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ワスティタース決戦1

 深く沈んだやみの中で石床を靴が叩く音だけが鳴り響いていた。

 やがて一人の男が威容いようを放つ像の前に立ち止まるとかしずいてひざまずき口を開く。


「スレン陛下、我がワスティタースの保有する私掠船しりゃくせん拿捕だほされました」


 眼前にそびつ黄金の像は人型を成しており、腐敗臭がめている。

 そのひとみの眼球が動き出すと、足元にひざまずく男に視線を向けおごそかに言葉を放つ。


『シヌスを陥落せよ』


「は、陛下の御随意ごずいいのままに――」


戦争狂ウォーモンガー


 黄金像の言葉が石室に鳴り響くと屋外から狂騒きょうそうにも似た叫び声が木霊こだまする。

 男は王の謁見室から退室すると、城下を一望できる場所へと向かい足を止めた。

 眼下では自我を失った領民達が手を手に武器を構え振り上げている。


「シヌスを滅ぼすのだ!」


 数万に及ぶ人の波が我先にとむらがり、シヌスヘと走り出す。

 展望台から狂戦士と化した民衆の狂奔を眺めながら男は満足げに笑みをこぼした。





 一方フォルティス城内では海パン姿のオーランドがテラスで日光浴をしていた。

 あきがおのタデウスもかたわらに居ながら、これ見よがしに深い溜息ためいきく。


「んぉ? なんじゃタデウス。心労がまっておる様だの?」


「いえいえ陛下はお気にさらず」


「たまには息抜きも必要だろうて。

 シャヘル殿が現れてからというもの市場も活気付いておるからな」


 借地料や投資などによって運営しているオーランド王家。

 シャヘルが始めた数々の隙間すきま産業は少ない資本で新規参入可能だ。

 更にはウィンクルム商店の商品複製等も多く出回り市井しせいにわかに活気付いている。


「全く転移門を利用した密輸など……。

 ラヴァン殿に耳に入ればどうなります事やら」


「よさんかタデウス! そういうのをフラグが立つと言うのだ」


「おーい! おっちゃ~ん!」


 オーランド王が突如聞こえてきたシャヘルの声に飛び上がる。

 あわてて左右を見渡しながら声の出所を探しタデウスの指す上空へと顔を見上げた。

 そこには一隻の船が何故か空へと浮かんでおり、少女が暢気のんきに手を振っている。


「んなっ! タデウス、あれはなんだ!?」


「船ですな」


 錯乱するオーランド王の声に答えにならない答えをタデウスが返す。

 最早船程度が飛んだところで驚くほどの事ではない、タデウスも大概たいがいであった。 


 シャヘルは船の進行設定バグによって陸上に乗り入れが可能な地点を利用。

 リートゥスからフォルティスまで船を空に飛ばして帰還したのだ。


「これパターソンのにーちゃんからもらったんだけどさぁ。

 置く場所がないんだよ」


「それならば中庭に停泊してくれ、早急にな」


 タデウスは素っ気無く答えると、事態の収拾をつけるべく熟考に入る。

 市販武器の数倍の性能を持つウィンクルム製の武具。

 完全武装の兵を一瞬にして転移可能な転移門。

 空からの侵略を可能とする飛行船、各国のパワーバランスは最早滅茶苦茶である。


 飛行船が音もなく中庭に降り立つと、浮遊するラヴァンが地面へと降り立った。


「ラヴァン殿少々よろしいですか?」


「あ、はい」


 シャヘルは自重じちょうしないので手綱を握るラヴァンに働きかけた方が良い。

 タデウスは二、三言葉を交わし、しばらくは大人しくしてもらえるよう頼み込んだ。


「最近は何かと物騒ですから、一ヶ月程出歩かぬ方が良いかと」


「あ、ワスティタースのお話ですね。

 シヌスの街が襲われたとか……」


 先手を打たれたタデウスは冷や汗を流し、シャヘルに聞こえぬよう声量を落とす。


「何故その事を?」


「乗り合わせたハナちゃんって獣人の方が、シヌスの住人なんです。

 それでヘルるんがね……」


「あっと、それ以上はもう結構です。

 私は何も聞かなかった。よろしいですね?」


「あはは」


 戦争は政治的最終手段であり、開戦した時点で両国は敗北している。

 戦争で利益を得るのは武具を卸す大手商会ぐらいだ。


 コルリスの丘を隔てた緩衝地帯があるのでフォルティスには若干の余裕はある。

 だが、シヌスの街が落ちれば、南側経路を迂回うかいして自領をおびやかされる危険が増す。

 かといって大手を振って戦士ギルドを出しては火に油を注ぐようなものだ。


「シャヘル殿」


「んぇ? 何かよーか?」


「シヌスの街へこの船で出掛けられるのなら。

 少し人を運んで頂きたいのだが、良いか?」


「オッケー、今日の夜には出発するから呼んどいてくれよな」


 その言葉を聴いた瞬間、タデウスはその場から全力疾走で執務室へ走り去り。

 冒険者ギルドから名うての者達をあつめる書面を書き留め。

 超特急で各方面へと早馬を飛ばす羽目はめおちいるのであった。





 空から照らされる太陽の光が甲板に降り注ぎ、帆が風を受けてはためいている。

 魔力を利用して風を起こす事で帆に風を当て推進力を生み出す飛行船の甲板。

 当然ながら高度はそれなりに高いので案外寒い。


「ぷちゅん! もう少し高度落とそうぜ」


