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ディオゲネス作戦1

―――――





 フォルティスの町の郊外に立てられた工房に、ジェイル達が南と愛音を伴って訪れた。

 小屋の内部には大きめの炉が設置され、小さな町には似合わない本格的な生産設備が存在している。

 強度に拘らなければ建築スキルによって簡単に加工できるので、小屋を建設するのに何ヶ月も掛かる事はない。

 しかし一部の設備に関してはシステム外の行動を取る為に、手作業によって〈製作〉されたネームド・アイテムとなっている。

 南達が小屋の中に入ってきたのをキララが確認すると、部屋の隅でケーキを食べさせあっこしていたのを見られたヘルがこの世の終わりのような表情で固まっている。


「キララさん手筈はどうですか?」

「はい、これですね」


 楽しみを妨害されたキララは若干不機嫌な様子を見せたが、うろたえるヘルの顔を見られたので満足したのか。

 南の言葉に対応すると机の上に袋を置き、中に詰められていた金貨を机の上に大量に広げた。

 それは森林地区で使われる固有通貨であり。

 普段は交易通貨を利用している者達にとっては余り馴染みのない物だ。

 ジェイルは金貨の一枚を手に取ると、南に対して疑問を投げかける。


「これが策なのかね? 確かに量はあるが……」

「ここにヒューレー金貨が一枚あります」

「うむ……」


 南はその金貨を溶鉱炉の中へ投げ入れると、金は溶かされた状態で現れる。

 更に南は銅貨を溶鉱炉に溶かし金と鉛の合金を作り出すと、練金壷の中に投げ入れ仕上げを行う。

 完成物は金貨十枚、つまりは贋金であった。

 これにはジェイルも面を喰らった、南が何をやろうとしているのかを理解出来たからだ。

 まずはヒューレー金貨を取引によって手に入れ、それを鉛で希釈し贋金を作り出す。

 そしてその贋金を本物の金貨と交換し、更に鉛で鋳造し贋金を殖やす。


「これは流石に犯罪じゃないかな、南君?」

「私椋も犯罪ですよ?」

「まぁ……そういう見方もあるか」


 ゲームに慣れた南にとって最も御しやすい相手が、常に利益を最大化しようとするプレイヤーである。

 何故なら次にやる事が全て前以て分かっているのも同然なので、裏を掻かれる事が“絶対”にない。

 さながら誘蛾灯に引き寄せられた羽虫のように罠に頭から突っ込んで倒れるのを待てば良いだけなのだ。

 ゲーム上ではルールに縛られ出来ないような行動でも現実に近いクソゲークエストの仕様では覚悟さえあれば何でも通すことが可能だ。

 まさに水を得たマンチキンである。


「ヒューレーの統治者は山岳地区から鉱石を輸入する為に現金を欲しがっています」

「資源をあるだけ買ってしまえばいいのか」 

「そして贋金が普及した所でGMに通報すれば計画は完了です」

「これはひどい」


 買い取った資源を運び込む為の隠し倉庫も森の中に建設すれば明るみに出る事もない。

 これが奴隷となった哲学者ディオゲネスが、自分を買った商会で通貨改鋳を行い。莫大な富を生み出した故事に倣い「ディオゲネス作戦」と名付けた南による作戦の全容である。

 以前の反省から“難しい”策を忌避していたジェイルは実行に移す事を決定。

 悪徳商人役には胡散臭さで定評のあるヘルが選ばれた。


「南君だけは敵に回したくないな……」

「今更過ぎるぜ、オッちゃん」


 一旦南達はマイルームへと帰還すると、ヘルがキララの〈変装〉を手伝いアバターの外観を変更する。

 キララが少女趣味的な衣装を選ぶ度に、ヘルのツッコミが冴え渡り数時間後。髪を左右に束ね胸元を強調した黒のファーショールドレスを羽織りサングラスをかけた。

 いかにも怪しげな女商人ヘルが皆の前に現れると不敵な笑みを浮かべた。

 キララとノッコが頬を桜色に染めながら溜息を吐き見惚れていると、ヘルは上機嫌でタイツを履く。


「スゴイ大人っぽく見えるニャ……こんな筈は」

「フフン、オレ様が本気を出せばざっとこんなもんよ!」

「女装するのも慣れてきたよね」

