森林都市ヒューレー8
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「《念動球》ッ!」
南の全魔力を注ぎ込んだ球体がグールの体躯に接触した瞬間、激しい衝撃がグールの体を襲い上半身を粉々に弾き飛ばす。
「相変わらずとんでもない威力だな」
「敵の増援もこれ以上ないみたいだ。出し惜しみ無しでいこう」
「《落とし穴》は使えないニャ……」
「ゴミ捨てなんかに使うからだよ」
ミルキーが脂汗を流しながら弁解すると、ノッコが冷たい口調で追い討ちをかける。
気勢を削がれた南が肩を落とす所にグールが南とヘルに向かって攻撃を仕掛ける。
そこで美紗から投薬を受けた柴が前衛に復帰する。
戦斧を振りかぶって腹部に叩きつけると、三体のグールを引き受けた。
魔法効果が切れてしまったのか、グール達の攻撃が素通りで命中する物の軽盾を上手く利用して一体のグールの攻撃を捌く。
続けて拳を放って来たグールに殴りつけられると、もう一体のグールに喉付近を爪で切り裂かれ再度手傷を負った。
「キララちゃん、あわせて!」
「はい!」
《氷結の光》
凍てつく光を二名が同時に放つ事で成立する連携秘術が広範囲にグールの周囲を包みこむ。
愛音が《集中》した事により威力も向上、柴に手傷を負わされたグールは急速な凍結で体力を失いそのままうつ伏せに地面へと倒れ込んだ。
ヘルの元へと二体のグールが攻め寄せると、キララが前に走り出し救援へと向かう。
だがヘルは後ろを振り返る事無く、その場に留まるよう腕を突き出すとキララの足を止めた。
「ヘルるん死んじゃうよ!」
「へっ……地獄に比べりゃ温いもんよ!」
「はいはい、無用なリスクを取る必要ないよ」
啖呵を切ったヘルを愛音が杖で押し退けると、グールの前に愛音が立ちはだかった。
レベルが二になったばかりのヘルが喰らえば死んでしまうような傷でも、レベル四の愛音であれば余裕を持って耐えることが出来る。
グールの爪が愛音の脚を引き裂き、肩口に更に裂傷を負わせ出血させる。
何とか敵の攻撃に堪えることが出来た愛音が杖を振り回してグールを殴りつけると、ヘルが戦杖を振るって更なる追撃を加えた。
「陣形が崩れてる」
「南、入り込んだ奴を先に排除しようぜ!」
愛音達に襲い掛かったグールに、柴の大上段に振りかぶった戦斧が振り下ろされる。
グールは避けようと体を傾けた物の肩口から腹部まで切断され地面へと叩き伏せられた。
更には南の長剣による突きと美紗の槌矛による打撃を加えるが、グールは何とか耐え切り威嚇の声を上げる。
その口の中にミルキーの発射した機械弓のボルトが飛び込み、口から鮮血を吹き出しながら息絶えた。
南は息を切らせながら前後の敵へと対応するが、決め手に欠ける戦況が続いている。
「ゴブリンほどの火力はないが、無駄に丈夫なのが厄介だね」
「弾丸の装填終わったよ」
「後衛の敵を優先して下さい!」
ノッコが照準を合わせて引き金を引き絞ると、後方へと入り込んだグールの頭部に命中する。
戦杖で殴りかかるヘルの攻撃に愛音とキララも打撃武器で参戦する事で、連携特技《数の暴力》が成立。
見た目的に余り宜しくない攻撃によって、哀れグールは袋叩きになるのであった。
予想外の状況から連携特技を発見した事で眉をしかめる愛音が思わず愚痴を零す。
「もう少し技名はどうにかならないのかな?」
「カッコイイ名前付けてもタコ殴りはタコ殴りじゃん」
「ほらほら、戦闘中に気を抜かない!」
グールの数を三体まで減らした所で余裕が出てきたのか、柴が一手に引き受ける作戦から一体ずつ引きつける戦法へとシフトさせる。
グールの爪による攻撃を柴は余裕を持って受け止めると、美紗も小盾を駆使してこれを弾き返す。
南の元へ走り込んで来たグールの牙が南の腕に突き立てられると、カウンター気味に長剣を肺に突き立てる。
血の泡を吹きもがくグールに柴の戦斧が追撃すると首を刎ね飛ばされ崩れ落ちた。
ミルキーの機械弓が再度発射され、肩口に突き刺さると美紗はボルトを上から槌矛で殴りつけ傷口を広げる。
ノッコの放つ銃弾が“幸運”にも一発で二体のグールの頭部を打ち抜き《気功術》を以って戦杖を振るうヘルがグールの一体を叩き伏せた。
残る一体は地面に伏せた状態から立ち上がろうとするが、南達に囲まれ遂にはグールの掃討を完了させた。
「終わった? 終わったよな?」
