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ディオゲネス作戦2

―――――





 ヒューレーの中央部に位置する一角に建てられた屋敷、そこには自室に篭る一人のプレイヤーが居た。

 自室内は中世の外観はそぐわない家具に埋め尽くされ、そのほとんどが意匠のついたユニーク・アイテムである。

 屋敷の主は椅子に深く座り込み、机の上で頭を抱えていた。

 その頭痛の種はヒューレーを襲う原因不明の物価高騰にあった、贋金が流通する事で発行する以上の金貨が出回っているのだから、金余りの状況になるのは至極当然の帰結だった。


「市長! 市民の不満が高まっておりますぞ!」

「分かってる、今原因を調査中だ。少し黙ってろ!」


 サポートについていたNPCに対し市長は怒鳴り散らすと、今月の収支表を手に取り青褪める。

 公共部門の給与額がインフレによって跳ね上がり、歳入が歳出を大きく下回った状況となっていた。

 元々取引税を導入し輸出を有利にしようと通貨安政策を整えていた為に、その物価高騰の衝撃は歯止めの掛からない事態となっている。


「可及的速やかに取引税を増税するんだ」

「市民の不満が……」

「さっさとやれ!」


 政府が税制を調整する事である程度市場の流れを操作することが出来る。

 何故なら本質的には“税金”とは“罰金”だからだ。消費活動に“罰金”を掛ける事で市場の消費活動を抑圧しデフレにすることが可能となる。

 取引税はインフレに対する特効薬だ。


「基本税率も上げろ、このままじゃ月末には破産する!」

「歳出を削減しては……」

「税金をばら撒いて票田を得てるんだ。俺が再任できなくてもいいのか!?」


 プレイヤーは数多の経営シミュレーションゲームで名の売れた存在であった。

 最もそれはルールに縛られたシステム制限が掛けられたゲーム世界の話であり“クソゲー”の世界では全く通用しない。

 本質的には贋金の流通が問題である故にこれらの対策は全く効果を及ぼさないのだ。

 贋金が市井に溢れてインフレするというゲームシステムに前例も存在しない。

 通常のゲームの常識に囚われているゲーマーほど前例のないクソゲー奇策には全くの無力なのだ。


「……ちょっと表へ出る」


 市長は執政室の扉を乱暴に開け放ち勢い良く階段を駆け下りると表へと飛び出す。

 向かう先は市長の屋敷に程近い場所に建設されている百階建ての市役所だ。

 街とは不釣合いな豪華な施設ではあるが、二階までしか使われていない。

 市長は玄関の扉を開けて、受付へと駆け込むと大急ぎで秘書に向かって指示を飛ばした。


「俺の資産でウィクトゥス商会の株を買え」

「はい畏まりました」

「買ったか? では次に役所にある公的資金を全てウィクトゥス商会の株に変えろ」

「他には?」

「よし、先に買った俺の株を全部売れ」


 市長は公費を株に注ぎ込む事で事前に購入した自身の株を吊り上げることに成功。

 完全に横領だが過去では違法とされていなかった、マネーロンダリングの手法の一つである。

 市長はステータススクロールを開き、自身の保有する金貨が数倍に膨れ上がったのを確認した。

 そして市役所から表に飛び出すと自前の馬車を走らせ、一路フォルティスの村へと向かった。


「クソッ……この俺が失敗する筈がない、どうせバグに決まってるんだ」

「市長さん着きましたよ」

「やってられるかよ。こんなクソゲーッ!」


 市長は街に辿り着くと、ジェイルの住む家屋へと足を運んだ。

 丁度彼が家屋に辿り着いた時、遠くに見える一人のプレイヤーが目に入る。

 巻き髪をした金髪の好青年がぽけっとしている少年と如何にも頭の悪そうな笑みを浮かべている少女と共に何事かを話し合っている。

 青年のポップアップを確認すると、ゆっくりとした足取りでジェイルに向かって歩み寄った。


「ジェイルさんですね。始めまして」

「ん? あぁジョーさん? 始めまして」

「はい! 私はヒューレーの市長を務めさせて頂いておりますジョーです」


 その瞬間、茶髪の少女がぶふっと吹き出すと笑いを堪えるように口元を押さえる。

 市長は失礼なガキだなと内心毒づきながらも、笑顔を顔に貼り付けたままジェイルに向かって自分の計画を話し始める。

 それはヒューレーとフォルティスの合併計画であった。

 市長は市の破綻した財政については一言も語る事無くメリットのみを列挙し、ジェイルに共同運営を行うように持ち掛ける。

 市長が応接間のソファに腰を下ろすとジェイルは少年に何かを耳打ちし二人で別室へと向かった。


「オッちゃんもプレイヤーなの?」

「オッチャ!?……まぁ、そうですよ」

「ふぅん、アンタも色々と大変だなぁ……」


 市長はヘルに腹パンしたい衝動を抑え込みながらも、にっこりと微笑む。

 やがて別室から戻ってきたジェイルが対面に座り込み、先程の提案を了承すると書面に認めシステムに提出する。

 負債をジェイルに押し付け市長を辞任すれば、晴れて自由の身となる。


「それでは私の方はこれで……」

「えぇ、態々ご足労様です」


 市長が立ち去ったのを見計らい、ジェイルが南に向かって口を開いた。


「結局バレないまま、街が手に入ってしまったな」

「早速、銀行に手配して金貨を回収しましょう。また同じ手が使えます」

「えっ? 協力して管理するんだろ?」

「システムを確認したけど、ジェイルさんが許諾した途端、前市長は辞任したよ」


 今頃。前市長は勝ち誇りながら他国へと向かっている事だろう。

 尤もヒューレー金貨を持ち逃げした所で彼の持っている金貨の額面上の価値は銅貨と同じで一万分の一の価値にしかならないのだが、当然「ディオゲネス作戦」の事を知らぬ彼には知る由もなかった。

 労せずして街の運営権を手中に収めたジェイルはデノミを行い新たにフォルティス金貨を発行、市中の金貨を再び改鋳すると一週間も経たぬ内にインフレを抑制する事に成功した。

