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フルフィウスの川辺1

 フォルティスの王城の宝物庫に人知れずうごめかげの姿があった。

 その影は山と詰まれた積荷の中から、目当ての瓶を見つけ出すと口角を上げる。

 手に持っていた燈火ランプの火が揺らめきラヴァンの顔をやみに映し出した。


「ふふふ、これさえあれば……シャヘルを」


 少女はそうつぶやくと転移門を潜り、その場から忽然こつぜんと姿を消した。


「ありゃ? 降ってきたなぁ~」


 ウィンクルム商店の外では唐突に雷鳴がとどろき雨が降り出した。


 雨が降ると冒険者が受ける依頼はほとんど手付かずとなり表通りから人は消える。

 シャヘルは浅く溜息ためいきくと会計台の椅子いすに腰掛けた。


「あれ、雨降ってるね?」


「ん、今降り始めたとこ。

 それよりどこ行ってたんだ? 冒険者ギルド?」


「うぅん、ちょっと探し物。それよりほらっ!」


 ラヴァンはそう言いつつも片手に持っていた瓶をシャヘルに差し出した。

 中身は黄金色の粘液で満たされており、見た目は蜂蜜はちみつに見える。


「おっ蜂蜜はちみつじゃん! ケッコー量あるな」


「安かったから買ってきたんだぁ☆

 ね、ね、味見してみてよ。味見……」


 露骨ろこつに勧めてくるラヴァンを怪しんだシャヘルは苦笑いで返す。

 瓶を受け取るだけに済ませるとそれを持って厨房ちゅうぼうへと歩いていった。

 ラヴァンは残念そうな表情を浮かべ、表通りを見ると雨脚あまあしが突然強まりだす。

 不意にウィンクルム商店の玄関が勢いよく開くと、見慣れた姿が飛び込んできた。


「はぁ、はぁ、突然降り出すなんて最悪ですわ!」


「あれ、ミカたそいらっしゃーい☆」


「少し雨宿りさせてくださる?」


 ラヴァンはミカの言葉を肯定すると戸棚から布を持って彼女に手渡す。

 ミカは雑多ざったな商品が並ぶ店内を見渡しながら、かみぬぐった。

 一般的な武器矢弾ぶきやだんから消耗品、家事に使える道具までそろえている。


「随分と統一感のない品揃しなぞろえですわ」


「大手商会で取り扱ってない物を集めてるからね。

 ミカたそもなんか買ってく?」


「……」


 ミカは目立つ場所に飾ってある、くまのぬいぐるみをちらちらと横目に見た。

 ラヴァンが視線の先に気付くと、ミカは咳払せきばらいをしながらつくろう。

 丁度ちょうどその時シャヘルがクッキーを持って奥から顔を出した。


だれが来たかと思ったらミカタソか。

 お前もクッキー食うか?」


「私の名前はミカですわ。たそは余計ですの!」


道理どうりで変な名前だと思ったぜ、ハハハ」


「んもぉ……」


 機嫌を悪くしながらもクッキーを一口だけかじるとミカはほうけた顔を見せる。 


「これ……貴女が作ったの?」 


「そ~だぜ、意外にイケるだろ?」


「ヘルるんはお料理上手なんだよね☆」


「へぇ、意外ですのね。

 ん、生地に蜂蜜はちみつりこんであるのかしら、自然な甘さ」


 ミカがそう口にするとクッキーをかじっていたラヴァンの手が止まり。

 顔が見る見るうちに青褪あおざめると、冷や汗をきながら目を泳がせる。

 表通りからは雷鳴が鳴り止む事無く雨粒が石畳をたたつづけていた。


 しばらくして薄暗くなった倉庫に光が差し込むと、イーリスが上半身を突き出す。


「なんだこちらも雨か、ついてないな」


 そういうと転移門から抜け出し、厨房ちゅうぼうから店内へと足を進める。

 店の外から雷の閃光せんこうが走り、何処かへと落雷が発生すると叫び声が聞こえてくる。


