トリアの迷宮1
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深い暗闇の中に浮かび上がる白い顔、その男の名はワーロック。
ヘンの迷宮にて命を落とし行方不明となった男。
彼は暗く沈んだ遺跡の片隅で円陣を組み、ただ無心に呪言を謳い上げていた。
周囲には青白い顔のモードロックがただ床に刻まれた魔方陣を凝視している。
更にはゾラスの周囲に無数の光が乱舞する度に地の底から響く悲鳴が聞こえ、トリアの迷宮で命を落とした筈のブラック・アニスも其処に並び狂気の容貌をその顔に貼り付けていた。
「星辰が時を告げている――」
「供物を捧げよ――我らが偉大なる眷属。その復活の時は近い」
やがて周囲が眩く瞬くと彼等の周囲に無残にも転がる一体の怪物が姿を現す。
「エインシャント・エルダードラゴン」クソゲークエストのラスボスとなるべき存在だった叡智の竜。
ワーロックが腕を上げるとエルダードラゴンの巨躯が闇の中へと沈み込んでいく。
そして遺跡に轟く、恐悦に満ちた歓喜の声。
「この世界から逃奔する者は捕らえよ。回帰に捧げる贄とする」
「永い時を待った――全てはこの時の為に――」
宙空に浮かび上がる暗黒空間から情報が溢れ出す。
それが如何なる物なのか、今の人類の英知では到達出来ない負の境界線。
ブラックホール情報パラドックスによって記録された情報が異次元からの重力変動を受け、時の緩やかなオメガ・ポイントに何処かへと繋がる境界線を結んだ。
そして其処から現れた知性体、人はそれを何と呼ぶのか?
「終わり往く宇宙の終焉から。新たなる宇宙変性の時を迎え“転生”を果たす」
「今こそ、現象界へと魂を浮上させよ」
「永劫回帰の理を克服する」
虚ろな目で語る言葉の数々が虚空に生まれては消えていく。
捕らえられた者に死は訪れない、そして生もない。
無限に続く暗黒空間の中で精神のみの存在となって永遠に魂の牢獄へと繋がれるのだ――そう、彼等の復活と引き換えに――
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「ぷひんッ!」
「ちょっとヘル、くしゃみするなら鼻くらい押さえてよ」
「風邪ひいちゃったのかな……」
「いや、それはないと思うよ」
ノッコが盛大なくしゃみをするヘルに対して注意すると、南がさり気無く失礼な言葉を投げかけた。
今回は全てのギルドを結集してフルメンバーでの参戦となる。
何時も通りの布陣で迷宮前の待機所に集結すると進入前に装備の再点検を行った。
ヘル達が仕入れた素材を加工して作られた黒木装備に身を包み、その動きを確かめる。
軽くて強靭な黒木で製作された『烏木の鎧』は、革鎧よりも強く板金には劣るといった強さを持っている。
何よりこれらの装備は呪文詠唱によるペナルティを受けない為に、信仰呪文を扱えるパラディンにとっても有用な装備でもあった。
「驚くほど軽いな」
「ネームド・アイテムですからね」
「オレは武器まで作ったぜ!」
「キララの愛を込めて……特別な方法で作ったんだよ☆」
「怖いよ!? 人死にとか出てないよな!」
一行が大広間に出るとそこら中に苔生した五十メートル四方ほどの空間が広がっていた。
到る所に形の崩れた遺体が散乱しており、ゴーストその物は回収されたのかそれらしい者は見当たらない。
広さ自体はかなりの物がある為、南達が足を踏み出す度に足音が木霊して響いた。
すると周囲から舌打ちのような音が響くと、暗がりから緑色をした小さなせむし男達が取り囲み槍を突き出し何事かを叫んだ。
「チッチチ!」
「ギーッ!」
周囲に次々と現れる敵の数は三十体ほどで“不運”にも完全に取り囲まれてしまった様だ。
南は素早い判断で後方へ一旦下がる事で囲いを突破しようと指示を飛ばす。
