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トリアの迷宮4

―――――





 トリアの迷宮の攻略が開始されようやく二階への扉が開放されたのを受けて、南達のギルドは再び迷宮へと足を運んだ。

 以前のウェジピグミーの群れが戦力の大部分であったらしく攻略は滞りなく終了した。

 既に最下層までの攻略はブラック・アニスが終了させているので、フロアボスを倒す必要はないが供物によって大量に溢れ出したモンスターが南達の行く手を塞いでいる。

 そしてこの段になって兼ねてからの懸念事項であった問題も噴出した。

 他ギルドとの攻略に関する軋轢である。


「だから、次のフロアは俺等が攻略するんだよ」

「オメガ筐体の経験は?」

「MMORPGなんてどれでも一緒だろ? 俺はFM三回クリアの実績があんだぞ?」


 男はそう言うと有名MMOの攻略実績を声高に提示すると先に進むのに強行手段に出る。

 騎士団員が目を放した隙に他のメンバーが二階へと降りていき、リーダー格の男も済崩し的に階段を駆け下りて行った。

 リーダー格の男に見覚えのあったジェイルは、いざこざの一部始終を眺めていた南に向き直ると語りかける。


「南君、どう思うね?」

「……ログアウトして終わりじゃないでしょうか?」


 オメガ・ポイントは元々研究用として開発された筐体なので、通常のゲーム筐体とは異なる部分が多く存在する。

 その代表的な物が痛みを感じる事が出来るペイン・フィードバック機能だ。

 あぁいったチンピラのような手合いは、相手を痛めつける事は好きでも「剣で全身を切り裂かれる」「槍で全身を貫かれる」等といった痛みに堪えられるほどの根性は無い。

 そしてクソゲークエストはシステム上、必ず一はダメージを負うシステムであるので従来のMMOのような無双プレイも不可能。

 最もリアルなゲーム体験と言われているオメガ筐体に一度は手を出そうと何人もの人間がゲームに参加するが、大半の人間は塗炭の苦しみに襲われ再接続率は数%に満たないのだ。


