表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

ウィンクルム商店1



 ウィンクルム商店の本格的な開業を伴って2人は営業活動に奔走ほんそうしていた。

 街道の先に建設されているのは街外れに存在するアエテール教会。


 教会では治療ちりょう蘇生そせいといった特殊性を利用した運営形態を採っている。

 患者を完治させない方がもうかる現代の医療業務と違い。

 国家から診療報酬は出ないので、回転数が早いのが特徴だ。


 やがて見えてくる教会の敷地には炊き出しらしき天幕テントが一幕張られ。

 老年の女性達が料理をそっちのけで話し込んでいる。

 教会の石壁は壁面が所々がれち、木材で補修されていた。


「あんま期待できなさそ」


「そだね」


 扉を開き教会内に入ると思いがけず人の数は多いようだった。

 天下一武術会に優勝したのが教会関係者だったのが原因である。

 優勝者のミカが壇上で猫被りな笑顔を周囲に振りまきながら説法を始めた。


「あれ? ミカタソじゃね?」


「ミカたそだねぇ☆」


「ンゲェッ!? や、山猿!」


 ミカは両者の姿に気付くと勇者には似つかわしくない言葉を挙げる。

 口元を抑えながらその場を取り繕うと二人の背を押して奥の部屋へと通した。


「な、なんなんですの、一体?

 集りに来たのでしたら配給所は表ですわよ?」


「ウィンクルム商店って店開いたんだよ。これカタログな」


「あら、そうでしたの。そういえば貴女は神を信じるのかしら?」


 シャヘルはミカの誘いに首をかしげると相当古い記憶に思い当たる節があった。


「昔やってた記憶があるなぁ」


「それは良い心がけですわね。この教会でその信仰を改めなさい。

 今、唯一神様を信仰すれば、石鹸せっけんもらえるキャンペーン中ですのよ」


 ミカの胡散臭うさんくさいセールストークにシャヘルはほほく。

 ラヴァンもその勧誘はどうかと思ったのか、いぶかしげな視線を向けている。


「でもなんで唯一の神なんだ? 神柱とか言うのと親戚しんせき?」


「まぁ、不遜ふそんですわ! ですが、唯一神様は“法”と“契約”の神。

 役職が被らないのなら、何人居ても構いませんわよ」


「法の神は一人じゃないとダメってこと? 何でだ?」


 ミカはあきれた様子で溜息ためいきを吐くと、応接室に2人を通して紅茶を入れる。

 3人で席に着くと机の上に漫画の描かれたフリップを置いた。


「例えば貴女が悪さをなさいますわよね?

 林檎りんごを盗んだり、茣蓙ござを盗んだり……」


「えっ、捨ててあるのを拾っただけで、べ、別に盗んだ訳じゃ」


 思い当たりがありすぎるシャヘルが余罪を吐くと、ミカにフリップで叩かれた。


「全くもう、それで泥棒は両腕を切り落とします。

 そういう法律が実際にあるのですわ」


「はぁっ!? 林檎りんご一個盗んだだけで腕を切るとかやり過ぎだろ!」


「お話しは最後までお聞きなさいな。

 唯一神様に仕える御子みこの一人も、貴女と同じことを仰いました。

 それで罪を犯したぶん、苦役くえきを課すことになったのですわ」


「おぉ、オレもそっちの法律がいいなぁ」


 それを利いて気を良くしたミカがにっこりと微笑むとフリップをめくった。


「でも、これでは困ったことになりますわよね?

 罪人が裁くルールが二つあると……」


「どっちで裁判するのか混乱しちゃうよね」


「はぇ~、ルールを一つにまとめないとダメなんだな。

 でもさぁ、法律の内容は人間が決めてるんだろ?

 好き勝手決められるんじゃないの?」


「ふふん、山猿でも多少は知恵が働きますのね。

 そのために“憲法”が存在するのですわ!」


 語気に熱のこもるミカの姿を見た2人は長期戦を覚悟するのであった。

 法律は憲法に矛盾しない形で策定される、法律を作る取り決めの一覧である。


「シャヘルは武術会で戦ってみてどう思われまして?」


「どうって……フツーだろ?」


「そうかしら、その気になれば貴女はこの国を簡単に滅ぼせますでしょ?」


 シャヘルはそれを聞いて若干ムッとした表情を見せた。


「コルリスの一件のように民衆が蜂起ほうきするなどでも可能ですわね。

 憲法とは国民が国家に対して掛ける誓約書なのですわ」


「ゴメン、さっぱりわかんね」


「ヘルるんに暴れられたくなかったら、憲法を守れっていう契約書だね☆」


「だからなんで、オレを引き合いに出すんだよ!?

 でもさ、憲法自体を国に変えられたら意味ないじゃん?」


 ミカとラヴァンは肩をすくめながらあきれた様子を見せる。

 2人の動きが完全に同期していたので、シャヘルは少しイラッとした。


「よくある勘違いですわね。憲法は条文の削除を認めておりませんの」


「えっ? それって逆に不便じゃね?」


「憲法は法律を作るルールなんだよ?

