天下一武術会3
旋風の名に恥じない縦横無尽の旋撃が闘技場を奔る。
巨大な鎚を振り抜くたびに巻き起こる風が観客席まで届いた。
シャヘルは若干冷や汗を掻きながら距離を取ると、様子見に徹する。
「へぇ、やるじゃん?」
「伊達ではないと言った筈です」
シャヘルの職業、詐欺師の戦闘能力は中衛職としても皆無に近しい。
それに加え彼女の固有能力である3つの強奪技能は強そうに聞こえて扱いが難しい。
何故なら技能枠が9しかなく、その内3つが埋まってしまう。
実質シャヘルには6つしか技能の空きがないのだ。
(折角の最強構成は崩したくないしな。
おっし、こいつで決めるか)
リリアムの振り回す戦鎚の攻撃に戦杖を合わせ迎撃を開始する。
曲げれば折れてしまいそうな杖で鎚を弾き返すさまを見て観客も盛り上がる。
更にはシャヘルはリリアムの隙を突いて接近。たぷたぷの腹を抓んだ。
「セ、セクハラ反対!」
「ニヒヒ、コイツで決めるぜ!」
《悪戯者》
シャヘルの技能がリリアムに命中した途端、少女は戦鎚を取り落とす。
そればかりか、身に着けていた装備の重量にすら負け。
尻餅を着いた瞬間、胸の脂肪が揺れたことで観客からも歓声が上がる。
「はれ、ち、力が入りません」
「生命力と魔力を逆転させる。
コレがオレの《悪戯者》だぜ!」
「え、えぇ――ッ!?」
リリアムは戦士ギルドに所属しているが、魔力訓練などまるで受けたことがない。
ほぼ0に近い水準まで体力が減少したことで虚弱状態に陥るリリアム。
シャヘルの振り下ろす戦杖がリリアムの頭の上で止まると、早くも決着を迎えた。
「参りました~ぁ!」
「おっしゃ! これで二勝目だな」
「……おっしゃぁ――ッ! よくやったぞシャヘル!」
観客席で勝った本人よりも喜ぶイーリス。周りの小鬼族も若干引き気味である。
効果の持続時間が切れるまで時間、シャヘルはリリアムに肩を貸す。
「なんかズルしたみたいでゴメンな?」
「いえ、頭脳戦も戦いの範疇ですから。
油断していた私も悪いんです。それに……」
シャヘルの戦杖で攻撃を弾かれた際に互いの力量差を理解出来た。
戦士ギルドが打ち合いで打ち負かされる。
少なくとも、その様な不名誉は与えられずに済んだのだから。
とはいえリリアムは口を硬く閉ざしたまま、シャヘルの横顔を見つめていた。
「ヘルるん……おめでとう」
「ほァァッ!?」
ラヴァンが入場門の片隅で歯軋りをしながら、その握力で壁を砕いている。
その幽鬼のような双眸と薄ら笑いを見て、シャヘルは身を震わせるのであった。
さておき観客には先程に続いて理解しがたい決着に八百長を疑う者も現れた。
「オッズは30:70そろそろ潮時か……」
この二戦で怪しげではあるが、実力を示したシャヘルの配当が低下。
大金を稼ぎ出すことに成功したイーリスは、持ち金を数十倍に増やしている。
賭博にすっかり染まった彼女が冷静さを取り戻すことで、安堵の息が漏れる。
「次の一戦で最後だ。シャヘルの賭け札に全財産だ!」
「ぴゃッ!?」
所詮はゴブリンである。
シャヘルが控え室へと戻る途中、通路の先から1人の女が歩いてくる。
擦れ違い様に呼び止められるとシャヘルは女の顔を見た。
髪を総髪で纏め上げ。胸甲の下には靭性の高いしなやかな筋肉が漲る。
それでいて痩せ身に見える体型には氈鹿の瞬発力を思わせた。
女はシャヘルに対して切れ長な視線を向け闘気を放つ。
「シャヘルとやら……中々やるようだな」
「えっ、どこのどちら様?」
しかしながら、闘気などという高尚な代物がニブチンに理解できる筈もない。
「我が名はトルボー。マクシマム・トルボー、オーガ氏族の族長と言えば。
お主にも分かろうぞ?」
「あぁ、イーリス達の親戚かぁ」
「ふっ、よもや小鬼どもと並べられるとは見縊られた物。
だが、オーガ氏族は嘘偽りに穢れる言葉など語らぬ。
ただ……この刀のみで語る」
トルボーが掲げた刀、それはドワーフによって入念に鍛造された一品。
その切れ味は岩盤すらも切り崩すとも言われる大業物である。
勿論シャヘルには鑑定技能はないので、何が凄いのかよく分からない。
「お、おぅ」
「次の戦ではお主と剣を合わせる事になろう。
精々恥を掻かぬ様にする事だな」
トルボーは一頻り敗北フラグを立てると、背を向けてその場から去って行った。
▼
天下一武術会の二戦目を終えて、1時間の食事休憩が入る。