二十一体ほどのウェジピグミー達が長槍や爪を翻し突撃を敢行すると、逃げ場のない槍衾が南達を襲う。
「囲まれている、これでは避け様がない!」
「耐え切れエルロンド!」
ジェイルに八本の長槍が迫ると全身に攻撃を浴び、針の筵となったジェイルが膝を着く。
ウェジピグミーが勝利を確信し、槍を引き抜くと多量の鮮血が吹き出した。
そして生気を失わずジェイルの見開いた目が輝きを増すと、長剣を構え叫んだ。
「《真の勇者》の力――受けてみろッ!」
ジェイルのユニークスキルが発動すると、周囲を取り囲んだ集団に向かって全力の回転斬りを放った。
突きかかったウェジピグミーの体躯がジェイルの渾身の一撃によって次々と跳ね飛ばされる。
一挙に八体のウェジピグミーを切断すると、戦力の三分の一を失った敵は恐慌状態に陥る。
エルロンドに向かって突きかかった五本の長槍の内一本がエルロンドの長剣によって切り落とされる。
だが焼け石に水かエルロンドの身につけた鎧を貫通した穂先が、エルロンドの皮膚を突き破り肉体に重大な損傷を与えた。
「柴、ジェイルさんが居る方へ抜けるぞ」
「美紗は治療薬の準備を」
「三本しかないのを忘れないで」
左翼のボルダンへと向かった五体のウェジピグミーが長槍を突き出すと、間合いの差から苦戦するボルダンの長剣が空を切る。
手足に無数の槍を受け他ボルダンが《狂暴》な牙を剥くと気圧された敵がようやく間合いを放した。
続いて右翼のシャルダンへ四本の長槍が迫る、すかさず穂先の一つを切断すると間合いを放すが、襲い掛かる槍の猛攻に耐え切れず手傷を負ってしまった。
「ヘル、間合いに注意して」
「任せなッ!」
三体のウェジピグミーが殿に立っていたヘルの元へと突きかかる。
一体めの攻撃を辛うじて戦杖で叩き落すが、二撃目を腹部にもう一撃を首周りにまともに貰い激しい出血を負った。
キララが悲鳴を上げてヘルの元へと走り寄り後方へと引き摺る。
追い縋ってくるウェジピグミーに向かってノッコが銃弾を放ち胸に命中すると、ミルキーの放った機械弓のボルトが腹部へと突き立てられようやく難を逃れる。
「植物に《眠りの雲》は通じない《魔法の矢》を……」
《魔法の矢》
呪文詠唱に〈集中〉していた愛音が口を開くと後方に向かって三発の光弾を放つ。
手負いのウェジピグミー達は激しい衝撃を受けて床に叩きつけられると、体から菌の粉を吹きながら活動を停止した。
南達は前方へと駆け抜けると隊列を組み直し、反撃を開始する。
南と柴が敵陣に斬り込み、柴の戦斧がウェジピグミーの長槍を圧し折り、南の長剣が頭部に突き放たれ一撃の元で葬り去る。
ボルダン・シャルダン兄妹が火を放つと《火炎剣》たちまち燃え広がる炎にウェジピグミーは炎に飲み込まれた。
深手を負ったジェイルとエルロンドが美紗の投薬を受けて微かに回復させる。
更には《癒しの手》をヘルに使用する事で彼女の傷を一瞬にして全快させる。
《黒き海からの招来》
キララの呼び声に答え召喚された妖精が囲まれると、キララの怒りに呼応するかのように突進。
敵の集中攻撃をその身に受けると、耳を劈くような悲鳴を上げて溶解性の呼気を周辺に散布させた。
ウェジピグミーの大半がそのガスを浴び、皮膚が爛れ始める。
妖精による範囲攻撃を受けて、敵は叫び声を上げながら妖精と距離を取った。
「皆――消えちゃえばいいんだ」
「ひぃッ!?」
キララの表情が幽鬼のように歪むと、もがき苦しむウェジピグミーの集団を見据え。
憎悪の念を吐き出しているのを聞いたヘルが、腰を抜かしている。
戦闘開始から形成を逆転した一行は、隊列の組み直しを開始すると敵の攻勢に備える。
暗闇から流れ込む微かな暖気が南の頬を撫でつけた。
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