 後にジェイルは街を救った英雄としてNPCからはロードジェイルと讃えられる事となる。

 なお、当の本人は何故かこの呼び名を嫌っていた事は言うまでもない。





 クソゲークエストのゲーム開始から、二ヶ月が経過しようとしていた。

 森林都市ヒューレー改めフォルティスの再興は着々と進み、税収の一部を騎士団の結成に投資。

 エルロンドが騎士に着任すると、次第にその規模を拡大していった。

 南達のメンバーは正式なギルドとして発足するとトリア攻略に先立ち。

 迷宮内の浅い階層へと踏み入る事を決定した。

 ジェイル・エルロンド・ダーク・ボルダン兄妹を擁する「騎士団」。

 南・柴・美紗・愛音を擁するブレイン役として就任する事となった「観察者」。

 ヘル・ノッコ・ミルキー・キララを擁する裏の仕事を一手に引き受ける「便利屋」が主要メンバーとなる。


「鎌倉くんとはまだ連絡が?」

「あぁ、彼等が山岳地域に足を運んで以降、連絡がつかない状態のようだ」

「今居るメンバーだけで向かう事になるのか?」


 南がジェイルに行方が知れなくなった鎌倉達の捜索を依頼していたが、ジェイルの耳にも彼等の行方が届く事はなかった。

 打点の高い三名を失った事で柴が不安の声を漏らす。

 ダークやボルダン達と行動を共にしていた、モードロックやゾラスといったウィザード達もヘンの村から姿を消したままだ。

 ウィザード達が姿を消した事と、鎌倉達の行方が分からなくなった事に対し南は関連性を疑った。


「トリアの迷宮攻略を早期に終わらせて、山岳地区へ捜索隊を派遣する」

「エルロンドさん、一階の攻略状況と戦力分析は?」

「表とは多少異なった編成……目撃例はドラウが中心のようです」

「へぇ、それなら楽勝じゃん」


 エルロンドが報告を終えると、ヘルがドラウの戦力を過小評価しながら余裕の言葉を言い放った。

 しかしながら、ドラウはドワーフを同じく迷宮拡張技能を生まれ持って体得している。

 地下迷宮のどこかに集落を形成して潜伏して規模を拡大している恐れもあるだろう。

 特に夜間には迷宮の外を彷徨い森に分け入ったNPCを攫う事もあるので油断は出来ない相手である。

 少なくとも一階の制圧が済み次第、兵員を派遣して迷宮前に二十四時間体制での見張りを配置する必要があった。


「油断は出来ないよ。地下世界はドラウのホームグランドだもの」

「愛音の言う通りだね」

「……じゃあ、オレ達は探索専門な」

「宝箱を持ち逃げする気なのが見え見えニャ……」

「ちょッ!?」


 愛音とノッコの話を聞いたヘルが方針をあっさり転換すると扱いに慣れてきたのかミルキーに簡単に本心を見抜かれ、ヘルは両手を振りながら慌てて否定する。

 南はしばらく考え込むと未だ見る事のなかった肉人形について思案する。

 最下層への進入を禁止にするかどうかを先に決めておく必要があると考えたからだ。

 南はジェイルに対して提案すると彼も同様の考えを持っていたが、それには別の問題が立ち上がる。


「立ち入り禁止にしたいのは山々なのだが、他のプレイヤーから独占していると捉えられる」