「ジェイルさん達の方はまだ続いているみたいだね」
柴が周囲を見渡しながら残存兵力が居ないかを確認すると、南は未だに戦いが続いている前線の様子を眺めた。
「あちらも優勢みたいだから任せよう」
「つ、疲れた……グールはもう懲り懲りだ!」
ヘルがそう吐き捨てると地面に大の字になり寝転がる。
グールとの戦いは長引く物ではあったが、致死率としては高い物ではなかった。
死者が出なかったのも敵の単純な火力の低さ故だろうと南は分析する。
投槍や弓矢による集中攻撃がなければ、十二分に耐え切れる圧力ではあった。
現に今回の戦いは妖精による支援を除き、自分達以外の前衛のカバーが居なかった戦いでもある。
南は着実な実力の向上を感じ取ると、開放されたヒューレーの街を眺めながら、トリアの迷宮の攻略について早くも思考を巡らせ始めた。
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ヒューレー開放から一週間ほどが経過した。
家屋の修復が進みNPCの姿が疎らに見えるようになる物の、以前ほどの活気を取り戻すには程遠い様相となっている。
それに反比例するようにジェイル達が新設したフォルティスの村には大量のNPCが移り住み、居住者数も千名の大台に差し掛かろうとしていた。
ジェイルは村の中央にある家屋にて村から町へリビルドする申請手続きや、町の運営方針等に毎日のように修正を加え膨大な量のデータを眺めながら忙殺される日々を過ごしている。
やがてエルロンドが南を伴って入室すると、ジェイルは恨みがましい言葉で南に語りかけた。
「南君、もう少し楽な方法はないのかね?」
「NPCに委任すれば良いと思います。運営方針自体はオートで決められてしまいますが……」
「オート……オートか」
民衆のNPCには人間と同程度の判断機能は標準で搭載されている。
それは税の低い町と高い町があれば前者を選択する程度には損得勘定が可能な事を意味している。
この場合NPCに任せれば私服を肥やすことが分かりきっているので、オート機能は使用するだけ無駄な機能なのだ。
当然ヒューレーを管理するAIも最近では利益を守る為にフォルティスに向かって経済的圧力を掛けており、それに対応する事もジェイルにとっては頭の痛い問題ではあった。
ジェイルは執務室の中央に置かれたソファへと南を座らせると、今後の対応について意見を交わす。
「最近町の居住範囲が広がる事で野党に襲われる被害が出ている」
「それはヒューレーのAIの仕業ですね」
「何でまたそんな事を?」
「AIは利益を最大化する為に動きますから、邪魔な存在は例えプレイヤーであっても排除に掛かるんです」
山賊や海賊を抱え込んで私椋船の様に敵対勢力の物資を略奪するのは有効的な戦術の一つではある。
尤も南からすれば非効率的で無駄な行いでしかない。
この手の戦略級数の戦いにおいては南の最も得意とする分野、云わばホームグラウンドであった。
クソゲークエストはクソゲーの最たる所以の一つである“自由度”の幅が非常に大きく取られている。
ドラウの洞窟で取った煙攻めもその一つで手配される覚悟があれば「プレイヤーは○○をしてはならない」という制約がほとんどないのだ。
「場合によっては“戦争”ですね」
「供物ポイントが増えるだけなのでは?」
「だからこそですよ」
「なんというか……このゲームは全く手心という物を知らないのだな」
勝手に戦争を開始して魔物に供物ポイントを献上するNPCや好戦的プレイヤーは、実際にはかなり厄介な存在ではある。
普段はゲームルールに守られているので止める手段が存在しないからだ。
更にはユニークNPC以外は全て利益を最大化する為だけに動く。
それはさながら白蟻のような物で、外交で戦争を抑止しようにも相応の譲歩が必要になる上にさらなる譲歩を求めてくるので結局は取り込まれてしまうのだ。
ジェイルはしばらく頭に手を当て考え込んでいたが、顔の前で手を合わせ降参すると南に今後の対応を求めた。
「すまない、度々悪いがまた知恵を貸してくれないか?」
「……簡単な策と難しい策があります」
「簡単な方で頼むッ!」
ジェイルは前回の反省から形振り構わなくなったのか、選択の内容を聞く前から速答すると南は露骨に残念そうに眉を下げた。
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