ワスティタース決戦2
《炎々たる暴君》
両手に立ち込める炎を魔力により炎を精密操作させ大剣へと形状化させた。
この世界ではほとんどの魔法は時空魔法の応用として体現させる事が出来る。
空間を断熱圧縮させ自然発火点まで上げる事により炎の秘術。
空間を拡張する事により氷の秘術、この二つを組み合わせ風の秘術を操り。
風を交差させる事による摩擦によって雷光を生じさせる。
魔術師ギルドの多くはこの秘術の原理を知る事無く利用してきた。
ここに来てファビアンは秘術の真理に触れ、その技量を覚醒させたのだ。
但しパクリである。
「ファビアンの奴もケッコーやるじゃん」
「私はやらないからな」
「あ、うん。イーリスにはそういうの期待してないから……」
シャヘルの目前から甲冑を着込んだ騎士が襲い掛かる物の鎧袖一触。
次々に戦杖によって張り倒され石床へと伸されていく。
目前に絢爛な装飾の施された黄金製の門が目に入ると、飛び蹴りを繰り出す。
「悪趣味なもん作りやがって!」
石床の上へと着地したシャヘルは素早く体勢を整え、部屋の内部を見渡した。
謁見室と思われる内部はがらんどうになっており、人っ子一人居ない。
シャヘルは玉座があったと思しき場所へと歩み寄ると魔力の痕跡を見つけた。
「――ラヴァン?」
“固有能力”である事を聞いた時、シャヘルは王と接触する事を考えていた。
その為シヌスにラヴァンを置いて、ワスティタースヘと向かう事にしたのだ。
シャヘルは当てが外れると忌々しげに壁を睨み付け、その場を振り向く。
すると、先程まで居た筈のイーリスが何処かへと姿を消していた。
「イーリス? イーリスどこだ!」
その頃、イーリスは見知らぬ玄室の内部へと隔離され。
はぐれたシャヘルを探す為に曲がりくねった道のりを歩き続けていた。
何処までも続く迷路のような空間に思わずイーリスは肩を落とし溜息を吐く。
「はぁ、転移の罠か?
おいシャヘル! 居ないのか?」
天井からぱらぱらと砂が零れ落ち、大きな振動を伴って玄室が揺れたのを感じる。
それによってイーリスは自らが地下へと転移された事にようやく気付いた。
「ワスティタース城の地下? ならば……」
イーリスは腰の山刀をゆっくりと抜き放つと、最奥にある玄室へと足を踏み入れる。
目の前に聳え立つ黄金の像と目があった瞬間、首筋に熱を感じた。
「!?……ぁ!」
イーリスは喉元を抑え倒れ込み、止め処なく溢れ出る血を両手で塞ぐ。
目を上げると其処には頭巾を被った一人の男が剣を持ち、血を滴らせている。
音もなく忍び寄った男の手により、イーリスは喉を切断されたのだ。
「クハハ……誰かと思えばコルリスの姫君ではないか?」
「貴、様……は」
「俺か? 俺の名は……」
男はそう言うと被っていた頭巾を片手で脱ぎ捨てる。
頭髪が抜け落ち眼孔は落ち窪み、青白い皮膚には紫色の管が走る顔面。
その異形の男は口角を上げると名を名乗った。
「ジョー……そうだ、俺の名はジョー」
「!?」
ジョーの振るう剣がイーリスの肩口から腹へと抜け、袈裟懸けに斬り捨てられる。
イーリスはその場で膝を折り、石床へと膝を着くとその活動を停止した。
「これでコルリスも終わる。
ようやく、ようやく、俺の復讐劇の幕が上がる時が来た。
フォルティス――フォルティス騎士団」
贋金を掴まれ放逐されたジョーは手下からも見限られ逃走中に殺害された。
身包みを剥がれ打ち捨てられたジョーの亡骸と霊魂は山奥を彷徨い。
幾度もの意識の途絶を伴いながら、行脚中の神父の手により助けられた。
数百年の時が過ぎ、発展した嘗てのヒューレーはフォルティスにその名を変え。
時間経過による変容によって、ジョーの姿は醜く変わり果て。
復讐心に駆り立てられた男の魂はフォルティスを滅ぼす為の復讐鬼と化していた。
「アァァノ野郎ォォォッ!! ブッ殺シテヤルゥゥゥッ!!」
狂乱状態となったジョーが吼えると、玄室の内部にその声が響き渡る。
ジョーは辛うじて正気を維持すると、傍らに転がるイーリスの体を蹴り転がした。
「ヒヒヒ、ちっと勿体無かったな。
ん、何だ。金貨……」
ジョーは床に落ちた皮袋から金貨が零れ落ちているのを見つけ手を伸ばす。
「地獄の沙汰も金次第ってな、ヒヒヒ」
ジョーが金貨を拾おうと手を伸ばした瞬間、玄室に金属音が鳴り響く。
拾おうとした金貨がジョーの手から逃れるように跳ねると、銀貨と銅貨に姿を変えた。
《黄金の心臓》
身を屈め頭を下げたジョーは後頭部に吹き付ける生暖かい風と瘴気を感じ。
その耳には背後から聞こえてくる浅い呼吸音が耳に届いた。
ジョーはすかさずその動きに反応すると頭上に居る何者かに剣を振るい上げる。
《換金壷》
次の瞬間、手に持っていた剣が金貨となって床へと散らばる。
その金額は所有していた剣の購入金額と同額であり文字通り換金されていた。
ジョーはこれが固有能力である事に気付き、得体の知れない恐怖に戦慄する。
《負物の輪》
「グギャッ!?」
ジョーの喉元を締め付ける金の輪が突然出現すると、男の喉を徐々に締め上げる。
時間経過と共に強くなるそれから逃れるようにジョーは石床を這いずり回り。
襲撃者の方に視線を向けるべく顔を向けた。
「ブ……ブ……プギュッ!!」
遂には締め付けた《負物の輪》が急速に収縮すると、ジョーの首を刎ね飛ばす。
今際の際に彼の見た光景には『5F376B32』とポップアップが表示されていた。
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薄暗い玄室の天井に穴が開くとシャヘルが上階から飛び降りる。
黴臭い臭いに顔を背けながらも、人の気配を感じ大声で名前を叫んだ。
「おーい、イーリス!」
「おぉ、ここだぞシャヘル」
「ぴゃっ! いきなり後ろから話しかけんな!