「あーん!」


「いいかげん、なきやめよな」


「子供の声? おい、シャヘル居るのか!?」


 イーリスが声のする二階へと階段を昇ると、部屋の中には3人の子供が居た。

 幼児達と一斉に目が合うと、赤い服を来た幼児がびくっと体を萎縮いしゅくさせる。

 黒い服を着た幼児は興味深げにイーリスを見上げ。

 白い服を着た幼児はその幼児の後ろに隠れていた。


「ひょっとしなくてもシャヘル……か?」


「ねーちゃん、オレのことしってんの?」


「いきなり若返るとは本当に謎生物なぞせいぶつだな、お前は。

 何故なぜ子供になったんだ?」


「んぇ~? わかんにぇ」


 シャヘルが にぱっと笑うと再び裏庭から雷の音が響く。

 ミカはその場でぴょんと飛び上がると寝台の上に昇り毛布を頭から被った。

 イーリスは慣れた様子で3人を一ヶ所にまとめると、窓の外を眺める。

 夜になると雨は次第に上がり始め、イーリスは結局一晩泊まることにした。


「まぁ、明日になれば治るだろう」


「くまたん、やめー!」


「にひひ」


「こらシャヘル、女の子をいじめるな」


 ミカからくまのぬいぐるみを取り上げたシャヘルの頭をイーリスが小突く。

 シャヘルは頭を抑え、その様子を見たラヴァンがあわあわしている。


「あいてー!」


「あのね、さへるいじめないで」


 ラヴァンはぷすっとほほふくらませると、イーリスを威嚇いかくする。


「はいはい、もういじめないから今日は早く寝るぞ」


「あーい!」


 子供達を布団の中に押し込め、イーリスは深い溜息ためいきき眠りにつくのだった。





 コンワルリスの頂上の雪解け水から流れ込む川幅15㎞にも達するフルフィウス川。

 その下流に川辺の街フルフィウスが存在する。

 河港には小船が立ち並び渡り鳥の群れが羽を休めていた。


「おー、とりさんがたくさんいるじぇ」


「身を乗り出して落ちるなよシャヘル」


 シャヘルは箱馬車の窓からかおのぞかせると窓の外の景色を眺めた。。

 増水に備えて盛り土のされた入り口を登ると、街の全貌ぜんぼうが眼下に広がる。

 簡素な木製の家屋が立ち並び、市場の中央部は露天で人がひしめいている。


「わ、わ、ひとがいっぱい」


 ラヴァンはそういうとひとみをきらきらかがやかせながら、シャヘルの手を引く。

 ミカは顔を縦横無尽に振りながら周囲を警戒しつつ、不安げな表情を見せる。

 イーリスはウィンクルム商店の留守を部下に任せ、フルフィウスへとやってきた。


「いっちばん!」


「むー」


 イーリス達が馬車から降り立つと、閉所から開放されたシャヘルが駆け出す。

 ミカはイーリスにおんぶひもで背負われながら、不機嫌そうにうなごえを上げ。

 親指を吸いながら、くまのぬいぐるみを抱きしめる。


「ミカ、指を吸うとつめが曲がってしまうぞ」


「みかは、あかちゃんだな~」


「みかはあかちゃんらないの!」


「にひひ、みかはあっかちゃ~ん!」


 イーリスに背負われていたミカが足元でからかうシャヘルに足を振る。

 おんぶされているとからかわれると思ったのか、おんぶを嫌がると地面に降りた。

 馬車がわきとおると、おびえた様子でミカが飛び上がりイーリスの背後に隠れる。


「それじゃ着いて来てくれ。

 勝手に動いていなくなるなよ、特にシャヘル」


「おぅ、おみせみてくるな」


「あっ、さへる……ぐすっ」


 シャヘルに置いていかれたラヴァンの顔がゆがみ、ギャン泣きの体勢に入る。

 イーリスは素早くシャヘルのえりつかむと、逃亡を阻止した。

