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モンタナ高地2

 なだらかな坂を上り続け、草地から岩肌が見えはじめる。

 シャヘルは馬車の窓から身を乗り出して、澄み渡る景色を眺め周囲を見渡した。

 馬車と併走へいそうする鳥達を目で追いながら、シャヘルは口を抑えた。


「おぇ~ッ、は……吐きそう」


「大丈夫ヘルるん? 乗り心地は良いのに」


「なんつ~か……良すぎてもダメな感じ」


 2頭立ての豪勢な装飾が施された馬車は、タデウスが用意した物である。

 シャヘルがモンタナに向かうと言った途端に、即日でチャーターしたようだった。

 本人のあずかり知らぬ所で意趣返いしゅがえしが成功すると、馬車はモンタナの門を潜る。


「コルリスほど大きなトコじゃないけど、イー感じじゃん?」


「のどかな町だね」


 石を積み上げた素朴な家が立ち並び、木製の外壁は人間の身長程の高さ。 

 外壁には牧羊を外へ放牧する専用の扉が設けられている。

 丁度、護衛の冒険者らしき者達をともなって羊の放牧が始まっていた。


 大通りには観光客向けの店が立ち並んでいるが出店は少ない。

 店内をのぞくと丸々としたチーズや、羊肉を加工したと思しき干し肉が並ぶ。

 どうやらさばいたばかりの肉を串焼くしやきにする店まであるようだ。


つぶしたての羊肉だよぉ!

 お嬢様お1つどうです? きっとお気に召しますよ!」


「なぁ~ラヴァン?」


「もぉ、しょうがないなぁ」


 お財布係のラヴァンが銀貨を1枚取り出すと、串焼くしやきを3本購入した。

 串焼くしやきを両手に持ちながら、ご満悦な様子のシャヘル。

 行儀悪く歩き食いをしていると、前方に異様な集団が見えてきた。


 黒ずくめの服装に背嚢はいのうを背負い、発光する棒を持ち、行列を作っている。

 ラヴァンは男の1人が持っていた団扇うちわの文字を見た途端、豪快に吹き出した。


「ぷふ――ッ☆」


「え、ナニその笑い方!?」


「ごめっ! ヘルる……ぷひっ!

 ちょっと我慢できな……ぷふっ!?」


「変顔になってるから、落ち着こうな」


 とうとう我慢出来なかったラヴァンがけらけら笑い出すと、列の後ろに並ぶ。

 怪しむ様子をみせるシャヘルの服のすそを引き、無理矢理列に加わらせた。

 行列は先にある木製のステージまで続いているようだ。


 ステージの足元まで辿たどくと、一人の少女が舞台袖ぶたいそでから顔を出した。

 その瞬間、観客の男達はつように歓声を上げ拍手を始める。

 少女はステップを踏みながら、ステージを上がると腕を上げ叫んだ。


「わたくし、オンステージィ――ッ♪」


「ウォォ――ッ! ミカたそ――ッ!」


 絹糸のようなしなやかな金髪をまとめ、赤いドレスをまとった少女が壇上に現れる。

 ちりばめられた黄金色の装飾が輝くと、豊なツインテールが回りだす。

 あおひとみにパッチリとした睫毛まつげを揺らすと、軽やかなダンスを踊った。


「私たちはついに主にまみえる。主のあがないの愛によって♪

 無力にみえた小さな子は、いと高き天におられる私たちの主♪

 主は子どもたちを、住まいに導いてくださる♪」


「ミカたそ、結婚してくれ――ッ!」


 衣服に映える白のアーム・ロングとニーソックスを振るとスカートが揺れる。

 壇上に上がろうとした黒法衣が、仲間の黒法衣によってとされた。

 歌詞とは程遠い惨状さんじょうに、シャヘルは終始うろたえている。


 ラヴァンは何故だか、同じ歌詞で声高らかに歌い始めだした。

 ラヴァンの顔を見た壇上の少女の顔は青褪あおざめ、声のトーンが次第に下がっていく。

 ミカはラヴァン本人を認めると、ついには奇声を発しながら飛びのいた。


「ゲェ――ッ! ラ、ラヴァン!?」


「久しぶりだねぇ、ミカたそ☆」


 慌てて両手で顔を覆い隠した壇上の少女に、ラヴァンが一言そうつぶやいた。

 心が折れてしまったのか、ミカたそはその場で両膝りょうひざを着き知らぬ存ぜぬを貫く。

 突然の意気消沈いきしょうちんに観客達は困惑の色を隠せない様子でざわめいた。


 ミカはその場で顔を上げると、唐突とうとつ弁解べんかいを始めた。


「いや、その、これはですわね……。

 止むに止まれぬ事情があって、わたくしの意思では無いと申しますか」


「えーでもノリノリだったよねぇ、ねぇヘルるん」


「え、コッチに振るの!?