シャヘルは仲間達を伴って芝生の中で敷物を被せると、籠を取り出した。
試合に差し障らないよう、サンドイッチなどの軽食がほとんどだ。
「はい、ヘルるんの分だよ☆」
「サンキューなラヴァン」
シャヘルはラヴァンからタマゴサンドを受け取ると、もちもちと食べ始める。
腹持ちのいい食べ物はないので、リリアムは若干不満顔だ。
ラヴァンは特別に用意したカツサンドをリリアムに手渡す。
彼女は大喜びでそれを受け取ると、大口を開けて噛り付いた。
「運動した後のごはんは格別です!」
「この様子だと、優勝まで楽勝そうだな」
「そういや、イーリスは他の試合も観戦してたんだっけ?」
「ん、特別強そうなのはピンク色と赤色だぞ。
他はまぁ……普通だった」
「覚えてるのは色だけかよ」
イーリスは賭博の儲け計算に脳の性能を占有していたので頼りにならない。
プリムラは擬音が多くなおさら混乱するので、シャヘルは情報収集を諦めた。
「ま、なんとかなるでしょ」
大勢で和気藹々と食事を楽しんでいるシャヘル達を観察する影があった。
壁から大きくはみだしたツインテール、モンタナで敗北した少女ミカである。
「おほほ、バカ面下げて笑っていられるのも今の内でしてよ。
ラヴァン、いえ……シャヘル!」
案外根に持つ性格だったようで標的をラヴァンからシャヘルへと変えたようだ。
手に持った林檎を齧りながら、シャヘル一行を眺めている内に侘しさを浮かべる。
彼女は4人姉妹なのだが、この場に来ているのは1人のみ。
さしものミカも若干ホームシックに罹った様子であった。
「……くすん」
「ミカたそ頑張れぇ!」
「私達が着いていますよぉ!」
黒法衣の男達が何処からともなく現れて、意気消沈したミカを励ます。
ミカは顔に怒りの形相を浮かべ、食べかけの林檎を投げつけた。
「お黙りなさいっ!」
男達は食べかけの林檎というご褒美を与えられ歓喜の声を上げた。
それは兎も角として食事休憩も終わり、第三試合の始まりである。
例の格好でシャヘルが闘技場に到着すると、対戦相手が佇んでいた。
「ありゃ? トルボーは?」
「負けたわ」
桃色と白のコントラストのドレスを身に纏った少女は本を片手にそう呟いた。
小さな日傘をくるくると回転させながら、本をぱたりと閉じるとシャヘルに向き直る。
病的な肌の白さを持つ顔から紅玉のような双眸が見つめ。
そこには鈍いシャヘルでも感じ取れるほどの殺気が沈み込んでいた。
「さぁ、この喜劇の幕を下ろしましょう。
“ヘレル・ベン・シャヘル”」
「は? オレは……」
シャヘルの頭に猛烈な痛みが走り、呻き声を上げ頭を抱え込んだ。
次の瞬間、闘技場に破裂音が鳴り響くと、対戦相手の姿が視界から消える。
「な、何だと!?」
《瞬歩》
ここに来て体に染み付いた過去の経験が生きる。
シャヘルはそれが音速の壁を超えた音だと辛うじて把握することが出来た。
視界の端から接近する相手の姿を捉えると身を捩り。
轟音と共に放たれた日傘による突きが体を掠る。
「あら? 完全に入ったと思ったのだけれど……」
「お前は一体!」
「我が名はダム・ドゥルケ。ヴァンピールの眷属」
シャヘルの戦杖が反撃とばかりに振るわれる、余裕はない全力の攻撃だ。
ドゥルケは冷笑を浮かべながら、その攻撃を余裕を持って回避。
金髪の縦巻髪を揺らしながら、再び《瞬歩》を用いてその姿を消した。
思わぬ敵が現れたことでラヴァンは声を張り上げ、イーリスは失神寸前になる。
「ヘルるん、本気で戦って!」
「……で、でもよ」
(何か策があるのかしら?
然し私のフリットは“百歩”を超える、当たるまで……)
ドゥルケの日傘の先端が残像が見えるほどの高速でシャヘルに襲い掛かる。
シャヘルは意識を集中させ回避に集中すると、避けることに成功した。
「これで二回……次で終わらせる」
その言葉の意味をシャヘルは理解出来ていた。
この世界の仕様では攻撃が2ターン外れた場合、次の攻撃は確定必中となる。
(攻撃を二連続で外した場合、次の攻撃は当たっちまう。
そういう仕様なら……これしかねぇ!)
「アデュー」
ドゥルケの渾身の威力を込めた一撃が空を切った。外れた訳ではない。
《変身》
シャヘルは《変身》による無敵時間を利用してその攻撃を回避する。
少女の体を閃光が包み込み、会場全体に放たれた眩い光が煌めいた。