「んータデウス大臣から、なるべく見られないように言われてて」


「お、見えてきたな」


 フォルティスから合流したイーリスが声を挙げ、各々が眼下へと視線を向ける。

 眼前に広がる荒野はワスティタースの大地、みすぼらしい家屋が建ち並び。

 伐採された木々によって禿山はげやまが続き、土砂崩れも起きているようだ。


 とてもではないが幾つもの植民地を抱える裕福な国家には見えない。


「報告では武器輸出でさかえていると聞いたが……」


「武器を輸出して小麦を輸入してるんだろ。

 それじゃ話にならないな」


 シャヘルがあきれたように言葉をあげると、イーリスがすかさずただす。

 一応これでもコルリスの姫である為にその手の話には敏感である。


「どういう事だ?」


「貿易ってのは根源的には資源の交換なんだぜ?

 安価な小麦と高価な武具を交換する。

 こいつは有利な交易条件に見えて不利なんだ」


 輸出された商品は最終的に消費され資源に還元される事になる。

 輸入したのが武具であれば、耐久年数を過ぎた武具は鉄に戻せばよい。

 輸入したのが小麦であれば、消費された食物はうんこにしかならない。

 結論から言えば鉄とうんこの物々交換に他ならないのだ。


 軍事大国を標榜ひょうぼうし戦略物資である鉄を放出する事は下策と言える。


 背後でこっそり聞き耳を立てていたハナが、その言葉に相槌あいづちを打つ。


「ふむふむ、その上、鉄鉱石の加工に木材を消費する。

 結果として荒廃してしまう訳ですかぁ?」


乱伐らんばつすると土壌に水分を蓄える機能が無くなるからな」


 しかしここまで荒廃しているのに、民衆の不満が見られないと言う。

 やがて、シヌスヘとつながる街道にうごめく黒い絨毯じゅうたんをラヴァンが発見した。


「へルるん、あれ!」


「ゲッ、な、なんだありゃ!?」


 街道には武器を持った兵団を先頭につちかまで武装した民衆が後に続いている。

 人の波は止まる事無く走り続け、疲れを知らぬ様子でシヌスヘと向かっていた。

 ラヴァンはかつて見た事のあるその光景から思わず言葉をらす。


「《戦争狂ウォーモンガー》」


「戦争狂? なんだそれ?」


固有能力ユニークスキルの一つ。

 支配下にある人間を死ぬまで戦わせる能力なの」


「なら、この人の波は……」


 やがて前方にシヌスの街の外壁に大勢の人という人がむらがっているのが目に入る。

 戦士ギルドと思しき守備隊が迎え撃っているが、負傷した状態でもひるむ事がない。

 数万人に及ぶ狂奔きょうほん状態の民衆が、城門が開き流れ込めば悲惨な結果になる。


 船室からトルボーが現れると、シャヘルに一つの提案をした。


「ここは兵を二分する方が良いのではないか?」


「兵が出払っている、ワスティタース側をたたくのか?」


左様さよう、この飛行船があらば、本陣を強襲する事は容易たやすい」


 シャヘルはトルボーの提案を受け入れ部隊を二つに分け。

 シヌス守備隊をこの場に残し、ワスティタース急襲隊を編成する事となった。


「ラヴァンはここで連中を無力化してくれ。

 トルボーの高火力組はこっち側な」


 ラヴァンはしばらく思案した後に無言でうなずき、リリアムとハナをともなって降下。

 タデウスの手配した冒険者の一団もシヌスの街へと降り立っていった。

 その様子を見ていたイーリスがおもむろに口を開く。


「私は残るぞ、コルリスの危機でもあるからな」


「ふっ、このおれの進化した究極魔法を貴様に拝ませてやろう」


「助かるぜイーリス……あぁ、あと出オチの人?」


だれが出オチ芸人だ!」


 出オチ芸人が地団太を踏みながら憤るがこの際無視して一行は転進。

 特に妨害される事もなくワスティタース上空へと辿たどいた。

 飛行船が接近するにつれ城の守備隊から弓矢や光弾が発射される。


「攻撃を受けているが飛行船の方は大丈夫なのか?」


「障壁があるから平気じゃね? 高度を落とすぜ!」


 城の城壁に備えられた尖塔せんとうへと船を接近させ、シャヘルとトルボーの2名が着地。

 トルボーはそのまま尖塔せんとうから落下しながら、刀を腰溜こしだめに構えるとつばを鳴らす。

 納刀と同時に回廊へと着地すると、総髪を腕で払った。


《喝》


 居合いにて抜き放たれた剣閃けんせんにより、尖塔は真っ二つに両断され地面へと落下。

 城壁の兵士達が取り囲むのを《仁王立ち》で迎え撃つ。

 その様子を見ていたシャヘルが意外そうな表情を見せると背後へと着地した。


「へぇ、意外に強いんだなトルボー」


「ふん、当然の結実……だがあの人には内緒だからな!

 言うなよ! 絶対言うなよ!」


「お、おぅ」


 中庭に群がる兵はトルボーに任せ、シャヘルは城の外壁に大穴を空ける。

 走りこむ一堂の殿しんがりに立ったファビアンが立ち止まると、先へ向かうようにうながす。


「ここはおれに任せて先へ行け!」


「おぅ、ほんじゃ先に行ってるぜ」


「あっおい! 前衛を一人置いていけ!」


 死ぬまでに一度は言ってみたい台詞を言ったがゆえに取り残されるファビアンであった。



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