ウィンクルム商店1
ウィンクルム商店の本格的な開業を伴って2人は営業活動に奔走していた。
街道の先に建設されているのは街外れに存在するアエテール教会。
教会では治療や蘇生といった特殊性を利用した運営形態を採っている。
患者を完治させない方が儲かる現代の医療業務と違い。
国家から診療報酬は出ないので、回転数が早いのが特徴だ。
やがて見えてくる教会の敷地には炊き出しらしき天幕が一幕張られ。
老年の女性達が料理をそっちのけで話し込んでいる。
教会の石壁は壁面が所々剥がれ落ち、木材で補修されていた。
「あんま期待できなさそ」
「そだね」
扉を開き教会内に入ると思いがけず人の数は多いようだった。
天下一武術会に優勝したのが教会関係者だったのが原因である。
優勝者のミカが壇上で猫被りな笑顔を周囲に振りまきながら説法を始めた。
「あれ? ミカタソじゃね?」
「ミカたそだねぇ☆」
「ンゲェッ!? や、山猿!」
ミカは両者の姿に気付くと勇者には似つかわしくない言葉を挙げる。
口元を抑えながらその場を取り繕うと二人の背を押して奥の部屋へと通した。
「な、なんなんですの、一体?
集りに来たのでしたら配給所は表ですわよ?」
「ウィンクルム商店って店開いたんだよ。これカタログな」
「あら、そうでしたの。そういえば貴女は神を信じるのかしら?」
シャヘルはミカの誘いに首をかしげると相当古い記憶に思い当たる節があった。
「昔やってた記憶があるなぁ」
「それは良い心がけですわね。この教会でその信仰を改めなさい。
今、唯一神様を信仰すれば、石鹸が貰えるキャンペーン中ですのよ」
ミカの胡散臭いセールストークにシャヘルは頬を掻く。
ラヴァンもその勧誘はどうかと思ったのか、訝しげな視線を向けている。
「でもなんで唯一の神なんだ? 神柱とか言うのと親戚?」
「まぁ、不遜ですわ! ですが、唯一神様は“法”と“契約”の神。
役職が被らないのなら、何人居ても構いませんわよ」
「法の神は一人じゃないとダメってこと? 何でだ?」
ミカは呆れた様子で溜息を吐くと、応接室に2人を通して紅茶を入れる。
3人で席に着くと机の上に漫画の描かれたフリップを置いた。
「例えば貴女が悪さをなさいますわよね?
林檎を盗んだり、茣蓙を盗んだり……」
「えっ、捨ててあるのを拾っただけで、べ、別に盗んだ訳じゃ」
思い当たりがありすぎるシャヘルが余罪を吐くと、ミカにフリップで叩かれた。
「全くもう、それで泥棒は両腕を切り落とします。
そういう法律が実際にあるのですわ」
「はぁっ!? 林檎一個盗んだだけで腕を切るとかやり過ぎだろ!」
「お話しは最後までお聞きなさいな。
唯一神様に仕える御子の一人も、貴女と同じことを仰いました。
それで罪を犯したぶん、苦役を課すことになったのですわ」
「おぉ、オレもそっちの法律がいいなぁ」
それを利いて気を良くしたミカがにっこりと微笑むとフリップを捲った。
「でも、これでは困ったことになりますわよね?
罪人が裁くルールが二つあると……」
「どっちで裁判するのか混乱しちゃうよね」
「はぇ~、ルールを一つに纏めないとダメなんだな。
でもさぁ、法律の内容は人間が決めてるんだろ?
好き勝手決められるんじゃないの?」
「ふふん、山猿でも多少は知恵が働きますのね。
そのために“憲法”が存在するのですわ!」
語気に熱の篭るミカの姿を見た2人は長期戦を覚悟するのであった。
法律は憲法に矛盾しない形で策定される、法律を作る取り決めの一覧である。
「シャヘルは武術会で戦ってみてどう思われまして?」
「どうって……フツーだろ?」
「そうかしら、その気になれば貴女はこの国を簡単に滅ぼせますでしょ?」
シャヘルはそれを聞いて若干ムッとした表情を見せた。
「コルリスの一件のように民衆が蜂起するなどでも可能ですわね。
憲法とは国民が国家に対して掛ける誓約書なのですわ」
「ゴメン、さっぱりわかんね」
「ヘルるんに暴れられたくなかったら、憲法を守れっていう契約書だね☆」
「だからなんで、オレを引き合いに出すんだよ!?
でもさ、憲法自体を国に変えられたら意味ないじゃん?」
ミカとラヴァンは肩を竦めながら呆れた様子を見せる。
2人の動きが完全に同期していたので、シャヘルは少しイラッとした。
「よくある勘違いですわね。憲法は条文の削除を認めておりませんの」
「えっ? それって逆に不便じゃね?」
「憲法は法律を作るルールなんだよ?