 他の2人は繊細せんさいだが、シャヘルは少し雑に扱っても構わない。

 子供の扱いに長けているイーリスはそのへん割としっかりしていた。


「シャヘルはお姉ちゃんなんだ。

 妹のラヴァンの面倒を見ておいてくれ」


「おねえちゃん……ぐふふ、しかたにぇーな!」


 何よりシャヘルは前以上におバカなので非常にあつかやすかった。


 一行はフルフィウスの中央部にある露天市場へと足を運ぶ。

 主に卸売おろしうりなどで利用される場所で身なりの良い商人達が行きかっている。

 イーリスは魔法役を販売する露天に立ち寄ると店主の女に話しかけた。


 トロル族の特徴、むっちりとした肉感的な肉体はデ……ふくよかだ。

 おっとりとした顔立ちにやや垂れ気味の目が微笑みを作ると応対に出る。

 独特な服飾習慣を持つために行きかう男達はちらちらと視線を送っていた。


「いらっしゃいませぇ」


解呪かいじゅの魔法薬を探している。

 なるだけ強力な物が良いんだが……」


「術を掛けた方の属性はおわかりですかぁ?」


「すまない、それは今の所分からない」


 そう言いつつもイーリスはちらっとラヴァンに視線を送る。

 ラヴァンは慌てて視線を逸らしうつむくと、挙動不審きょどうふしんな様子で右往左往した。


「おそらく白っぽい属性だな」


「それではこちらは如何いかがでしょぉ?」


「金貨千枚!? そんなにするのか!?」


「一部の魔法薬は生産数が少ないのでお高いんですよぉ。

 呪術じゅじゅつは時間を置けば戻る物ですからぁ」


 時間を置けば効果は和らぐが早急な解呪を必要とする。

 解呪用の魔法薬は一線級の冒険者相手にしか需要がない。

 トロル族のアモルは、無難な食事療法を勧めるとイーリスは無言で肯定した。


「ありがとうございましたぁ。

 アゲルの本店にも、お立ち寄りくださいねぇ」


「むぅ、無駄足だったか……」


 その言葉を聞いてうつむいていたラヴァンが言葉を返した。


「ごめんなさい」


「気にするな、コルリスの外遊名目だからな」


 幼児化した少女達は記憶が混濁こんだくして年齢相応に退行している。

 唯一ラヴァンは魔法薬に抵抗があるのか、多少記憶が残っているようだった。

 シャヘルは川上から運ばれてくる材木の運搬船に驚嘆きょうたんの声を上げ喜んでいる。


「おー、おふねしゅげ~な!」


「それに、可愛いしな」


「そだね☆」


 はしゃぐシャヘルの襟首えりくびつかむと街中を蛇行しながら目的地へと向かう。

 宿へとほうほうの体で辿たどいたイーリスは部屋を取ると部屋に入った。

 イーリスのそばから離れなかったミカがほっとした顔を見せ。

 くまのぬいぐるみを置くスペースを探す。


「ここ、くましゃんのおうちなの」


「ほらほら、もう寝るぞお前達」


「えーおなかすいたぞ!」


屋台やたいで散々買い食いしただろう。

 ちゃんと歯を磨いてから寝るんだぞ」


「もーい」


 幼児どもはすごすごと洗面台へと向かうと、適当にみがき寝巻きに着替える。

 イーリスはベッドに3体転がすと自らは長椅子ながいすに寝そべった。


「いーりすおねーちゃん、くらいのこわい」


「なら着けっぱなしにしておくか、おやすみ」


「おやすみなさーい」


 燈火ランプの火をともしたまま4人は薄暗い部屋の中で眠りについた。

 やがて寝静まったころ、差し込んできた隙間風すきまかぜ燈火ランプの火に吹き付ける。

 光源が消え去った闇夜やみよの中で何者かの影が子供達へと忍び寄った。



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