 一文字消しただけでも、沢山の法律を作り変える必要があるよね」


「フォルティス憲法では、国民の帯剣を認めておりますわ。

 それによって問題があったとしても前文に矛盾しない範囲の修正。

 補則項ほそくこうを加える以外は認められておりませんの」


「ヘルるんが我慢することで社会が成り立つんだよ。

 えらいよヘルるん☆」


「オレはノラ犬かッ!?」


 当たらずとも遠からずの真理を得たところでお開きである。





 祭りも終わり、いつもの落ち着きを取り戻したフォルティスの街角。

 2人の少女がお互いのつなぎながら街道をさかのぼっていく。

 ウィンクルム商店への大口発注の営業に各ギルドに挨拶回あいさつまわちゅうである。


「どっこもよそよそしい態度で嫌になるぜ」


物扱ものあつかいだね。でも教会からの発注は取れたよ」


「事務用品だけじゃなぁ」


 冒険者向けの商売を行いたかったシャヘルは各ギルドの対応に不満顔だ。

 武術会での暴れっぷりは記憶に新しく、無碍むげに扱う訳にも行かない。

 かといって長くお付き合いをしたいギルドもあるはずなく、ご覧の有様である。


 商店での売れ行きは上々だが、原価が高くつくので利益の幅は小さい。

 安定した収益を得られる継続的な発注元を必要としていた。


「あと、回ってないとこドコだっけ?」


「あとは王城だけかな?」


「おっしゃ、戦杖せんじょうだしとこっと……」


 先程の説法から余計な知恵をつけたシャヘルが、武器を持って入城する。

 城門で預からなければならないが、預かろうとする命知らずは居ないようだ。

 大手門のわきにある通用口から通路を歩くと、城の庭先で女と遭遇そうぐうする。


「ソムニウムじゃん」


「これはシャヘル様、今日は如何様いかよう御用命ごようめいで?」


「あれ、タデウスのおっちゃんは?」


「モンスの街で問題が起こったようなのです。

 只今ただいま会議中の御様子ですね」


 モンスは山間に存在する、温泉を観光資源とする観光都市である。

 イーリスの企画もその温泉街にあったので、シャヘルは不安なかおのぞかせた。

 ラヴァンも楽しみにしていたようでソムニウムに詳しい内容をたずねる。


「何かあったんですか?」


「はい、なんでも温泉水の自噴量じふんりょうが低下している、と」


「温泉が出なくなったのか、ケッコー楽しみにしてたのに……」


 一緒にお風呂ふろに入れる機会を伺っていた、ラヴァンのまゆがキリッと上がる。

 成さねば成らぬと心に決めた決意の表情であった。


「これは国家の一大事だよ。原因は分かってるんですか!?」


「あぁ、ラヴに変なスイッチが入った」


 一挙に残念になったラヴァンをソムニウムが哀れみに満ちた目で見つめている。


「まず現場を確認しなければ詳しいことは何も……。

 環境ビジネスにされても困りますし」


「環境ビジネス? なんだそれ」


「デブネコちゃんをせさせるのに募金ぼきんつのるとします。

 シャヘル様はそのお金を目的に沿って使いますか?」


「もっと太らせれば金のる木になる!」


 悪知恵だけは無駄に働くシャヘルが間髪いれずに答える。


「えぇ、そういうことですね。

 問題の回答はお金では解けないとの神柱の御言葉にもあります。

 第一デブネコちゃんは太っているから可愛いのです」


 そう言いつつ真顔で体をくねらせる魔族に対して、シャヘルは愛想笑いを返す。

 雑談を終えた2人はソムニウムに営業をかけると奥へと案内される。

 地下の階段を下りた先、石組いしぐみ回廊かいろうの突き当りに重厚な扉が現れた。


「こちらが、かの騎士団の管理していたとされる。宝物庫で御座います」


「お宝の臭いがするぜ!」


「そりゃ宝物庫だもんね」


 ラヴァンがふたも無いことを言いながら手をかざすと、音も無く扉が開く。

 フォルティス騎士団が各地から接収した物品の数々。

 しかしここにある物は二線級の品物ばかりで特に物珍しいものは無い。

 ラヴァンが次々に鑑定かんていするとソムニウムが一品ずつ調書へと書き込んでいる。


 シャヘルが倉庫の奥まった場所へと辿たどくと、がらくたの詰まった箱を見た。


「何だか、この一角だけとっちらかってんな」


「あっ、これ懐かしい」


 ラヴァンがそういうなりゴムのにわとりを取り出すと、左右の手に持って引き伸ばす。

 いまいち用途の分からない品物の数々だが、シャヘルにも見覚えがある。

 やがて品物の中から算盤そろばんを拾い上げると弾いてみた。


「変わった算術機ですね、興味深い」


「願いまして~はっと」


 ソムニウムが適当な数字を調書の隅に書き。

 シャヘルが算盤そろばんを高速で弾き出すと一瞬にして正答を導き出す。

 それを見たソムニウムは目を丸くしながらおどろくと算盤そろばんに指を差しラヴァンにたずねた。


「この算術機の複製も納入して頂きたいのですが?」


「はい、面数はどのくらいですか?」


「そうですね……まずは1000個ほど納入して頂ければ」


「1000面!?」


 算術機には魔力を使用するために算盤そろばんが必要とされているらしい。

 思わぬ大口契約に迷った様子を見せたが、長めの納期を確認して快諾かいだくした。

 契約も無事終わりすっかり日の暮れた橋の上を2人は歩いている。 

 シャヘルは商店への帰り道、手の平で何かを転がしながら遊んでいた。


「ヘルるん、何それ?」


「1しか出ない、如何様賽子イカサマダイスだよ」


「ふふっ、なにそれ、使い道なさそー☆」


 シャヘルがダイスを高く投げるたび、星の光に照らされたダイスがかがやいていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