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トリアの迷宮7

―――――





 昇降機の駆動音が暗い闇の中に響き渡っている。

 暗い闇の中を降りていくと、一行は最下層の五階にある最深部の攻略に向けてフルメンバーで向かう事となった。

 『フレッシュドール』の召喚には相応の供物が必要になるらしく、他のモンスターの姿は見えないようだった。

 一行は途中で不審な横穴を発見すると、南はそれがドラウの掘った物だと確信を強めた。

 フロアボスとの戦闘に邪魔が入らぬように松明を掲げると、ようやく最深部へと辿り着いた。


「なんだよ……これ?」

「愛音、鑑定を」

「これはエンチャントウェポン……あっ、これもだ」

「お宝の山ニャ!」


 四方五十メートルほどの大広間の空間には武器や防具等が散乱、肝心の遺体は一つも残ってはいなかった。

 南達は落ちていた装備には触れないように慎重に足を進めると、やがて『66B498DF』とポップアップ表示された一体のモンスターを発見した。

 膨れ上がった脂肪の塊のような男で顔には革の拘束具が装着され、口を大きく開くように固定されている。

 皮膚には青い血管が無数に浮かび上がり呼吸をする度に収縮を繰り返していた。

 南は一行を手で静止させると自分だけが先行し、相手の反応を確かめる。


「随分と鈍いぜ、一気にやっちまおう!」

「……おかしい」

「確かにこれはおかしいな」


 南の言葉にジェイルも同意する。

 ここまで近付いても攻撃を仕掛ける事が無い。

 宙を浮遊しながらもゆらゆらと揺れているだけで、動きが素早い訳でもない余りにも鈍すぎる敵だ。

 周囲に散乱する装備から逆算しても三十人はくだらない人数が、この男に攻撃を仕掛けたのは容易に推測できる。

 それでも勝てなかったのは何故なのか? 余程運が悪くとも百点近いダメージを負わせる事が出来た筈だった。

 そこから推測出来る事は明瞭だ。


「攻撃に反応するタイプですね。《自爆》なのかは分からないですが」

「南君。それで三十人ものプレイヤーを、一方的に殺害出来るとは思えないが」

「攻撃が不可能ならどうやって倒せばいいんです?」

「簡単ですよ。ジェイルさん、ヤツに《癒しの手》を」


 南は大凡の能力を条件から推察すると、それにジェイルが反応しエルロンドが率直な疑問を述べた。

 それに南が回復手段を指定した事でジェイルは納得したのか、ゆっくりとエルロンドと共に男の下へと近付き《癒しの手》をかざした。

 白い煙を立てながら癒された箇所が窪んでいくと男の体が小さく萎んでいく。

 そしてジェイル達の行動に呼応するかのように叫び声を上げると、ジェイル達は突然に重量感の増した剣を手から取り落とした。

 更には男の体から肉塊がずるりと吐き出されると徐々に人の形となってジェイル達の元へと近付いてくる。


「金属製の装備を無効化するのか?」

「体重も増しています。これではジリ貧に……」

「愛音、まずはあのフレッシュドールに攻撃を」

「自爆はしないの?」

「あの個体は明確に攻撃の意思を持ってジェイルさん達に接近している。恐らく一昨日のタイプだ」


 ジェイル達はフレッシュドールを誘き寄せるように逃げ回ると、南達の元へと誘導する。

 すかさずノッコの銃撃がフレッシュドールの脚に命中すると、敵は身を屈めながら、石床に落ちていた武器を手に取りジェイル向かって長剣を振るった。

 振るった剣はジェイルの腰に命中し僅かな軽傷を与えると、ジェイルは十二分に離れた所で、男が離れたのを確認すると床に落としてしまった長剣を拾いなおした。


「ジェイルさん、大丈夫ですか?」

「男から離れると幾分かはましにはなったようだ」

「距離の二乗に反比例するようですね……」


 南は今までの攻撃から敵の攻撃パターンを整理する。

 傷を何らかの形で無効化する能力と重量を距離の二乗で増加させる能力。

 そしてフレッシュドールを産み出す能力だ。

 更には男はアンデットと同じように回復魔法でダメージを負わせる事が出来る。

 恐らく受けた打撃値が反転するような細工が加えられている。

 そして今までの経験から更に憶測を加えた。


「多分、フレッシュドールを産み出すのは十秒に一回だ」

「ヤベェじゃねぇの!?」

「大丈夫ですよダークさん、見た所産み出す度に男も消耗している」

「随分とややこしい敵だな! スパッと倒せるボスはいねぇのかよ!」

「兄者……」

 

