天下一武術会2
何処までも続く人の波がフォルティスの街道を埋め尽くす。
軽快な音を立てて打ち上げられた花火の音が澄み渡る青い空に響き渡った。
直径にして150m程、石組みの闘技場には多くの観戦客が詰めかけ。
他国の要人達も顔を並べている。
オーランド王は各ギルドのギルド長達と椅子を並べ、観戦席に腰を下ろす。
「タデウス」
「は、シャヘル殿も無事到着されたようです」
「出場枠は抜かりないな?」
「無論、手抜かりは御座いません。
シャヘル殿は我がオーランド王室の食客という形での参加となります」
魔術師ギルドの長がオーランド王の顔を見ると軽く頭を下げ席へ着いた。
不敬ではあるが、これが現在の王家に対する評価なのだ。
個人の力が一個軍隊に匹敵する世界で王権を維持する事は容易ではない。
不可視の魔法を詠唱後に暗殺を行えば、容易く王権は崩壊する。
魔術師からの暗殺に備えるためにも、魔術師の力を借りねばならない矛盾。
この世界の王とは勝手に王を名乗ってる、変なおっさん以上の意味はないのだ。
「相変わらず魔術師は細っこい体をしておるのぅ?
その様子では杖を持つことすらも億劫ではないかぁ?」
「おおっと? これはこれは……。
戦士殿はタダ飯ぐらいが過ぎて、随分と恰幅のよろしい事ですなぁ」
それとは引き換えに勢力を伸ばしているのが、魔術師と戦士のギルド員である。
魔術師ギルドは魔力の素養がある者を囲い込むことで力をつけ。
戦士ギルドは騎士団の代行組織として民衆からの支持が厚い。
「ども、ども、オーランド陛下。本日はお日柄も良く」
「おぉ、べスパ殿久方ぶりだな」
「えぇ、なんせ情報は足で稼ぐのがモットーでやんすからね。
東へ西へ東奔西走ってな具合でして……」
双方の争いも盗賊ギルドのギルド長が来るや否や沈静化する。
ならず者を一ヶ所に纏め上げるために創設された盗賊ギルド。
冷や飯ぐらいとされてきた彼等はその情報収集能力を持ち寄り。
各ギルドの不正の証拠を握ることで頭角を現している。
その情報によって危うい均衡が保たれていると言っても過言ではない。
「オーランド陛下、御機嫌麗しゅう存じます」
最後には冒険者ギルドのギルド長パターソンが姿を現す。
冒険者ギルドに関しては別格とも言える扱いがある。
その大本となるのが冒険資産の管理運用から来る、その資金量だろう。
どのギルドも冒険者ギルドから多額の借金を抱え、強く出ることが出来ないのだ。
「やめんか、パターソン……気色の悪い」
「んむ? 左様で……」
「だが残念だったな、パターソン。
今年度の優勝は我らがオーランド家が戴く」
タデウスの言葉にその場に居合わせていたギルド長が眉を顰める。
「ほぅ、それはシャヘル殿ですな。
コルリス城単騎駆け、竜を一刀の元に打ち倒す。
いやはや事実であれば恐ろしいことです」
「ふふふ、そなたも度肝を抜かれることであろうよ」
と言いつつも、タデウス本人はシャヘルの実力を直に見た訳ではない。
小鬼族のイーリスから口頭で説明を受けたのみである。
かくして天下一武術会、第一試合。
特別出場枠、通称“負け枠”と呼ばれる王城参加枠からシャヘルが姿を現す。
途端に会場にはどよめきが走り、タデウスは両手で頭を抱えた。
「冒険者ギルド裏歩いて5分、ウィンクルム商店!
其処行く冒険者の御三方!
