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ウィンクルム商店2

 遠くから小さな鐘の音が一つ鳴り響き、フォルティスの街が目覚めた。

 布団に潜り込んでいた少女は、その場で寝返りを打つと違和感を覚える。

 腰まで伸びた栗色くりいろかみが朝日に照らされると、大きな欠伸あくびを一つ。


 外から聞こえてくるほうきく音にようやく気付くと寝過ごしたことに気付いた。


「やっべ寝坊した!」


 慌ててベッドから跳ね起きると、鏡台きょうだいの前に座り髪を整える。


「あ~もぅ、ひどい寝癖ねぐせ!」


 銀の鍍金めっきられたくしをもってかみくと寝癖ねぐせを整え左右の髪を結わえる。

 左右に首を振っておかしい点が無いか再確認。

 満足そうに にかっと笑うとワンピースのルームウェアから私服に着替える。


 階段を小気味よく下りていくと、玄関をき掃除しているもう1人の少女が居た。

 頭に頭巾ずきんかぶり階段へと視線を向けるとにこりと微笑む。

 2人はその場で笑顔を交わすと少しの時間話し込んだ。


「おはよーヘルるん」


「ゴメン、ちょっと寝過ごした」


「まだ6時になったばかりだよ。

 ちょっと早く起きちゃったから、先にと思って」


 ラヴァンのその言葉にシャヘルはほっとすると、作業場へと足を向けた。


「そっか、ならオレが朝ごはん用意するから」


「ねへへ、新妻にいづまの手料理楽しみぃ~☆」


「はいはい」


 シャヘルはラヴァンの言葉を軽く流すと調理場へと立った。

 日持ちの良い乾燥させた硬いパンは食べるのに一工夫の調理が必要だ。

 牛乳に卵と砂糖をいれパンに浸しておく間、ベーコンと目玉焼きを仕上げる。

 パンも同じように焼き上げると実に簡単な朝食が完成した。


「フレンチトーストだね」


「食い合わせ悪かったかな?」


「そんなことないよ。んーおいし☆」


 朝食を済ませた2人は再起動。共同井戸の水汲みずくみや布団干しを済ませる。

 やがて教会の鐘が大きく一つ鳴り響くと花の時間過ぎを知らせた。

 フォルティス王国では6時間を4等分した時間帯を採用している。

 超過労働によって労働者が消費する時間を減らさないための工夫だ。


 この時間帯になるとギルドの受付が開始、冒険者達が依頼へと向かう。

 依頼に向かう前の道具の補充に訪れる客も増える。


「いらっしゃいませ」


「治療薬をあるだけ見せてくれ」


「こちらの棚になっております」


 棚には色とりどりの小瓶に初級から上級までの治療薬が用意されていた。

 男は上級まで用意されていることにおどろきの表情を見せると、幾つかを手に取る。


「初級を5つと中級を1つ、もらおうか」


「はい、しめて8銀貨になります」


 ラヴァンが治療薬の価格を答えると冒険者の男は思わず聞き返す。

 治療薬は多く市場に流通したことで安くなっているとはいえ。

 初級でも3銀貨を切ることはない。


随分ずいぶんと安いな……。

 商工会ギルドに目をつけられるかも知れない。

 価格設定には気を付けた方が良いよ」


「そ、そうなんですか?」


「いや、こっちは安く買えて助かるけどね、ははは」


 ここ数日治療薬のまとい客が増えていたことを思い起こし少女は苦笑いした。 やがて冒険者の波が一段落するとイーリスが玄関口からひょっこりと顔を出す。


「注文の品を届けに来たぞ」


「ありがとう、イーリスちゃん。

 ヘルるーん! 届いたよ!」


「ん……わかった。今行くわ」


 シャヘルは表の荷車から木箱をひょいひょいと抱えると店の中へと運ぶ。

 製作や調理に扱う原材料などは小鬼族から発注している。

 イーリスが積荷の荷卸におろしを終えると、次にリリアムが入店する。


「おはようございます!」


「おはよ、リリアムちゃん。今日は何か入用かな?」


「注文書を預かってきました」


 リリアムから注文書を受け取ると一通り目を通す。

 戦士ギルドは馴染なじみの工房との独占契約を組んでいるので大口契約はない。

 だが個人が実費で装備を購入することは禁じられていない。

 そのためリリアムの人伝で何度か注文が回ってくる日がある。


「“付呪エンチャント”の希望はある?」


「選んで付けられる物なんですか?」


「錬金台があるからね」


 冒険者達は重い武器を抱えて長距離を移動することが多い。

 ラヴァンの勧めたのは疲労減少の効果を持つ“付呪エンチャント”である。

 一通り用事が終わっても帰らないリリアムに苦笑いすると鐘が二つなった。





 鳥の時間を知らせる鐘が鳴り響くと、玄関先の通りがにわかかに活気付く。

 早い内から店を占める店舗や、昼食時をねらい昼から開店する軽食屋もある。 

 ラヴァンは人通りが途切れるのを見計らって店の扉を一時閉ざした。


「ラヴァン、お昼にしようぜ。

 ありゃ? 二人ともまだ帰ってなかったのか」

 