「現実の方が遥かにマシですから」

「それは言えてますね」


 南が見も蓋もないことを言い出すと、エルロンドは笑いながら同意した。

 オメガ・ポイントで発売されるゲームのほとんどは、クソゲークエストのように常人ではまともにプレイ不可能な難易度の物が多い。

 南の調べでは政府がバックアップして人体実験を行っているという陰謀論まで存在する曰くつきの代物だ。


「南、まだなのか? もう待ち草臥れたぜ」

「フガフガ」


 髪を甘噛みで食んでいるスードゥドラゴンを頭に乗せたヘルが、不機嫌そうに身を乗り出して南に不満を述べた。

 南は頬を掻くと念の為に装備の再確認を行わせる。

 ボルダン兄妹は一階の掃討任務に当たる騎士団の指揮を取る為に別行動、入れ替わりにダークが参加しているが若干火力に不安がある編成だ。

 今回持ち込んだ治療薬は二本〈製作〉技能が向上する事で回復量も増加しているが、その分価格も百金貨を超える様になっている。

 安価な治療薬も何本か持ち込んではいるがレベルの高まった今となっては焼け石に水となる回復量しかない。

 柴が装備を美紗は医療器具を愛音が今日使用する呪文を確認すると、ジェイルが先導し二階への階段を降りていった。


「なんかヘンな臭いしない?」

「グールの臭いに似てるニャ」


 美紗が二階の空気の異変に気付くと、ミルキーが鼻を鳴らしながらとんでもないことを口走る。

 グール戦がトラウマになっていたヘルがげっそりするが、ジェイル達には別の予感があった。


「敵を発見しても先制攻撃は控えてくれ」

「例の肉人形ですか?」

「ヘルちゃん、スゥに斥候をお願いして」

「え!? やだよ! 危ないじゃん!」


 スードゥドラゴンはテレパシーによる遠隔交信が可能なモンスターであり、尚且つ飛翔が可能で隠密性に優れている。

 とはいえ、まだスゥは仔竜である為に子猫ほどの大きさしかない。

 スゥは愛音の呼びかけに答えるように羽をはためかせてヘルの頭から離陸すると、忙しなく羽を動かしながら南達の先導を務めた。


「危なくなったらすぐに念話を飛ばすんだぞ」

「チー!」


 交信範囲は二十メートル弱離れていても届くが、まだ幼体なのでその内容は「楽しい」「悲しい」といった感情を示すだけで人語を解する訳ではない。

 警戒の感情を飛ばす程度なら可能である為、斥候としての力は優れている。

 念の為に数メートル離れた位置からダークが後を尾けて行くと、数分もしない内にスゥからの警戒を知らせる念話がヘルの元へと届いた。

 ヘルは南にその事を伝えると、交信のあった場所まで迷わず前進を開始。

 寸前まで近付きそこから速度を落とすと、広場に繋がる曲がり角へと到着する。

 南は警戒しながら曲がり角から先に居る魔物を確認すると、確かに四体の肉人形が周囲をうろついているのが分かった。


「ノッコさん、ここからでも狙えますか?」

「……あれだけ遅いなら余裕だよ」

「誘爆の危険性がある、一体ずつ仕留めてくれ」


 ノッコがダークの指示を受けて拳銃を構えると、最も奥に存在していた肉人形に一発の銃弾を撃ち込んだ。

 銃弾に被弾した肉人形はみるみる内に体が膨れ上がると、血管の浮き出た皮膚の下から爆炎を噴き出し炎上する。

 すると残り三体の肉人形も次々に誘爆すると、爆発による振動によって迷宮内の壁がみしみしと音を立てて振動した。

 予想外の威力にノッコが目を白黒させると、念の為に五分ほどその場で待機する。


「他の魔物は居ないのかも知れない……」

「何でだ?」

「同士討ちする危険性が高まるからね」


 南の言葉に柴が疑問を抱くと、南は自分の推論を皆に向けて語り。

 続いてその言葉にヘルが反応する。


「オレは迷宮ごと生き埋めにならないかが心配だぜ」

「そういうシステムはあるのかニャ?」

「壁にも耐久値が設定されているから、有り得る話だね」


 南が不穏な事を口走ると、ミルキーは一階に向けて小刻みに逃亡しようと目論む。

 しかしキララの突き刺さるような笑みに気圧されて、その場で脂汗を流しながら硬直した。

 一行は前進を再会すると肉人形を順当に排除しながら前進していく。

 やがてばらばらになった刀剣や鎧が床一面に散らばっている部屋を発見した。

 比較的形の残っていた荷物からステータススクロールを発見するが、表示が文字化けしていて読む事が不可能になっている。

 ダークが周辺を捜索して一本の大剣を発見すると、エルロンドに向けて確認を取った。


「エルロンド、これ……」

「先程の男が持っていた物と酷似していますね」

「ゴーストを回収できた者は居るか? 念の為に確認を取って欲しい」


 ジェイルがメンバーに確認を取るが憑依された者は居ない様だった。

 ほとんどのメンバーは先に回収されたと考えたのか特に気にする様子を見せなったが、柴は不安が頭を擡げると悪い考えばかりが頭をよぎり背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「ジェイルさん一度“自爆”を見たんですよね?」

「ん? あぁ、冒険者の死体の方は粉々になっていたな」

「それっておかしくないですか? なぁ南……」

「何かおかしいかな?」

「このゲームはリアルが売りなのに、死体が欠片も残らず消し飛ぶなんて不自然だろ?」


 南はそう言われて部屋の内部を見渡すと確かに違和感があった。

 床にも壁にも死体その物が存在せず、血液すら一滴も残されていなかったのだ。

 それはまるでアバターだけが削除されてしまっているような感覚。

 プレイヤーの死亡事故が起きれば緊急停止が作動する、それだけは確かな事だ。

 だがそれは脳死のような物は判定するのだろうか、或いは肉体は生きていて精神が消失したような事態であればどうなるのか。

 南は頭の中で様々な推論を組み立ててはみる物のどれもオカルトの域を出ず。単純にそういう敵の攻撃なのだろうと推論した。


「復活に制限が掛かるのかもしれない、蘇生費用を高くする為の嫌がらせか、或いは……」

「あるいは……何なの南くん?」

「いや、バカバカしい話なんだけど」

「オレも気になるぜ、言ってくれよ」

「ボク達が肉人形と呼んでる者がプレイヤーの……」


 ヘルに催促された南が口を開こうとした瞬間、地の底から轟くような怨嗟の声が南達の体を貫いた。

 それはまさに魂を揺さぶられているようなおぞましい声。

 愛音は南の背後に隠れると、美紗は柴に寄り添うように体を預ける。

 ノッコは冷静さを欠くような表情を見せ、ミルキーに到っては完全に怯えた様子だった。

 ジェイル達は声のする方へ目を向け、警戒心を露にしている。

 ただ――ヘルと南だけは地の底から響く声に冷静に耳を傾けていた。


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