って、どした。その格好?」
イーリスに外傷は見当たらなかったが、何故か血に汚れており片乳を晒していた。
その背後には宝箱を引き摺って、盗む気満々の体勢である。
シャヘルは呆れ顔でイーリスの顔を見詰めると、止血用の布を手渡す。
「とりあえずこれで隠しとけよ。あとそれは置いてけ」
「何を言うシャヘル、ここまで来て手ぶらでは帰れんぞ!」
「グフフ、こういうときゃ入り口を塞いどきゃ良いんだよ。
あとは、面倒毎が終わったら……な?」
「ふむ、把握した」
シャヘルは玄室を見渡すが金貨が床に散らばっているのみで、王は見えない。
しばらく周囲を見渡しているうちに上階からトルボーの声が聞こえてきた。
話によると、城内部の兵士達が正気を取り戻し武装を解除したらしい。
「城内の抵抗が収まったようだ。
お前達がスレン王を討ち取ったのか?」
「いや、まだ探してる最中だけど、逃げられたのかもな」
シャヘルとトルボーが話している間にも、ファビアンはせせこましく情報収集に走り。
正気に戻った兵達から城内についての情報収集が続けられる。
「おい、どうやら地下牢が存在するようだぞ」
「地下牢?」
「あぁ、叛乱を起こした者にのみならず。
不要になった不具者なども幽閉されているらしい」
現時点で《戦争狂》の能力効果は解けているために問題は軽微と判断。
シャヘル達はワスティタースの兵に案内され、地下の一角へと辿り着いた。
地下牢には腐敗臭が充満していて、かなり凄惨な環境にあるようだ
「なんだこりゃ! ヒッデー場所だな」
「わざと不浄にする事で結界を形成しているのだ。
奇跡の力が弱まるからな」
ファビアンがどや顔で解説すると、シャヘルは少しイラッとした。
城内の喧騒が静まる事で地下牢の何処かから、何者かの声が聞こえてくる。
シャヘルは手分けして地下を捜索する内に呻き声の響く牢を発見した。
檻の鍵を破壊しつつ辺りを見回っていると、聞き覚えのある声が耳に届く。
『ちびっ子』
「あ、カルバンのおっちゃん……だっけ」
『そうだ。しばらく見ない間に……いや、成長しすぎだろ!』
以前フルフィウスの街でお世話したりされたりしていた諜報員のカルバンである。
牢の中に目を移すと、やせ細り朽ち果てた遺体が牢の中に押し込められていた。
どうやら当人は既に死んでいる様子だ。
『見ての通り自由が利かない身でな……』
「霊魂で話しかけてるのか?」
『いいや、蘇生を封じる為に繋がれているんだ』
シャヘルがポーチを開きながら何かを探している間、カルバンは重苦しい口を開く。
奇跡の力の届かぬ不浄の牢獄に繋がれる事で意識を持ったまま永遠に繋がれ。
精神が狂気に染まる前に残された家族に言伝を頼みたい、と。
『俺の子供には……おい聞いてるか?』
「わりぃな、おっちゃん。そう言う事は直接本人に言ってくれ」
《浄化の極光》
シャヘルが手元の巻物の起動韻を放つと牢獄に懸けられた呪いが解呪された。
『これは?……俺は……帰れるのか?』
「あぁ、蘇生は順番待ちになるけどな。
おっと、今急いでるんだよ。またな!」
『あぁ……またな!』
一通り探索を終えた一行が中庭へと戻ると、上空から一隻の飛行船が着陸。
シヌスの防衛に成功したラヴァン達をワスティタースまで運んできたようだ。
ふよふよと浮遊するラヴァンがシャヘルに飛びつき、シャヘルは思わず尻餅を着く。
「ひゃぁぁ、ヘルるーん! ラブラブチャージが足りないよぉ!」
「いひゃぁぁっ! 見てる、みんな見てるから!」
箍が外れて変態となったラヴァンがシャヘルに襲い掛かる。
その様子を見て一同はどん引きすると、絡み合うシャヘル達から距離を取った。
はたとラヴァンがイーリスの様子に気付き、疑問を口にする。
片乳を布で隠し腰布には血液が付着しており、襲われたように髪は乱れていた。
「あれ、イーリスちゃんどうしたの?
血がついてるよ?」
「あぁ、シャヘルと一緒に居たが。
何時の間にかこうなっていた」
「ちょっおま! 絶対わざと言ってるだろ!?」
ラヴァンの口がへの字口になると、何とも言えない表情になる。
その後、無言の圧力に気圧されたシャヘルにラヴァンがしがみつき。
フォルティスの自宅に帰宅するまで決して離れなかったという。




