はハードルを下げたつもりである。

 プチヘルの1匹が散々迷った挙句○に並んだが、9匹は×に並んだ。

 この結果にはさしものラヴァンも致命傷である。


「1?……ば、バカな。このラヴァンが……1ですって?」


 ショッキングな事実を受けて、若干キャラが変わっている。


「1……10%? 10って事は10回土下座すれば1回OKって事だよね。

 打率的には悪くない……悪くないよ」


 更には趣旨まで変わり出している、ラヴァンは虚ろな目でぼそぼそとつぶやき。

 狂気の張り付いたそのかおをみてプチヘルは逃げるように頭を抱えおびえだした。


 ラヴァンははっと我に気付くと、おびえているプチヘル達に謝罪する。

 どうやら懐柔作戦にシフトしたようだ。


「第八問、ラヴァンとキスしたい!」


 これが現在の彼女の妥協点、プチヘル達はいそいそと机の上を移動する。

 結果は驚きの好成績、○に6匹が並び×は4匹という結果に終わった。

 プチヘル的にもキスぐらいなら良いかな的な妥協である。


「こうしちゃいられないね!」


 勢い付いたラヴァンは部屋を飛び出すとシャヘルのいる倉庫へと走り出す。

 倉庫の中ではシャヘルが箱を運び出し、店頭へ品出しを行っていた。


「へルるん!」


「ん? ラヴァンもういいのか?」


「キスしちゃお☆」


 その日、警戒したシャヘルが寝室ではなく長椅子ながいすで寝たのは言うまでもない。





 フォルティスのリムネー広場、ワスティタース開放に合わせ。

 出稼ぎ労働者などがフォルティスへと集まる事で人通りも激しくなっている。

 シャヘルの露天を委託経営者として、任せられたハナが接客に現れた。


「いらっしゃいませ、先生ぇ」


「おつかれ~、ケッコー流行ってんな」


 シヌムの獣人達を雇用する事で、露天経営も軌道に乗っているようだ。

 狩猟民族である獣人から転移門で食肉を大量に輸入する事で利幅も増している。

 イーリスが椅子いすに先んじて着席すると、相談を切り出した。


「ワスティタースの件も無事に済んだぞ」


 ワスティタース城の陥落と共にコルリスからも治安維持の兵員が拠出きょしゅつされ。

 安定化した現在では撤収して、自治完了まで秒読み段階へと入っている。


「それで相談なのだが、先日飛行船で言っていたな」


「ん、貿易の話か?」


「そうだ、食料の他に交易の商材として適した物はあるのか?」


 コルリスは丘に張り付くように連なる街である為に酪農などが中心である。

 農作物の生育などにも適しているが、逆に鋼材等の自給が出来ない。

 シャヘルはあごに手を添え考える素振りを見せると、言葉少なに答える。


「ん~? 無形物輸出が一番良いんだけど」


「無形物?」


 無形物とは主にサービス等に関わる商材であり、ここにはプログラムなども含まれる。

 所謂いわゆる知財権や特許収入などの輸出はこれ自体には実体がない。


 現代で言えばネット上でプログラムを販売する行為等が挙げられるだろう。

 無形物との交易となると資源的な交易条件は更に悪化する。


 何故なら武具との交換で考えれば、空気と鉄の物々交換になってしまうからだ。


「あとは市場の参入障壁を緩和して資本を分散するといいぜ」


「? すまないが意味が分からない」


「商会が大きくなると新手の商会をつぶす。

 自分の都合の良い規制を作っちまうだろ?」


 大手商会が自社利益を防衛するために国家に働きかけて参入障壁を設ける。

 これによって大手商会の資本形成と集中をより高める事が出来る。


「独占すれば資金力が増すだろう? それでは駄目なのか?」


「100の資本を全部抱えて失敗したらどうすんの?

