コンワルリスの谷1
フォルティスの中央部に位置するリムネー広場にシャヘルは訪れていた。
引いていた荷台を地面に固定すると、木の板で台を作り椅子を並べる。
遠巻きに様子を見ていた男が屋台を覗き込むとシャヘルに声をかけた。
「なぁ、御嬢ちゃん、何やってるんだ?」
「ホルモン焼きだよ。男前のおに~さん、食ってきなよ」
「へぇ、ってなんだいそりゃ! 内臓じゃないか!?」
「まぁまぁ、見ときなって」
シャヘルはこの世界では廃棄品として捨てられていた内臓を引き取り。
塩揉みしてよく洗った後に串に刺して店頭に並べていた。
製法を体が覚えていた醤油ベースの漬けダレをホルモンにかけ早速焼き始める。
炭火に鞴で空気を送る度に屋台の周囲には香ばしい臭いが立ち込めた。
「すげぇ美味そうな臭い……でも内臓……」
「ほら、一口サービスしとくよ!」
男はそういって差し出されたホルモン焼きを受け取ると恐る恐る口に含む。
「おぉ、こりゃウメェや! もう内臓でもなんでもいいやな!
御嬢ちゃん5本くんな!」
「あいよ、毎度有り!」
「なんだ、なんだ?」
臭いに釣られた男達が屋台を取り囲み、ホルモン焼きが飛ぶように売れる。
調子付いた呼び込みが通りがかる戦士の耳に届くと、屋台へと近づいて来た。
「ちょっと良いですか?」
「あいよ、何本欲しいんだ?」
「そうじゃなくてですね。
ちゃんと出店許可は取ったんですか?」
「ゲッ! あの……どちら様で?」
シャヘルは引きつった愛想笑いをしながら声のした方角へと振り向く。
其処には一人の少女が体躯に似合わぬ巨大なハンマーを担いでいた。
「私の名前はリリアムです。
戦士ギルドの者です!」
リリアムと名乗った少女はショートカットに金色の髪を靡かせてぴょこりと一礼する。
むっちりとした色白な肢体が伸びて、大きめの乳房が揺れていた。
健康的で快活な少女である。
(何食ったらこんなに大きくなるんだよ)
シャヘルは自前のまな板に目を移すと何とも言えない表情を見せた。
「この広場で出店を開く場合には出店許可が必要です。
冒険者ギルドでも案内は出ている筈ですが」
「あ、ご、御免……ちょっとど忘れしちゃっててさぁ」
リリアムはシャヘルが大急ぎでホルモン焼きを片付けようとするのを見咎める。
その臭いを嗅いで腹の虫がぐぅと鳴り響くと、ハッと我に返る。
「食品衛生的にも問題あるかもです。試食します!」
「えぇ~? まぁ日持ちしないからいいけどさぁ。
お金はちゃんと払ってくれよ」
リリアムはホルモン焼きを一本手に取ると、おもむろに肉に齧りついた。
もくもくと口を動かしながら、一瞬にして平らげる。
「美味しいです! 美味しいです!」
大量に仕込んだ筈のホルモン焼きが目減りすると、少女のお腹がぽっこり膨らむ。
露出度の多い甲冑がみちみちと音を立てる幻聴が聞こえる。
遠慮の無いリリアムに対して聴衆の一人が声を上げた。
「おいおい戦士さんよ。それぐらいで勘弁してやんなよ」
「ん? どういう意味だ?」
「戦士ギルドのギルド員には食事を提供する義務があるのです。
これも冒険者ギルドに書いてありますよ?」
「はぁ!? 何だよそれ、タダ食いか!」
もう既に10本分は軽く超えている分は食べている。
余った分を食堂に卸そうと考えていたシャヘルは大慌てで串を取り上げた。
「あぁん、おニク!」
「自分の腹肉でも食ってろ!