「肉人形にやられた人々も行方不明なんですよね?」

「ログアウトしただけ、と思われてるみたいよ」


 オメガ筐体では一秒間で一年の月日が経過する為、一度ログアウトしてしまえば二度とログインする事は不可能になる。

 美紗が酒場で聞いた情報を南に伝えると彼は弱った様子で、頬を掻いた。

 クソゲークエストのROMが砂漠から発掘されタダ同然の価格で市中に開放された結果。

 二百二万人近いプレイヤーがクソゲークエストの世界にログインしていたが、初日の洗礼で三割が脱落。

 町や村が消滅しまともな装備すら得られず、序盤ザコの代名詞であるゴブリンにすら殺されるクソゲーっぷりにプレイヤー達も呆れ果て半数以上がログアウトしていた。


 南達は“詰み”を回避する為に他プレイヤーの支援も積極的に行う必要に迫られる事となる。


―――――

―――――


LV:5

CLASS:ローグ

S・CLASS:レンジャー


STR:9 INT:12 WIS:9

VIT:9 DEX:17 LUK:11

HP:35 MAXHP:35

MP:8  MAXMP:8

AC:7  EV:7


・SKILL

〈隠密〉〈罠解除〉〈早業〉

・ABILITY

《念動球》《単騎駆け》《矢止め》

《擬呪》

・EQUIP

E・長剣 E・烏木の鎧 短剣

・ITEM

盗賊道具 繩 錠前 油


―――――


LV:5

CLASS:ファイター

S・CLASS:パラディン


STR:15 INT:12 WIS:10

VIT:10  DEX:9  LUK:8

HP:39 MAXHP:39

MP:7  MAXMP:7

AC:5  EV:6


・SKILL

〈威圧〉〈生存〉〈騎乗〉

・ABILITY

《強打》《盾攻撃強化》《武器熟練》

《悪運》

・EQUIP

E・戦斧 E・烏木の鎧 E・軽盾

・ITEM

携帯用寝具 携帯用調理具


―――――


美紗

LV:5

CLASS:クレリック

S・CLASS:モンク


STR:11 INT:18 WIS:10

VIT:14 DEX:16 LUK:9

HP:30  MAXHP:30

HP:22 MAXMP:22

AC:6  EV:8


・SKILL

〈交渉〉〈製作〉〈治療〉

・ABILITY

《武器破壊》《拳骨》

・EQUIP

E・槌矛 E・烏木の鎧 E・小盾

・ITEM

保存食 水筒 治療薬


―――――


愛音

LV:5

CLASS:ウィザード

S・CLASS:ソーサラー


STR:8 INT:18 WIS:8

VIT:14 DEX:13 LUK:7

HP:26 MAXHP:26

MP:25 MAXMP:25

AC:9 EV:9


〈鑑定〉〈呪文学〉〈魔法装置使用〉

・ABILITY

《呪文熟練》《呪文相殺》《集中》

・EQUIP

E・杖 E・真黒の法衣

・ITEM

方位磁石 地域地図


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