「そりゃもうすぐ昼だったからな」


「ですです」


「あのなぁ……」


 昼飯をたかる気満々の2人を調理場へと案内。

 調理の終わったポトフを並べ、狭い部屋に4人が顔を合わせる。

 リリアムがいるのでもう一品追加するため、シャヘルがパスタをはじめた。


「バジルソースとじゃが芋・ベーコン……」


「じゃが芋ベーコンでお願いします!」


「あぁうん、聞くまでもなかったな」


 調理場に立つシャヘルの姿をラヴァンが眺めている。

 その様子を見ていたイーリスもシャヘルの後姿を目で追った。

 リリアムの視線はパスタに向かって完全に固定された状態となっている。


 4人は狭い作業場から店内へと食卓を運び出すと、椅子いすならべ昼食を取った。


「美味しいです! 美味しいです!」


「全くだな、シャヘルは良いお嫁さんになれるぞ」


「ばっ!?」


 イーリスが迂闊うかつなことを口走った途端、家からラップ音から鳴り響き。

 隠れていたねずみが床をのた打ち回りながら気絶、デブネコの餌食になる。

 食卓には瘴気しょうきが立ち込め、シャヘルは青褪あおざめながら首を左右に振った。


「な、ないから! ないから!」


「いやいやわからんぞ、客商売だと出会いも多いからな」


「――そうなの?」


 遂にはラヴァンの目が何故か発光する。

 その様子に全く気付くことの無いイーリスとパスタをらうのに夢中なリリアム。

 昼飯をおごってやったというのに唐突な四面楚歌しめんそかである。


「オ、オレ一目惚ひとめぼれとかそういうの信じてないから」


「!?」


「ふむ、まぁ、わからんでもないな」


「やっぱり付き合いの長い人を大切にしたいし……」


 その後の「商売でも」という言葉はラヴァンの耳に届くことはない。

 ラヴァンは渾身こんしんのどや顔で正妻アピールを行い、昼食はとどこおりなく終了した。

 シャヘルはたかりに来た2名をたたすと、店を再び開け明日の準備を始める。


 昼を過ぎた時間帯からは表通りから人は消え、客が来ることはほとんどない。


「今日はそろそろ閉めるか?」


「そだね」


 ギルドなどからの仕事帰りの人々の姿がちらほらと見え始めたころ

 風の時間を知らせる音がおごそかに三つ鳴り響いた。

 この時間からは表通りは暗闇くらやみざされ、出歩くのは酔っ払いぐらいしかいない。

 2人は湯浴みを済ませるとルームウェアに着替える。


「あとはお風呂ふろだけかな?」


「ソーだな、裏庭の小屋が使えそうだけど……」


「やっぱりあれ?」


五右衛門風呂ごえもんぶろ


 シャヘルは寝台の上に横に寝そべると一冊の本を取り出す。

 ソムニウムからゆずってもらった商業法などがまとめて書かれた法書だ。

 かまってもらえなくなったラヴァンは同じ寝台に飛び乗ると上から覆い被さった。


「やめれ~」


「やめなーい☆ うりうりうり……」


「ちょっバカ! ドコ触って、ホントやめて!」 


 ラヴァンの手がシャヘルの体をもてあそぶと、大凡表記出来ないような行為が行われる。

 シャヘルが貞操を守るためにがすと、ラヴァンは柔らかな笑顔で返した。

 実に屈託のない笑顔だが、彼女にはそれが逆に恐ろしかった。


「グフフ、毎度やられてばかりだと思うなよ!」


「あっダメ! へルる……やっ!」


 ラヴァンは案外責められるのには弱い。

 従ってこれはいちゃいちゃではなく、自己防衛のための自衛行動なのだ。

 シャヘルはそう自分に言い聞かせながら、ラヴァンをみくちゃにする。


「もー、酷いよヘルるん」


「このままだと汗掻あせかいちゃうな。今日は早めに寝よーぜ」


「はぁい☆」


 シャヘルは部屋に立て掛けてあった魔法の燈火ランプの明かりを消す。


「あれ? 暗くなんないね?」


「わっ、外見てみろよラヴァン」


 窓から差し込む月明かりの強さに気付いたシャヘルが窓の外を指差す。

 2人は床をぱたぱたと走り天井裏へと向かうと、採光窓を潜り屋根の上に出た。

 夜の空には巨大な月が現れ、フォルティスの街を照らしていた。


「“明月”だね」


「ラヴァン寒くないか?」


「寒くな……やっぱり寒い」


 ラヴァンは言葉を言い直すなり、屋根に座っていたシャヘルの腰に組み付いた。

 少女はおずおずと自分の行動に対するシャヘルの表情をうかがう。

 慈愛の表情に満ちたシャヘルは少女を見下ろし髪をいとおしげにでていた。


 ラヴァンは思いがけない結果に顔を紅潮こうちょうさせながら、ゆっくりと目を閉じる。


「おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


 少女にとっての眠りは恐怖の象徴でしかない。

 それでも彼女がそばに居てくれさえすれば、それも穏やかなものに感じた。



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