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天下一武術会1

「天下一武術会?

 なんだそりゃ、テコ入れか?」


 シャヘルの心無い一言にタデウスはあからさまにまゆひそめる。

 天下一武術会とはフォルティス王国で年1回開催される武術大会。

 在野に潜む冒険者から今年度の勇者候補を選出するお祭りである。


 その内実はシャヘルのような単騎で国家の安全すら脅かしかねない。

 規格外の実力者に対して鎖を着ける為の選考会である。

 タデウスは早速シャヘルに対して出場を勧めたが、返答はなしつぶての有様だった。


「しかしですな、シャヘル殿。

 優勝者には様々な特典が与えられるぞ」


「えっ、賞金とかでんの!?」


「何と優勝者には栄えある“勇者”の称号が送られるのだ」


「おっと、明日の仕込をしないとな……」


 満面のドヤ顔でタデウスがそう告げると、シャヘルはおもむろに背を向ける。

 扉を開けると待ち構えていたのは頭部に山羊の角が生えた、魔族であった。


 その女性はなまめかしい肢体に黒の法衣をまとい。

 細長い尾をむちのようにしならせている。


「お初にお目に懸かりますシャヘル様。

 私はこの国の徴税官を任せられております、ソムニウムと申します」


「お、おぅ」


 丁寧に頭を下げると、シャヘルの前に一枚の木札を差し出した。

 今までのシャヘルの行ってきた取引内容が記されており。

 それによって得た収益から納税額も決められている。


「なんでもシャヘル様は最近この町に来られた様で。

 このように売上税が滞納しておりますので、お早めにお支払い下さい」


「ちょっと待てよ、どっからこんなに細かい売買記録を?」


「神柱の御一人が開発なされました。

 取引監視機能の賜物で御座います」


「何でだろ、今ちょっとイラッとしたぞ?」


 シャヘルは記憶の底から該当人物だと思われる顔を思い浮かべイラッとした。

 納税額は払えない額ではなかったが、仕入れに払った為に手持ちが無い。


「第一なんでもうけが出ただけで課税されるんだよ」


「はい、それに関して御説明致します。

 シャヘル様、私の銅貨1枚を金貨1枚と交換して頂けますか」


「え、やだよ。そんなの大損じゃん」


 ソムニウムの突飛な提案をシャヘルが拒む。

 その様子を見咎みとがめたソムニウムは「それです」とぴしゃりと言い放つ。


「等価交換ではない取引は利潤を生みます。

 シャヘル様は廃棄品を上手く加工して商売をしておられるとか?」


「べ、別にいいだろ? 勿体もったいないじゃん」


「その様な販売形式ですから自ずと利潤が発生します。

 つまり不等価交換であり、消費者にとっては不利な取引な訳です」


 シャヘルはソムニウムの説明に反論する事が出来ず言葉に詰まる。

 製品の原価は無料同然であったし、加工に必要な工賃も然程懸かっていない。

 日持ちの良い物や廃棄品を有効活用する事は彼女の得意とする商売である。


「それは最早“お金を盗んでいる”のと、同じ事ではないでしょうか?」


「んなっ!? オレは真っ当な商売やってんだ!

 それは流石に失礼だぜ!」


 ソムニウムの手厳しい一言にシャヘルは思わず声を荒げる。

 タデウスはそれを見て満足そうに笑みを浮かべ完全に彼女のペースであった。


「えぇ、えぇ、勿論もちろん仰る通りで御座います。

 人が生きる事に税を掛けるのは愚かとの神柱の御言葉にもあります。

 税金と言う物の本質は“罰金”なのです」


「仕入れの購入代金とかも勘定してもらわないと……」


「はい勿論もちろんで御座います。

 経費はギルドの窓口で申請して頂ければ、一部減免が受けられます。

 申請して頂ければ、こちらの額になりますよ」


 そういって差し出した木札は先程の額の半分ほどになっていた。

 実に単純なお頭のシャヘルはそれを読んで、お得感を感じてしまうのだった。


「まぁ、この位なら……良いかな?」


「それに今ですと亜人種を雇って頂ければ、更なる減免が与えられます」


「おぉ、助かるなぁ」


 何時の間にか税を払う方向へと完全に誘導され。

 梯子上神経系はしごじょうしんけいけいなシャヘルの背後から、タデウスが駄目押しで声を掛ける。


「おぉ、そういえば言い忘れておりました。

 “勇者”認定を受ける事が出来れば、税の免除も有りますぞ」


「こうしちゃいられねぇぜ!

