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フォルティス王国2

「おい、お前!」


 シャヘルとラヴァンの両者がギルドへ向かおうとした道すがら。

 複数の少女達が二人を取り囲んだ。街にあぶれる浮浪少女達だ。

 シャヘルが振り向くと、そこには襤褸ぼろの上着をポンチョのように羽織った。

 少女達のリーダー格と思しき少女が仁王立ちで待ち構えている。


「何だよ、オレに何か用か?」


 シャヘルをにらみつけていた眼光が、がさつな言動を聞いてやわくなる。

 思い直して口をきつく閉じると、その精悍せいかんな表情で二人をにらむ。


 市井の喧騒けんそうまれ若干薄汚れていたが、深窓の令嬢もかくやという衣服。

 それが自分達の飯の種を横からさらうのが、彼女には我慢ならなかった。


「私が名はイーリス! ゴブリン氏族、族長が娘!

 其処そこの女、私と勝負しろ!」


「んなっ!? ゴブリン? オレの知ってるゴブリンと違うぞ!?」


 記憶を失っているシャヘルであったものの。

 日常生活に支障にならない知識についてなら、持ち合わせがある。

 彼女の記憶の中のゴブリンは、緑色の小鬼で「ゲキャゲキャ」な感じであった。


 だが、眼前に居る少女は怜悧れいりそうな視線でこちらを見つめ。

 自分と同程度の体格。直線の長髪が腰まで伸び、磨けば光る容姿である。

 少なくともシャヘルよりは知能は高そうに見える。


「そもそも何で勝負なんか、しなきゃなんないんだよ?」


「しらばっくれるな、お前が私達の仕事を奪うからだ!」


 少女はギルドでだれも引き受けない仕事を、一手に任されている事を話す。


「ヘルるん、どうする?」


 そう言いつつも、ラヴァンは手の平に魔力を集光させる。

 脅しの一発でも見せれば、彼女達は散り散りに逃げていくだろうと考えた。


「ふ~ん、そっかぁ。じゃあ、皆でやろうぜ!」


「は?」


 イーリスは思わぬ申し出に思わず頓狂とんきょうな言葉を返し、慌てて口を抑える。

 対するシャヘルは邪な笑みを浮かべながら、何かを企んでいるようだ。

 シャヘルは善は急げとばかりに少女達を伴ってギルドへ走り出す。


 すっかり置いていかれた少女はほほを膨らませ、露骨に不快な表情を浮かべた。

 そして溜息ためいき一つ、シャヘルの後を追った。


「おねぇさ~ん、“クエスト”一つくださいな♪」


「あらシャヘルちゃん、おはよう。えぇと、これと……これと」


「ねねっ、もっと稼げる仕事ない?」


 ギルドに入るなり受付へとシャヘルは突進する。

 子供らしい笑顔でよからぬ事を企てるシャヘルは、受付嬢を困らせた。


 未成年には危険度の高い仕事を与える事は出来ない規則になっている。

 受付嬢が顔を上げるとシャヘルの後ろに、いつもの浮浪少女達が並んでいた。


「イーリスちゃんも“クエスト”?」


「こ、こいつがどうしてもと言うから……」


 わずかに日に焼けた健康的なほほが上気する。

 受付嬢はくすりと笑いながら難易度が星一つの依頼を手に取った。

 シャヘルはその依頼書をしめしめとばかりに手を取ると、早速走り出す。


 街の門から表に出ると眼前には平原が広がっていた。

 木々の立ち並ぶ林がちらほらと点在している。

 平原を吹きぬける風が少女達が出迎えると、一同は森の前で立ち止まった。


「ほ、星の付いた依頼なんて初めてだぞ!?」


「オレも初めてだから心配するなって!」


「薬草の採取かぁ……これだね?」


 薬草採取依頼、薬草自体は割とどこにでも生えている物らしく。

 ラヴァンは茂みを数分探し回っただけで、簡単に見つける事が出来た。

 子供ほどの背丈しかないゴブリンの少女達から、わぁっと歓声が上がる。


「薬草!」


「食べれる?」


 少女達はその場で散開すると、手に手に薬草を持っては地面に積み上げた。

 ラヴァンは薬草以外の物も採取しながらかごに入れていく。

 薬草をこっそりと口に入れ、うえっとえづく少女達が後を絶たない。


「ラヴァン? きのこなんて採ってどうすんの?」


「練金素材に使うんだよ」


 「そういえば得意だったな」と、シャヘルはその記憶にさしたる疑問を持たず。

 鬱蒼うっそうとした森の中の探索を続けた。


 手頃てごろな長さの木の棒を足で跳ね上げると、片手に取り回転させる。

 その様子を見ていたイーリスは、シャヘルの熟練した杖術じょうじゅつに思わず見惚みほれる。


「なに?」


「いや、何でもないよ……」


 イーリスはまともに戦っていれば、自らが負けていた事を悟る。

 自らの未熟さを痛感すると、シャヘルから距離を取るようにして彼女から離れた。

 そこで不意に森の静寂を引き裂いてベルの音が鳴り響く。


 採取の腕を止め虚空を見上げる少女達。

 シャヘルは「あっ」と気付きの声を上げると、声の主を喧嘩腰けんかごしで出迎えた。


『シャヘル――お疲れ様です。早速でなんですが、敵です』


「おい、お前!? ってえ? これ敵とかでんの!?」


 シャヘルの眼前に黄玉の眼球がうごめく、黒い物体が忽然こつぜんと姿を現した。