一文字消しただけでも、沢山の法律を作り変える必要があるよね」
「フォルティス憲法では、国民の帯剣を認めておりますわ。
それによって問題があったとしても前文に矛盾しない範囲の修正。
補則項を加える以外は認められておりませんの」
「ヘルるんが我慢することで社会が成り立つんだよ。
えらいよヘルるん☆」
「オレはノラ犬かッ!?」
当たらずとも遠からずの真理を得たところでお開きである。
▼
祭りも終わり、いつもの落ち着きを取り戻したフォルティスの街角。
2人の少女がお互いの手を繋ぎながら街道を遡っていく。
ウィンクルム商店への大口発注の営業に各ギルドに挨拶回り中である。
「どっこもよそよそしい態度で嫌になるぜ」
「腫れ物扱いだね。でも教会からの発注は取れたよ」
「事務用品だけじゃなぁ」
冒険者向けの商売を行いたかったシャヘルは各ギルドの対応に不満顔だ。
武術会での暴れっぷりは記憶に新しく、無碍に扱う訳にも行かない。
かといって長くお付き合いをしたいギルドもある筈なく、ご覧の有様である。
商店での売れ行きは上々だが、原価が高くつくので利益の幅は小さい。
安定した収益を得られる継続的な発注元を必要としていた。
「あと、回ってないとこドコだっけ?」
「あとは王城だけかな?」
「おっしゃ、戦杖だしとこっと……」
先程の説法から余計な知恵をつけたシャヘルが、武器を持って入城する。
城門で預からなければならないが、預かろうとする命知らずは居ないようだ。
大手門の脇にある通用口から通路を歩くと、城の庭先で女と遭遇する。
「ソムニウムじゃん」
「これはシャヘル様、今日は如何様な御用命で?」
「あれ、タデウスのおっちゃんは?」
「モンスの街で問題が起こったようなのです。
只今会議中の御様子ですね」
モンスは山間に存在する、温泉を観光資源とする観光都市である。
イーリスの企画もその温泉街にあったので、シャヘルは不安な顔を覗かせた。
ラヴァンも楽しみにしていたようでソムニウムに詳しい内容を尋ねる。
「何かあったんですか?」
「はい、なんでも温泉水の自噴量が低下している、と」
「温泉が出なくなったのか、ケッコー楽しみにしてたのに……」
一緒にお風呂に入れる機会を伺っていた、ラヴァンの眉がキリッと上がる。
成さねば成らぬと心に決めた決意の表情であった。
「これは国家の一大事だよ。原因は分かってるんですか!?」
「あぁ、ラヴに変なスイッチが入った」
一挙に残念になったラヴァンをソムニウムが哀れみに満ちた目で見つめている。
「まず現場を確認しなければ詳しいことは何も……。
環境ビジネスにされても困りますし」
「環境ビジネス? なんだそれ」
「デブネコちゃんを痩せさせるのに募金を募るとします。
シャヘル様はそのお金を目的に沿って使いますか?」
「もっと太らせれば金の生る木になる!」
悪知恵だけは無駄に働くシャヘルが間髪いれずに答える。
「えぇ、そういうことですね。
問題の回答はお金では解けないとの神柱の御言葉にもあります。
第一デブネコちゃんは太っているから可愛いのです」
そう言いつつ真顔で体をくねらせる魔族に対して、シャヘルは愛想笑いを返す。
雑談を終えた2人はソムニウムに営業をかけると奥へと案内される。
地下の階段を下りた先、石組の回廊の突き当りに重厚な扉が現れた。
「こちらが、かの騎士団の管理していたとされる。宝物庫で御座います」
「お宝の臭いがするぜ!」
「そりゃ宝物庫だもんね」
ラヴァンが身も蓋も無いことを言いながら手をかざすと、音も無く扉が開く。
フォルティス騎士団が各地から接収した物品の数々。
しかしここにある物は二線級の品物ばかりで特に物珍しいものは無い。
ラヴァンが次々に鑑定するとソムニウムが一品ずつ調書へと書き込んでいる。
シャヘルが倉庫の奥まった場所へと辿り着くと、がらくたの詰まった箱を見た。
「何だか、この一角だけとっちらかってんな」
「あっ、これ懐かしい」
ラヴァンがそういうなりゴムの鶏を取り出すと、左右の手に持って引き伸ばす。
いまいち用途の分からない品物の数々だが、シャヘルにも見覚えがある。
やがて品物の中から算盤を拾い上げると弾いてみた。
「変わった算術機ですね、興味深い」
「願いまして~はっと」
ソムニウムが適当な数字を調書の隅に書き。
シャヘルが算盤を高速で弾き出すと一瞬にして正答を導き出す。
それを見たソムニウムは目を丸くしながら驚くと算盤に指を差しラヴァンに尋ねた。
「この算術機の複製も納入して頂きたいのですが?」
「はい、面数はどのくらいですか?」
「そうですね……まずは1000個ほど納入して頂ければ」
「1000面!?」
算術機には魔力を使用するために算盤が必要とされているらしい。
思わぬ大口契約に迷った様子を見せたが、長めの納期を確認して快諾した。
契約も無事終わりすっかり日の暮れた橋の上を2人は歩いている。
シャヘルは商店への帰り道、手の平で何かを転がしながら遊んでいた。
「ヘルるん、何それ?」
「1しか出ない、如何様賽子だよ」
「ふふっ、なにそれ、使い道なさそー☆」
シャヘルがダイスを高く投げるたび、星の光に照らされたダイスが輝いていた。