 ボルダンが不満を零すとシャルダンが呆れた顔で兄の顔を見た。

 ミルキーの機械弓がフレッシュドールの胸部にそれぞれ着弾すると、微かな手傷を負わせる。

 南が長剣を抜いて突きかかるとフレッシュドールの喉笛へと命中。

 柴が戦斧を振りかぶりフレッシュドールの側頭部を殴り飛ばすと、肉を削ぎ落とし飛沫となって周囲に飛び散った。

 最後に駆け寄ったダークが剣で刺突を加えると腕を深く切り裂いて、椀部に損傷を与える。


「南、男の方はシカトでいいのか?」

「ヘルの《気功術》が効くかどうか試したいけど……危険だよ」

「グフフ、任されたッ!」


 ヘルは不敵な笑いを浮かべながら男に走り寄ると《気功術》を用いて弱い攻撃を放つと、当たった箇所が破裂する。

 男が呻きを上げたのを確認すると更なる連撃を加え損傷を与えた。

 男がずるりと二体目のフレッシュドールを産み出すと、すかさずスゥの尻尾に突いた鋭利な針による不意打ちが直撃。

 フレッシュドールの肉体に大きな風穴を開ける。


「お待ちかねのコイツだ! 《特技強奪》!」


 ヘルがワンハンドアクションで《特技強奪》を行うと《自爆》《創痍反転》《重量肥大》《分裂》と四つの能力が開示される。

 《分裂》は気になる所ではあるが、他のモンスターも保持していそうな能力ではある。

 ここは迷わず《創痍反転》を選択すると男の能力はそのまま喪失した。

 

「《創痍反転》頂き! これで普通に攻撃が通るぜ」

「南、男の方を先に始末しよう!」

「《分裂》の方が厄介なんだけど、残るはフレッシュドールが何体出るかが問題だね」

「誘導して一ヶ所に纏めてしまいましょう」


 柴が男の様子を確認すると南に伝え、エルロンドが自爆によるダメージを利用するように南に対して提案する。

 ボルダンが先に産まれたフレッシュドールに対して長剣で切りかかると、シャルダンが同時に切りかかる事で《十字斬り》が成立。

 激しい裂傷を胸部に受けた。

 フレッシュドールの動きに僅かに変化が起きる。

 フレッシュドールはボルダンに対して素早く接近すると長剣で逆袈裟に切りかかる。

 攻撃を受け損なったボルダンは腹部に深い裂傷を負い、手傷を負わせたフレッシュドールに対し睨みつける。


「この野郎、やりゃあがったな!?」

「……落ち着いてくれよ兄者、自爆に巻き込まれるぞ」

「次は二体目のフレッシュドールを削ろう、誘爆で一挙に始末できる」

「今日持ち込んでる治療薬は多目だけど負傷には注意して」


 中級治療薬は三本と初級治療薬は四本をそれぞれ美紗と愛音が管理している。

 〈治療〉技能を持つ者が扱う事で効果は向上するが、前衛で攻撃を受ける者が所持していると破損する場合がある。

 結果的に前衛に立つものは血止めの薬草など効果が微小な薬草以外は所持していない。

 二体目のフレッシュドールを上手く誘導すると、敵に対する攻勢が再開される。


「射撃開始ニャ!」

「これだけ遅いなら当たるね」


 ノッコが両手に拳銃を構えて《連射》すると四発中三発が命中し“幸運”にも手負いのフレッシュドールの頭部へと着弾。

 動きを鈍らせる事に成功する。

 続いてミルキーの機械弓が放ったボルトが頭部に着弾し重傷を負わせる。

 ジェイルは前衛が引いたのを確認すると、着火具で松明に火をつけフレッシュドールの足元へと投げ込んだ。

 たちまち敵の肉体が膨れ上がると猛烈な火柱を上げて“自爆”する。

 それに合わせるように二体目のフレッシュドールも誘爆するとその爆炎に男も巻き込まれ損壊を負った。

 事態は振り出しに戻り残す敵は男のみとなった。

 南はパターンに入ったのを確信すると、再度攻勢に入るよう体勢を立て直す。


「何だ、楽勝じゃん!」

「油断したらダメだよヘルるん、嫌な予感がするの……」

「敵の技はこれで終わりだと思うけど?」

「!? 皆、伏せろッ!」


 前方から打ち出された無数の光弾にジェイルが気付くと《無謀》にも斜線へと立ちはだかる。

 体中を撃ち抜かれたジェイルは後方へ吹き飛びながら頭から転倒し、うつ伏せに倒れ込む。

 南達が光弾を放たれた元へと目を向けると、そこには四人の男達が佇んでいた。

 虚空には《魔法の矢》による無数の光弾が浮かびうねりを上げて飛び交い、その者達の魔力の高さを明確に指し示している。


「……これは!?」


 やがて暗闇に浮かび上がるワーロックの青白い顔を見た瞬間、南の考えていた疑念は確信に変わった。


―――――

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