試してみないと、絶対に損するよ~ぉ!」
シャヘルは自分達の商店の名前を書いたのぼりを立て。
前後に看板を抱えたサンドイッチマン広告で観客相手に宣伝を行った。
前代未聞の出来事に観客席のギルド長達が堪らず吹き出す声が聞こえる。
「いやはやタデウス殿。確かに度肝を抜かれましたな」
「あ、あのバカモノッ!」
観客席に愛想を振りまくシャヘルに対して怒りを募らせたのが対戦相手である。
魔術師のファビアンは指先から集光すると、看板を目掛け魔法を浴びせた。
「あッ!? 何すんだよ。まだ試合は始まってないぜ!」
「今のが試合開始の合図だ」
実に絵心のないデブネコの絵に《魔法の矢》が着弾。
シャヘルは商売道具を汚さないように看板を取り外すとその場に置いた。
「百年の歴史を誇る武術会に何故お前のような輩が……。
その歴史を侮辱した罪は重いぞ!」
「あれ? ダメだった?」
「貴様には取って置きの奥義を喰らわせてやる。
この伝説の超魔法《火球》でな!」
ファビアンは両手をシャヘルに向け火球を作り出すと少女目掛けて解き放った。
▼
闘技場には白けた風が吹き込み静寂が佇んでいた。
黒焦げになったファビアンは担架で運ばれ、ラヴァンの拍手だけが聞こえている。
観戦していた魔術師ギルド長は放心状態で金魚のように口を開閉した。
「今のは打ち返したのか?」
「打ち返しましたな……魔法を」
オーランド王の疑問にタデウスが答えた。
《火球》今では扱える者は一部の賢者のみとされている魔法の一つである。
その魔法をシャヘルが手に持っていた棒切れで打ち返したのだ。
打ち返した場所が手前だったので、死ぬほどの深手ではなかった。
爆風で吹き飛ばされたファビアンは戦闘不能、初戦敗退となったのである。
とりあえず思考を放棄した観客からも、疎らに拍手が聞こえて来た。
周囲からのいまいちな反応にシャヘルは弱った様子で頬を掻く。
「またなんか、不味ったかなぁ?」
「カッコよかったよ。ヘルるん☆」
「そ~かぁ? なぁなぁ、次の対戦相手は誰?」
「ん~と、リリアムちゃんだね、どうしよっか?」
シャヘルは次の対戦相手の名前を聞いて不敵な笑みを浮かべる。
ラヴァンを伴って闘技場の舞台から降りると、通路を駆け出し控え室を回った。
戦士ギルドの選手控え室にシャヘルがひょっこり顔を出すとリリアムを探す。
「おっ、居た居た!」
「あれ、シャヘルちゃんもう終わったんですか?」
「まぁね。それより頼みがあるんだけどさぁ」
「買収はダメです! 例え焼肉10人前積まれても!
あぁっ、でも20人前なら……」
「いやいや、それとは別の話な。ラヴァン、武器のストックある?」
ラヴァンはこくりと頷くとエーテル界から大き目の箱を出現させた。
箱の中から販売用の戦鎚を取り出すと、しょぼんとしているリリアムに渡す。
リリアムは身の丈ほどもある戦鎚を軽々と持ち上げ、くるくると手元で回した。
「ラヴァンちゃんのお手製?」
「うん、店売りの物よりは強い筈だよ」
シャヘルはその間にも顎に手を添えながら、考えるようなそぶりを見せる。
「多分、一回戦はあっさり終わらせたのがダメだったんだ」
「言われてみればそんな感じだったよね。
でも、どうするのヘルるん?」
「それはなぁ……」
丁度その頃、大番狂わせが相次ぎ会場では盛り上がりを見せていた。
勝ち上がっている者は何れかに所属するギルド員ですらない無名の冒険者達。
その誰もが不可解な勝ち方をするものだから興奮冷めやらぬ事態だ。
試合の勝敗が賭けの対象となっていたのか。
試合の決着が着くたびに闘技場へとはずれ券が飛び交い絶叫が木霊した。
第一試合で抜かりなくシャヘルに賭けていたイーリスも目が据わっている。
「まだか、シャヘルの第二試合は……」
「がんまれ、てんちょ!」
賭け札屋の男が木版に次の試合のオッズを黙々と記入していく。
「オッズは50:50、実力が見えないのが功を奏したか。
リリアムには悪いが、次の試合も一点張りだ!」
シャヘルが広告塔状態で再び闘技場に登壇すると、リリアムも姿を現す。
すると、シャヘルがリリアムの持っていた戦鎚を指差し実に白々しい声を上げた。
「あぁ~っ! そ、その武器は!」
「はい、ウィンクルム商店で買いました。
金貨1枚でおつりがくるほど、お安いお値段、お値打ち価格」
「あちゃ~! こりゃあ、さしものオレでも苦戦しそうだぜ!」
何とも言えない寸劇に観客から笑い声が漏れる。
それとは裏腹に放心しているのがイーリス、先程勝った分全てを賭けている。
シャヘルがうっかり負けましたでは済まされない。
「ふ、ふ、ふざけるなぁ――ッ!
お前達死ぬ気でシャヘルを応援するんだ!」
「は~い」
小鬼達の占拠していた観客席の一角から、熱の籠もった声援が飛び交う。
それを聞いたシャヘルは作戦が成功したと勘違いするのであった。
対峙する2人の少女から張り詰めた空気が漂う。
リリアムはシャヘルの実力を先日の一件で目撃しており。
シャヘルはラヴァンの武具の質を自らが良く理解している。
「オーク族 戦人、ウェルテクス・リリアム。
いざ尋常に勝負です!」
「へへッ! タダで貰えるもんなら、ビョーキ以外は何でも貰うぜ!」
リリアムが跳躍すると、戦鎚が頭上から振り下ろされる。
体躯から鈍重な動きを想像していたシャヘルは、慌てて身を翻し攻撃を回避した。
その時、観客席からも驚嘆の声が上がった。
リリアムの振り下ろした戦鎚が闘技場の地面を大きく抉り飛ばしたのだ。
これには振り下ろした当人も驚き、イーリスは両手で頭を抱え絶叫した。




