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トリアの迷宮6

―――――





 窓から差し込む日差しを浴びて、ヘルは目を開ける。

 この世界に着てから数日は闇を怖がって、目を瞑って寝る事すら出来なかったが今となってはゆっくりと休息が取れるまでになった。

 彼女は大きなあくびを一つすると、両手を大きく伸ばして背を伸ばしカーテンを開ける。

 暖かな日差しが舞い込んで掌に差し込むとやがて思考が冴えてきたのか、大きく両足を振りかぶって寝台から床に飛び降りた。

 姿見の前に立つと髪留めを口に咥えながら寝癖でぼさぼさになった髪を櫛でさばき、キララから教わったツーサイドアップの髪型に整える。


「……まぁ、こんなもんかな?」

「チィ!」

「おっ? おはよースゥ!」


 とてとてと床板を鳴らしながらスゥが小さな尾をふりふりと振り回しながら、ヘルの足元に体を擦り付ける。

 鱗や角で皮膚がざりざりするので最近では厚めのニーソックスを履いている。

 以前履いたニーソックスを見た南が思わせぶりに「ふぅん」等と言うので弁明が必要ではあったが。

 こういったお洒落が気に入ってきたヘルは自己嫌悪に陥りながらも自室のドアを開けた。

 そこに広がっていたのは既に見慣れた光景。

 この家はヘンの村郊外にあった空き家を正式に買い取り、愛音に頼んでフォルティスの郊外に移設して貰った物だ。

 ヘルはこの世界が仮想世界であることに半ば半信半疑であったが、一夜にして家が移動するといった不可解な現象を知る内に次第にこの世界について自覚するようになっていた。


「あれ? ヘル今日は早いんだ?」

「まぁな、キララは居ないのか?」

「例の剣の複製が完成したからって本部へ行ったよ」


 それを聞いたヘルがにひっと笑うと呆れるノッコを尻目に表へと駆け出そうとするが、服の襟を背後から掴まれ止められる。

 良く見るとノッコの制服はセーラー服ではなく余所行きの服を着用していた。

 ノッコが切れ長の視線でヘルの顔を見ながら、ヘルの服を指差し注意すると突如ヘルの胸を揉みしだいた。


「ヘル……ちゃんと、ブラは買った?」

「も、揉むな!」

「やっぱり買ってない。お金はどうしたの? 垂れるんだから買っときなよ?」

「こ、この金は露天の材料を仕入れる為の金で……」


 最近になってヘルは原材料をキララから安く仕入れる事で、リムネー広場で練金窯を用いたテキ屋の真似事を行っている。

 飲食物の許可申請はジェイルのお陰ですんなりと許可され、意外にも料理が得意だった柴からレシピを教えて貰う事で、練金窯を利用した量産が可能なまでに技能レベルが成長していた。