大体ドンだけ食ってんだよ……」
「食事の無償提供は1本分だけです。
9本分はお支払いしますからぁ!」
「ならよし」
リリアムがひとしきり食べ終わった頃には結局在庫は空になっていた。
シャヘルは銀貨2枚を受け取ると、リリアムと名乗った少女に向き合った。
「しっかし、よく食うよなあんた」
「えぇ? でも、オーク族でも小食な方なんですよぉ」
「あ、納得」
オークは鬼族の中でも膂力の高い部族である。
リリアムがシャヘルの言葉を否定するように、両手を突き出し左右に振る。
ぷるぷると胸が揺れ、序でにぷるぷるの腹も揺れた。
▼
崖下から度々吹き上げる風が馬車の幌に吹き付けると音を立てて軋む。
フォルティス王国西部にある山岳地帯、コンワルリスの街を目指す。
ただ今回の旅は以前とは様相が異なっていた。
「そろそろ見えてきますよ」
「うわぁ、よくあんなトコに住めるなぁ~」
御者台に座って居たリリアムの脇からシャヘルが前方を覗き込み。
まるで岩燕の巣のように崖の壁面に立ち並ぶ景観を物珍しげに観察する。
交易用の馬車には戦士ギルドからの護衛の参加が義務付けられている為。
シャヘルは顔見知りである、リリアムの同行を願い出た。
「ラヴァン、買う物はこれだけでいいのか?」
「うん、それでいいよイーリスちゃん。
今の所は錬金台を優先したいから……」
今回は地下共通語が使えないシャヘルの通訳にイーリスも同行している。
「ラヴは地下共通語読めなかったっけ?」
「読み書きと会話はまた別だからね。
簡単な会話なら問題ないよ」
馬車の中で和気藹々と盛り上がっている最中、馬車は洞窟の前で停止した。
岩煉瓦を積み上げられて作られた宿屋とギルドが併設されている。
「ここで馬車を預けますから、着いてきて下さいね」
「よっしゃ! いくぜラヴァン!」
「あっ、ヘルるん」
シャヘルが張り切って馬車の後部から飛び降りる。
ラヴァンはおずおずと馬車の荷台に立つと、シャヘルは両腕を広げた。
何時ものように荷台の上から飛びつくと、ラヴァンは満足げに微笑んだ。
「バカップル?」
「ち、ちげーし」
未だに2人の関係が掴めていないリリアムの言葉を慌てて否定するシャヘル。
ラヴァンの頬がぷすっと膨れると、一向は洞窟内へと足を進めた。
洞窟内は人の手が入り整備されている様子で換気用の横穴等も掘られている。
岩を加工して作られた階段を下りていくと、やがて大きな空洞に行き着いた。
「もっとジメジメしてると思ったけど、ソーゾーと違うなぁ」
「この要塞はこの近辺でも一番大きいからな」
イーリスは勝手知ったるといった具合で出店の立ち並ぶ空洞内を歩いている。
採光窓の明かりによって洞窟らしからぬ雰囲気となっている。
入り口付近には行商人達の出店、深部には岩煉瓦で組まれた店舗が並ぶ。
「ここが母上の贔屓の店だ。
ドワーフは気難しい者が多い。
カメリアの名を出せば取り合って貰えるだろう」
「有り難うイーリスちゃん」
「ん、それでは用件が終われば宿で合流しよう」
イーリスはリリアムを伴い頼まれ物を探しに出店の方角へと引き返していった。
残されたシャヘルとラヴァンはドワーフの店を潜ると店内を見渡す。
「御邪魔しま~す」
「邪魔するんなら帰ってくれんかの?」
シャヘルは足元から声が聞こえるのを聴いて視線を下げる。
足元では髪を編みこんだ幼い幼女が口角を上げて笑っていた。
一見細身に見える肢体には、みっちりと詰め込まれた膂力を感じる。
「アウルムさんですか?
私達はカメリアの使いの者で……」
「あぁ、カメちゃんの知り合いかの?
それなら、はよぅ言うとくれ」
「錬金台が欲しいのですが……」
その言葉を聞いたアウルムは呆然とすると思わず吹き出した。
錬金釜とは違い、錬金台は高位錬金術師が使用する術具の一つである。
「あのなぁ、御嬢ちゃん。
錬金台というのは相当な魔力を注ぎ込んで使う物じゃぞ?」
「えぇと、それは」
「めんどっちぃなぁ、ラヴァンあれやって見せなよ」
ラヴァンはシャヘルの言葉に頷くと手の平に集光を始める。
其処へ石を投げ込むと一瞬光が瞬き、硝子細工の置物が地面に落ちた。
「か、簡易錬金術!? 嘘じゃろ!」
「いや、今、目の前でやったじゃん」
「う~む、そういう事なら。
しかし結構な値段はするぞい?」
「それなら物々交換でいいですか?」
そう言うとエーテル界から一振りの槌と金床を虚空へと出現させる。
アウルムは拡大鏡を懐から取り出すと鑑定技能を用いて品物を検めた。
「ほわぁぁッ! な、何じゃこれは!?」
「な、何だ何だ!?」
(加減が難しいんだよね)
「あ、交換! 交換じゃな、うへへ。
明日中には用意しておくぞい」
アウルムは世にも珍しいドワーフの揉み手を擦りながら2人を丁重に引き取らせた。
その日アウルムの店舗からは深夜にも関わらず火が絶えること無く。
発狂したような幼女の笑い声と鎚を振るう音が鳴り続けていた。