 いや、事情があるなら仕方ないんじゃないかなぁ?」


 シャヘルが顔を上げると、ミカは今にも泣き出しそうな顔を見つめ返している。

 不憫ふびんになったシャヘルが彼女をフォローすると、ラヴァンのほほがぷすっと膨れた。

 冷静になったミカは はっと我に返ると背中に背負った剣を抜き高らかに笑う。


「あーっはっはぁ!

 まんまと引っかかりやがって くださいましたわぁ。

 そう……これは貴女を陥れるための“わな”でしたのよ!」


「ふ~ん大変だね」


 即興そっきょうで思いついた言い訳をラヴァンに難なくスルー。

 ミカは赤面しながらラヴァンにりかかるが、そこにあわててシャヘルが割って入る。

 剣と戦杖せんじょううとミカの剣からほむらが立ち昇り、火花が飛び散った。


「ん? 何ですの? この山猿は」


「だ、だれが山猿だッ!? このへちゃむくれ!」


「はぁ――ッ!? わたくしのような淑女に向かってへちゃむくれ?

 喧嘩売けんかうってますの、このオタンコナス!

 ダースで買って差し上げますわ!」


「……おもしれぇ! 在庫あるだけ売ってやんぜ!」


 コンサートがヒーローショーになったことで周囲から人が集まりだした。


 ラヴァンは頭をこつんとたたきながら誤魔化ごまかすように舌を出すのであった。





 一合、二合、2人の少女達が武器を打ち合う度に甲高い音を鳴り響かせている。

 シャヘルの使用しているのは、ほんき用の戦杖せんじょう

 対して少女の剣も、振るう度に炎を巻き起こす神話級の一品。


 城壁でさえも綿飴わたあめのように破砕する攻撃力をもってしても、両者は互角である。

 両者は一合切り結ぶ度に、思わぬ強敵に焦りの表情を浮かべる。

 ラヴァンは自分を守るために戦う、シャヘルの姿を見て先程からぽわぽわ気分だ。


「へぇ……このブリッコ、ケッコー強いな」


「うぎぎ、この男女とわたくしが互角? いや、そんなはずは……。

 どうせラヴァンが何かしているに違いありませんわ」


 ミカもシャヘルの底の知れない実力に狼狽ろうばいしている様子をみせた。


「男女で悪かったな、ほんきのほんきだ!」


「では、わたくしも、ほんきのほんきのほんきで参ります!」


 両者の武器がうと炎を巻き起こしながら、周辺に衝撃波が放たれる。

 ラヴァンが障壁を張っていなければ、巻き込まれる者が出かねないほどの力。

 両者の戦いの行方を羊も草を食みながら見守っている。


「2人とも落ち着いて、羊さんがジンギスカンになっちゃうよ」


 その時どこからともなくベルが鳴り響くと、システムさんが介入した。


『相変わらず頭の悪いことをやっていますね、シャヘル。

 類人猿に先祖返りでもしたのですか』 


「コイツ終わったら、次はお前の番だかんな!」


『思い出すのですシャヘル――あの言葉を』


 一言余計なシステムさんの忠告にシャヘルは記憶を探る。

 そして思い出す、どこかのだれかが教えてくれた大切な言葉を……。


「“バグ技”は――“仕様”」


 シャヘルの動きが変わり、戦杖せんじょうの重い一撃がミカの剣に直撃すると体勢を崩した。

 大きく振り被った無駄の多い一撃、ミカは即座にその攻撃に反応する。

 ミカはシャヘルのすきに向かって、真っ直ぐ剣を放った。


「もう一丁ッ!」


 大きく体勢を崩していたはずのシャヘルが、体勢を切り替え振り被っている。

 先程出した体術の上位体術を繰り出す事で動作のすきをなくしたのだ。


「んなぁ!?」


『“キャンセル”は技発生後のすきを、優先順位の高い技で上書きする連続技です』


 更にはシャヘルの繰り出した技は防御側の硬直時間が長い。