「はぁ……ミルキー居る!?」

「はいニャーイ、何の用かニャ?」


 半裸状態のミルキーが自室から顔を出すと、汚部屋に積み上げていたガラクタがどっちゃりとこぼれだす。


「ヘルの買い物に行くけど、一緒に行かない」

「モチのロン……ってかまだ下着揃えてなかったのかニャ?」

「別にいいじゃん、タンクトップだけで……」

「自室でタンクトップ一枚なんて、ズボラの代名詞だよ」

「ミ、ミルキーはそんなことは無いと思うニャよ?」


 自室から出ようとしたミルキーが寸前で踏み止まると扉から頭だけを出してヘルを援護する。

 ノッコは浅い溜息を吐き二人を置いてその場から広間へと向かうと、丁度キララが玄関を開け帰ってきた所に遭遇した。

 「便利屋」として騎士団から仕事を回して貰っている最近では、資金に余裕が出ているので各々が自由に扱えるお金も増加している。

 かくいうキララも白ロリと呼ばれているフリルが豪勢に付いた趣味丸出しの衣装に身を包んでおり、それを平気で屋外まで着ていくという暴挙に出ていた。

 ノッコはその彼女の衣装を見て目を輝かせると、奥の二人に手招きを行いキララの衣装を褒めちぎっている。


「ほら二人とも、こういうのが女の子のお洒落だよ!」

「ありがとノッコちゃん、でも照れるよぉ☆」

「いや、それはどうだろ?」

「……流石に同意しかねるニャ」

「チー?」


 ヘルが首を傾げると頭の上に何時の間にか飛び乗っていたスゥも首を傾げた。

 ノッコは鏡に映った自分の姿を見て眉を下げる。

 かっこいい綺麗と呼ばれたことは数在れど、きつい目付きに日本美人風の顔立ちは可愛さには程遠く。

 幼い顔立ちに金髪といったお人形のようなキララの容姿は、ノッコにとって憧れの存在であった。


「でも、カワイイお洋服ニャ」

「何処で売ってるんだよ、こんなの……」

「行きつけのお店だよ、ヘルるんもキララがコーデしてあげる☆」

「それなら安心だね、早速そのお店に行こう」

「……正直不安しかない」


 全く噛み合わない四名は自宅から表へ出ると、キララの案内によって街の中央区に向かって歩き始めた。

 更には横道に入ると曲がりくねった狭い通路を進み人気が少なくなった場所を更に歩き続ける。

 やがて四方が家屋の壁に囲まれた行き止まりに開いた場所に“隠れ家的お店”というよりは邪教の巣窟と呼ぶに相応しい外観の建物が見えてきた。

 玄関には原住民の工芸品と思しき怪しげな仮面が無数に貼り付けられ、表に存在した看板には「儀式始めました」とまるで夏の冷やし中華の様な軽いノリで怪しげな言葉が書き連なっている。


「何の儀式ニャ……」

「事前に覚悟はしてたから、衝撃は無いぜ」

「ヘルちゃん、それって慣れたらダメな奴じゃニャイ?」


 キララは不審がるヘルに何も説明する事無く、店内へと足を踏み入れた。

 中には頭蓋骨で作られた杯や、何かの皮を貼りあわせて作られた装丁の本が無造作に机の上に並べられている。

 やがて奥から全身に法衣を頭まで深く被った人物がふらふらと現れると、キララの顔を見るなり慌てた様子で接客を始めた。


「キララ様!? 申し訳有りません。只今、皮……生地を繕う作業をしておりまして」

「何で今、言い直したんだ!」

「この子がヘルるんだよ☆ 例の物を……」

「おぉ、この方が……」

「本人の前で不穏なやり取りをしないで!」

「愛されてるね」

「どういう判断だよ!?」


 味方の居ないヘルがミルキーの方へ視線を向けるが店外に待機していたのか、入り口でヘルに向かって手を振りながらスゥと共に戯れている。

 やがて店の奥から顔の見えない複数の人物が頭を下げながらヘルを崇め奉り、奉納台に載せた衣服を彼女の元へとおごそかに差し出した。

 さっさと終わらせてこの場の空気から逃れたいヘルは、その衣服を手に取ると脱衣室へと走る。

 着替えの済んだヘルが脱衣室から出ると、寸法がぴったりと合った黒ロリを着たヘルがノッコの前に姿を現す。

 材質は不明だが光沢があり光を帯びて七色に輝いている。

 ヘルも悪くない様子で姿見を見つめていたが、背中に生えている羽根の装飾が邪魔なのか腕を使い仕舞い込んだ。


「何で寸法知ってるのとか色々問い詰めたいが、悪くないじゃん」

「私はヘルるんの事なら、な~んでも知ってるの☆」

「でも、この羽は邪魔だなぁ」

「……そうなの? でもあった方がステキだよ?」

「うんうん! 似合ってるよ、ヘル」


 ノッコが鼻息を荒くしながらヘルの衣装を褒めている。

 ヘルがふとした拍子に羽が自由に動かせる上にサイズに自由が利く事に気付くと、小さく折り畳み。

 納得した様子でキララに笑顔を向けて感謝の言葉を伝えた。


「ありがとな、キララ! これ高かったろ?」

「ううん、寸法を直しただけだから……」


 ヘルは表に出るとスゥに向かって羽を広げて見せる。

 仔竜は羽根の生えたヘルを完全に仲間だと勘違いしたのか大喜びでヘルにじゃれてきた。

 その後、抵抗するヘルの背中を押しながらヘル一行は南達のマイルームへと足を運ぶと扉を開け室内へと入る。

 部屋に入るなり南はヘルの姿を見て慌てて口を抑えると、ヘルは叫び声を上げながら弁解を始めた。


「ちゃうねん……」

「……なかなか似合ってるよ」

「ちゃうねん!」

「チー!」

「ピュイ!」


 ヘルの頭からスゥがパタパタと羽を羽ばたかせながら床へと降りると、マイルームにいた友達のカタンとじゃれあっている。

 若干不機嫌になった愛音を美紗が諌め、結局この日は南達のマイルームにお泊りする事になり翌朝まで弄られ続ける事になるのであった。


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