「お、お前が着ろって言ったんだろッ!」


 南がヘルに元男である事を思い起こさせると、鏡の前でポーズ取り気取っていたヘルが慌てた様子で姿勢を正す。

 愛音が取引に参加しようとノリノリでスーツを着込むが体格はようやく小学校高学年程度にまで戻った身長の為、悲惨な結果に終わり美紗に止められる。

 やがて表に馬車が到着すると、ヘルのメンバーは同じように変装を済ませ馬車に乗り込みヒューレーの街へと馬車を走らせた。


「わたしも参加したかったよぉ……」

「〈交渉〉技能は持たなくとも大丈夫なの?」

「なるだけ高く買い取るのが目的だからいらないよ」


 美紗がメンバーのステータスに疑問を抱くが、南が今回の作戦には不要なことを告げると、得心した様子で感心した様子で声を上げた。

 ヘル達を乗せた馬車が街道を走り出すと、北東にあるヒューレーの街へと向かう。

 馬車の荷台の張り出しに腰掛け頬杖を着きながら脚を組むヘルの姿に若干名不審な動きを見せていたが、やがて目前に現れた外壁に辿り着くと門を潜った。

 まだ門兵を配置するほどの余裕がないのか素通りで街の中心地へと進み、ヒューレーで最も大きなウィクトゥス商会へと足を運んだ。


「ここが商会けぇ……なんともチンケな商会(とこ)だのぅ!」

「何そのキャラ……」


 ヘルが商会内に足を踏み入れると、商人のNPCが応対に出た。

 ヘルは威勢良くサングラスの下で〈威圧〉するが、店主はその目付きに気付く事なく応対を始める。続けてノッコも〈威圧〉すると、店主は怪しげな客に警戒感を抱いた様子だ。

 更には身なりの良いキララの姿を見た事でノッコがボディガードであると誤解させる事に成功した。


「……それで今日は何をお買い上げで」

「実は投機を始めたいと思ってな」

「成る程それでは黒木や黒葉は如何でしょう?」


 ヘルが応接用の椅子に座ると何時もの態度で話し始める。

 ノッコがその態度が不味いと考えたのか、ヘルを背中を手で突いた。

 しかし店主はその横柄な態度が、小金持ち特有の物だと良い印象を抱いたようだった。

 店主が貴重な魔力を持つ素材について詳しい説明を始めると、ヘルは生返事で聞き流す。

 その様子を見た店主は気を良くしながら黒木を相場の三割増しで見積もると、現物を見せる為に店主が席から離れた。

 その隙を見てノッコはキララに対して相場について尋ねる。


「キララ……黒木の相場は幾ら?」

「提示された金額は相場の三割増しくらいだね」

「何だそれ、バカにされてんのか?」

「それでいいんだよヘルるん、なるだけ高い値で買うのが目的だから……」

「あっそっか」


 ヘルは応接用の机の上に用意しておいた千金貨ほど入った袋を五袋机の上に乗せると、戻ってきた店主はそれを見て愛想笑いを振り撒きながら着席した。

 黒葉の価格は更に釣り上げられ、四割り増しの価格で提示される物のヘルは迷う事無く即決で購入。

 袋の中に入ったヒューレー金貨に若干不審な様子を見せたが、問題なく取引は終了し、ヘル一行は商会の外へと歩み出た。

 仲間達が商会から出てくるのを馬車の御者台で待っていたミルキーが見付けると声のトーンを落とし話しかける。


「どうだったかニャ?」

「少し不審がられたが問題なしだ……」

「普通は交易通貨を使うものね」

「次はもっと大口の取引を狙えるといいニャ」


 購入した素材が馬車の荷台に積み込まれたのを確認すると、ヘル一行はヒューレーの街を後にした。

 一仕事を終えて安堵を吐くヘルにノッコが真剣な眼差しで提案する。


「情報とかも買えないかな?」

「オレには判断できないな、南のヤツに相談してみないと……」

「金貨の出所への撹乱にもなるし、良いアイデアだと思うニャ」


 貴重な練金素材を大量に仕入れた事で「ディオゲネス作戦」は一応の成功を見せた。

 この作戦はその後も全く気付かれる様子がなかった為に、その規模を徐々に拡大する運びとなるのであった。


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