 そのためミカはこの攻撃に割り込むことが出来ず、二撃目に直撃。

 ミカが衝撃で転倒している間に再びシャヘルが振り被る。


「よっしゃ! これでキマッたぜ!」


「わ、わわっ! ちょちょっとタンマですの!!」


『“スタンハメ”はスタン効果を持つ技を、先制攻撃で出し続けハメ殺す連携です』


 ミカは一方的にポカポカと殴られ続け、かめの様に頭を抱え防御体勢に入った。

 見た目はイジメっぽいが、れっきとした技術なのだ。


「この……よくもお調子におのりくださいましたわねぇ! 《変身》!」


 ミカの使用する変身は自らの身体能力を上げる。

 ミカの背部からは羽がそろい、大きく広げると周囲に熱を放射し始めた。

 変身時の無敵時間を利用して卑怯ひきょう連携れんけいを回避するミカ。


「む? この技もダメかぁ……」


『相変わらず詰めが甘いですねシャヘル。

 もっとレバーをねらうべきだったのです。レバーを……』


 システムさんの不穏な発言を無視して、シャヘルも特技発動の体勢に入る。

 対抗するようにシャヘルの体が輝きを放ち、ラヴァンも目を輝かせた。


「《分裂》!」


 ぽいんっと軽快な音と共にシャヘルが分裂する。

 しかし、それはシャヘル本人とは似ても似つかない珍妙な生物であった。

 体長6.5㎝ほどの2頭身のシャヘルが腰に両手を当て仰け反っている。


「ほへ?」


 これには思わず、ミカも脱力せずにはいられない。

 そうしている合間にも、ぽいん、ぽいんとシャヘルの数は増え続けている。

 ラヴァンは大急ぎでその内の一匹を確保すると腕に抱いた。


「やった、ヘルるんの《分裂》だよぉ☆」


チギュー(タチケテ)!?」


プスー(ハナセ)!?」


 ラヴァンに抱えられた1体は、短い手足をばたつかせながら逃れようとする。

 小さくなったとはいえ、ラヴァンが苦手なのは変わらないようだ。


『着色すれば夜店で売れそうですね』


ピャー(ヤメテヤレヨナ)!」


 プチヘルはシャヘルのコントロール下にないのか、わちゃわちゃと動き回っている。

 羊を見てはおびえて逃げ回ったり、真似して草を食んだり様々だ。

 ミカはほほを桜色に染めながらも、一匹欲しい衝動を無理矢理抑え込んだ。


「くっ、精神攻撃の類なの!? こしゃくな真似を!」


「へっ、こいつらの真価はこれからだ!

 お前等いくぞーォッ!」


プヒ(エ、ヤダヨ)?」


プヒ(グフフ)!」


「“尖鋭シャープネス”!」


『この場に居るプチヘル50人分のバフ効果が累積されます。

 “尖鋭シャープネス”の効果は攻撃力30%上昇、従って効果量は……』


 戦杖せんじょうに秘められた呪文じゅもん、攻撃力上昇のバフ効果を持つ“尖鋭シャープネス”の起動韻きどういんを放つ。

 この場に居るプチヘルはサボタージュを除き、同じ起動韻きどういんを放っている。

 50匹のプチヘル“鋭化”重ねがけ効果によって、シャへルを一瞬にして強化した。


「1500%!?……そ、そんなんアリなんですの?」


「“常識”に囚われてちゃ――オレには勝てないぜェ――ッ!」


 シャヘルの戦杖せんじょうが防御体勢に入ったミカの剣に直撃する。

 インパクトの瞬間、爆音をとどろかせながらシャヘルが戦杖せんじょうに力をめた。


「このわたくしがぁ――ッ!?」


 ミカは殴り飛ばされた衝撃で宙に浮き上がると何処かへと飛び去った。


「んで、結局なんだったのアイツ」


「んー知り合い?」


 間違っても友人とは言わない、クレバーなラヴァンであった。



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