 天下一武術会の優勝目指して特訓だ!」


 そう叫びながら執務室から駆け出すシャヘルの背中を見て。

 タデウスとソムニウムはお互いの顔を見合わせ、サムズアップを交わすのだった。





 天下一武術会に向けて訓練を始めようと考えていたシャヘル。

 だが、そんな彼女の前にある問題がふさがっていた。


「毎度有りぃ~♪」


「売り子さんこっちにも1つおくれ。うちの孫が大好きでねぇ」


「たいだま、おもちします」


 天下一武術会を目当てに集まってきた観光客は連日のように増え続け。

 観光客相手の商売が軌道に乗ってきたのである。


 臨時で雇ったプリムラが忙しなく注文を取ると、シャヘルがお好み焼きを焼く。

 豚バラ肉の代わりにベーコンを用いた意外に本格的な物だ。

 ラヴァンは錬金台を用いて露天を開いており、開業資金にも届きつつある。


「グフフ、武術会様々だぜ。

 飛ぶように売れるってこういう状態の事なんだなぁ~」


「シャヘルちゃんも出場するんじゃないですか?」


「まぁ、一応な。闘技場内でも商売したかったんだけど。

 審査ではねられちまったよ」


 ここ最近シャヘルの屋台に入り浸っているリリアムが焼きそばを頬張ほおばっている。

 最近ますますだらしなくなってきた腹肉で、ぱっつんぱっつんになっていた。


 そこへ買い出しに行っていたイーリスが屋台に戻ると、キャベツを台に置く。


甘藍キャベツを買ってきたぞ」


「おっ、サンキューな」


「イーリスさんは参加しないんですか?」


「シャヘルが出るような大会に参加する訳ないだろう。

 ……その話しぶりだと、リリアムは出場するのか?」


「戦士ギルドのギルド員は強制参加なんです」


「それは気の毒にな、死に水は取ってやろう」


 戦士ギルドは衣・食・住の保証が街から得られる代わり。

 街の防衛や行商の護衛に参加する義務を持つ、騎士団の代行組織である。

 冒険者でもそれなりの実力者が戦士ギルドに加入する事が多い。

 そういう事もあってか、イーリスの言葉にリリアムは気を悪くしたようだ。


「ウェルテクス・リリアムの二つ名が。

 伊達だてではない、ということをお見せしましょう!」


「ソースでべっとりの顔で言っても説得力ないぞ」


 イーリスはそういうとハンカチでリリアムの汚れた口元をぬぐっている。

 少女達目当てに足繁く通っている、黒法衣の男達から溜息ためいきが漏れた。


 その時、鐘が鳴り響くと広場でえさを食んでいた鳩達はとたちが一斉に飛び去る。

 出店を出店できる時刻も過ぎたようで、シャヘルは屋台の店仕舞いを始めた。


「これ、プリムラの今日の日当ぶんな。

 余った商品も持って帰っていいぜ」


「ありまとございます!」


 プリムラは銀貨を受け取り、売れ残りの焼きそばとお好み焼きをどっちゃりと抱え。

 イーリス達に手を引かれて姉妹達の下へ走り去っていった。


「シャヘル、お疲れ様」


「おぉ、ラヴァン丁度今終わったトコだよ。

 もうちょっと待っててな」


 ラヴァンは別行動でここ数日は貸し店舗を探して街中を飛び回っていた。

 小さな羽根をぱたぱたと忙しなく動かしながら地面に着地する。


「ひょっとして良い場所めっかったのか?」


「うん、お婆さんが腰を痛めて閉めたお店があるの。

 シャヘルと一緒に下見に行こうかと思って」


「ほんじゃ早速見に行くか?」


「はぁい☆」


 屋台を預け2人はつなぐと石畳の上を歩き

、ギルドの裏手の道へとやってきた。

 馬車の往来が多い街道とは異なり、徒歩の住人と何度もすれ違う。

 坂道になっている石畳には冒険者向けの店舗が軒を連ねていた。


「んなー」


「おっ、デブネコがいるぜ」


「そうそう、このお店だよ」


 窓の下のたるの上で我が物顔の猫が寝そべっている。

 シャヘルが猫のたるんだお腹を突こうとすると鬱陶うっとうしげに尻尾しっぽを振るい払いのけた。

 見上げると真鍮製しんちゅうせいの看板があったと思しき場所には何もげられておらず。

 唯一の窓枠には木板が打ち付けられていた。


 店舗の中に足を踏み入れると薄くほこりが積もっており、歩くたびに舞い上がった。


「中はそこそこの広さだな。

 カウンター奥の作業場と倉庫は?」


「元々は雑貨屋さんだったんだって。

 倉庫は表のたるが5つ置けるくらいかな?」


「いいじゃん、いいじゃん。

 それで賃料はどのくらい?」


 ラヴァンは手の平を垂直にして1本の指を立てた。

 この場合は金貨1枚という意味で、相場としてはかなり安い賃料に当たる


「即決で決めても良さそうだ」


「そだね」


「2階は住居なんだろ? その婆ちゃんは?」


「息子さんの家に同居するみたい。

 ねへへ、新婚さんみたいだね。ヘルるん☆」


「あ~うん、そ~だね」


 シャヘルは上擦った声でその場を取り繕うと、会計用の台に積もったほこりを払う。

 唐突に目から涙があふすと、少女は零れない様に慌てて腕でぬぐった。




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