 ゴブリンの少女達はその姿を見た途端、金切り声を上げて逃げ出す。

 シャヘルはその様子をほうけた様子で眺めている。


 ラヴァンも特に警戒する様子を見せてはいない。

 どう贔屓目ひいきめに判断してもその生物が驚異には見えなかった。


「シャヘル! そいつは“バグ”だ!」


「ふ~ん、強いのこれ?」


 “バグ”それはこの世界の住人達にとって、最も驚異とされるモンスターである。

 長い時間を掛けて無害化していったモンスター達。

 それとは逆に、この世界で近年その姿を見せ始め、年々増加しつつある。


 その特性は生物に触れるだけで、その生物を“バグ”化してしまう物だ。


「!?」


 “バグ”は突然肉体の形を変えて、機敏な動きを見せる。

 低ランク魔物でもポピュラーな粘体生物、プリンの体当たり攻撃。

 シャヘルがその体当たりをつえで受けた時、イーリスは終わったと感じた。

 バグはつえその物をバグ化、それを手に持っているのなら体をもバグ化してしまう。


「シャヘル!?」


「おっと、けっこ~強いな――おらァッ!」


 体の軸を回転させ、さながら演舞のようにつえを振るいバグを肉体を打ち据える。

 一撃、二撃、三連撃、最後の一撃をバグに入れると、黒い霧が雲散霧消。

 元の姿のプリンが地面の上にぽてっと転がると、よちよちと茂みに逃げ去った。


「ヘルるん、すご~い☆」


「へへっ、それほどでも――あるぜ!」


 ラヴァンのおだてに調子付いているシャヘルは気をよくする。

 ない胸を張って調子に乗ったシャヘルの周りに少女達が集まった。


「“バグ”に触れたように見えたけど? 何ともないか?」


『心配は御座いません。何分丈夫さだけが取り柄です。

 泥水をすすっていても、腹を壊さないくらいです』


「いや! 別の何かが削れるだろ、それ!」


 相変わらず容赦のないなぞの声にシャヘルが異議を申し立てる。

 知らぬ存ぜぬとばかりに、なぞの声は一方的な会話を続けた。


『先程御覧になった“バグ”が、この世界で起きた異変の兆候です』


「システム、位置だけでも特定出来ないの?」


「あれ? ラヴァンはこいつの名前知ってる?」


 ラヴァンが声の主をシステムと呼ぶと、シャヘルは疑問を口にした。

 少女はその碧眼へきがん虹彩こうさいを少し潤ませながら、ただ短くうなづいた。


「で、その元凶を何とかすりゃ良いわけね?」


『ご明察の通りです。明日はやりの雨が降りますね』


「何でオレに対してだけ、そんなに辛辣しんらつなんだよ!?」


「でも、そんなに急がなくても、良いんじゃないかな?

 ヘルるんのペースでゆっくりやっていこうよ」


 ラヴァンがこの場をそういあさめると、システムは何も言う事無く押し黙る。

 やがてガチャリという音と共に声が途切れると、ラヴァンは浅く息を吐いた。

 

「ひょっとして仲悪い?」


「そんなことないよ。ただ……」


「なぁ、シャヘル。

 その黄玉は拾っておけよ、金貨一枚になる」


「え、マジで? ラッキー!」


 シャヘルはバグの眼球になっていた黄玉を手に取った。

 見た目以上に手応えがあり、手に納めるとずっしりとした重量感がある。

 少女達は依頼も終わらせると、早速ギルドの受付へと向かった。


 薬草の査定の中に混ざっている黄玉に受付嬢が目を丸くして驚く。

 シャヘルは笑顔を見せてその場をごまかす。

 受付嬢は深くは問い質さずに金貨一枚と銀貨三枚を机に置いた。


 シャヘルは金貨を銀貨百枚に両替すると人数分で割る。


「こ、こんなにもらえないぞ?」


「別にいいじゃん! 皆頑張ったんだしさ!」


 シャヘルがそう言いつつ、太陽のように輝く笑顔を見せる。

 イーリスはその笑顔に見惚みほれれてしまい、思わず目を逸らすと感謝の声をかけた。


「ありがと、シャヘル」


「――」


 ゴブリン族の少女達は五名参加していた為に六十枚にもなる。

 雑費を切り詰めれば、半年は暮らしていける金額。

 シャヘルから手渡しで報酬を受け取り、ほほを染めるイーリスを見て。

 ラヴァンはジト目で、シャヘルの顔を射抜くような視線を向けた。

 

「ん? どうかしたかラヴァン?」


「なんでもない!」


 ほほを膨らませて怒るラヴァンのほほをシャヘルが突っつくと、空気が抜ける。

 膨らませる度に突っつかれて、機嫌の良くしたラヴァンに微笑が戻る。

 それに代わって今度はイーリスがねだした。


 少女達はその場で解散すると宿に戻る。

 カウンターで銀貨1枚を支払うと、湯浴み用のおけを持ち部屋に戻った。

 今日 1日の汚れを軽く落とすと少女達は1つきりのベッドに横たわった。


「替えの服が欲しいよな」


「そだね」


「あとたまにはさぁ、風呂ふろにも入りたいよな」


「そだね」


 シャヘルは目を上げると、生返事を続けるラヴァンの顔を見る。

 その優しげでどこか寂しそうな表情を、何処かで観た覚えがあるような気がした。



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