 資本を50ずつに分散化しておけば、失敗しても損害は小さいんだ」


 資本主義の行き着く先は一つの企業が資本を独占する共産主義体制である。

 全体主義国家は何故、破綻はたんするのか? それは“人間は必ず失敗する”からだ。


 資本の集積率を増す事は失敗による損失を増加する事にもつながる。

 従って資本主義は市場の独占を禁じているのだ。


「実に興味深いお話をされているようですね」


 シャヘルが声をする方に振り向くと、わきに立つパターソン。

 その後ろでジト目でシャヘルを見詰めているラヴァンの姿があった。

 ラヴァンはぽてぽてとシャヘルの席に歩きよるとひざの上にちょこんと座る。


 無言の所有権主張である。


「飛行船借用についてパターソンから、お話があるって」


「あ、はい」


 ひざの上から至近距離で話しかけてくるラヴァン、萎縮いしゅくして生返事を返すシャヘル。


「金貨500枚で如何いかがでしょうか?」


転移門ポータルの10倍かよ、積みすぎじゃねぇか?」


「魔力の充填じゅうてんが不要で積載量せきさいりょうも比較になりません。

 妥当だとうな数字であると自負じふしております」


「グフフ、技術解析して同じ物作ろうとしたって無駄だぜ?

 ありゃ裏技的な代物だからな」


 シャヘルが不敵な笑いを浮かべると、ひざの上のラヴァンと目が合った。

 パターソンとシャヘルの顔を交互に見比べ、勝ち誇った顔でふふんと鼻を鳴らす。


「少しばかり焦り過ぎましたか。

 何分他ギルドにせっつかれているものでして」


「ワスティタースの復興に走らせるんだろ?

 それなら50金貨ほどで構わないぜ」


「……新しい事業では最初の値付けが後を引きます。

 宜しいのですか?」


 話を立ち聞きしていたハナが卓の下から顔を出し様子をうかがっている。

 結局、半額の250枚で貸し出す事になり、事業資金として回される事となった。

 この世界では日当1~3金貨、冒険者は1~5銀貨である為、破格であると言える。


 ウィンクルム商店二号店の立ち上げも可能な金額だ。

 事業の拡大に回す事も出来るが、街の小さなお店屋さんで済ませて置きたい。

 とすると当面は使い道のないお金という事になる。


 様子をうかがっていたハナが目の前で繰り広げられた取引にいきんでいる。


「一瞬にして金貨250枚……これが資本の力なのですねぇ」


「ハナもお店やってみないか、今なら無利息で貸すけど?」


「え、良いのですか先生!?」


「あぁ、貯め込んでも、ソムニウムに税金で取られちまうしな」


 そこに相席していたイーリスのまゆがきりっと上がり、席を立ち上がる。


「相談がある!」


「はいはい、イーリスにも貸し付けるから心配すんな」


 イーリスの顔が真顔のままぱぁっと華やぐと意味もなく両手を上げる。

 ウィンクルム商会の保有する資本はどれもインフラに関わる物である。

 市中の取引量が増加する程に利益率を増すので貯蓄する事に意味はない。


「人族の“ハンバーガー”農法を取り入れることにした」


「農業か? それならそっちの言い値で貸すぜ」


 米国の食料補助制度の予算は9兆7000億円。

 5000万人近い人間が食料補助を受けている、何故 破綻はたんしないのか。


 食料自給率が100%を超える米国では社会保障費を自国内で償還可能。

 食料補助の費用が穀物メジャーに渡るだけで損失を生まないのだ。


 パターソンはふむと一声あげて考え込む仕草を見せると、シャヘルに質問した。


「社会保障は経済成長の足枷になるのでは……」


「経済成長なんて簡単さ、食料・鋼材・燃料の値段を上げればいいだろ?

 だけど、物価高と生活がゆたかになったかとは別の話だぜ。

 生産性を向上させて在庫を増やすと物価は低下するからな」


「……具体的な方策をお教え願いますか?」


「食料・鋼材・燃料の自給率を限りなく100%に近付けて自立する事かな?」


 ソ連崩壊後、ルーブルのインフレにより店頭の商品は全て高騰した。

 その中でもパンの値段は自給率の高さから差して変わる事無く販売され。

 予想ほどの混乱は見られなかったのである。


 この事から自給率の高い輸入品目は為替の影響を受けない事がわかる。

 それ所か国産の価格推移は低位するので外国製品よりも国産品価格が低くなり。

 通貨価値を毀損するほど国内産業が有利になるのだ。


 無論、国内自給率が低い国が同様の行為を行なうのは単なる自殺行為である。

 何故なら輸出価格の利益と輸入価格の損失が相殺してしまうからだ。

 専門外の会話の応酬に若干ハブられ気味だったラヴァンがふんすと鼻を鳴らす。


「私もヘルるんを借りるよ! 100じょう年契約で!」


「ながいよ! 宇宙終わってるだろ!?」


 最近、自重じちょうしなくなってきた同居人に頭を悩ませるシャヘルなのであった。



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