森林都市ヒューレー6
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翌日、一行はドラウが潜伏していると言われている近隣の洞窟へと足を運んだ。
切り立った崖に空いた穴は光の差し込む隙間もなく内部は闇に包まれている。
地面には幾つかの足跡が残されているが、逆算しても内部に潜む数はさほど多くはないように見えた。
早速南は周囲から生木を集めると油を塗すと、着火具で火を着けようと身を屈め。
寸前の所で慌てたヘルに止められ作業を中断される。
「何する気なんだ?」
「煙攻めだけど? 一酸化炭素中毒で洞窟内の……」
「真面目に攻略しよう! な!」
非常識なヘルに常識を説かれた南が不服そうに木をどかすと、洞窟内部へと足を踏み入れる。
愛音は《光明の指先》を用いて掌に微かな光源を作り出すと柴に手渡した。
闇の中での光源は、自らの位置を知らせているようなものなので耐久力の高い者が持つことが望ましい。
しかしドラウは強い光を浴びると一時的に視力を失うので、一方的な先制攻撃を受けることもないと南は踏んでいた。
南達は内部へと踏み込むと背後からは美紗の小さな悲鳴が響く。
「敵?」
「敵の気配は感じないニャ?」
「ミルキー……ミルキーの目が」
「目がどうかしたかニャ?」
ミルキーの目が猫らしく闇の中で爛々と輝きを放ち、かなり不気味な容貌となっていた。
南は溜息を吐くと先行して曲がり角に差し掛かる。
〈隠密〉として体を忍ばせ曲がり角へと接近すると、慎重に岩陰から顔を出す。
曲がり角の先には微かな灯りが見え、何体かの影が蠢いているように見える。
しかしこちらには気がついていないのか、向かってくる様子は見えない。
南はヘル達をその場で待機させ、柴・美紗が前衛に立ち後衛に南・愛音を配置すると曲がり角の先へと走り込んだ。
「イニミークス!」
「ネカット!」
浅黒い肌をした銀髪のドラウ達は飛び道具は取りに戻らず、懐の細剣を抜くとこちらへと細剣を構えた。
柴は鋭い踏み込みをみせながら戦斧を袈裟懸けに振るうと一撃の下にドラウを葬り去る。
続けて美紗も槌矛で打ちかかるが、岩肌に振るった槌矛が誤って衝突し、音を立てるだけに終わった。
この暗闇では飛び道具を扱うのは危険だと判断した南は、迎撃の様子を見せ身構える。
「クソッ! どこにいるのか全然みえねぇ!」
「柴! ドラウに光源を投げ込むんだ」
柴が闇の中から接近してくるドラウに光源となっていた魔力を投げつけると、ドラウの網膜が焼きつき一時的に視力を喪失する。
ドラウの突きかかった細剣は在らぬ方向へと空を切り、もう一方のドラウが放つ突きは柴の腕に掠り傷を負わせた。
接近してきたドラウに対し、南が長剣を振るうとドラウの腹部を引き裂き致命傷を与える。
「シャァァァッ!」
鬼気迫る表情でドラウが美紗に切りかかるが、横合いから柴に戦斧を叩きつけられ顔面を強打。
その場から吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
負傷したドラウの細剣を南が打ち払い無力化すると縄で縛り上げ地面へと転がす。
後続を見張っていたヘルが顔を出すと、動かなくなったドラウの遺体へと駆け寄り懐を弄っている。
それを見たノッコが呆れた様子で注意を口にした。
「ヘル、装備を剥ぐのは後にしてよ」
「いいから、いいから。ミルキーそいつ尋問しといて!」
「メルダッ!」
「これからの質問にYESかハイで答えるニャ!」
ミルキーが詰問しようと地下共通語で何事かを呟くと、ドラウは隙を見て服毒し自殺を図る。
口から泡を吹きながら死に到ると、ミルキーは慌てて解毒を試みる。
しかし既に脈がなかったのか、再度捕虜が起き上がることはなかった。
ヘルがドラウの遺体から鍵を探し出すと洞窟の奥へと歩みだす。
其処には鎖に繋がれた子供と思しき遺体が三体ほど打ち捨てられていた。
碌に食事を与えられた形跡もなく、数枚の襤褸布が傍らに敷かれているだけのようだ。
「……ヘル」
「依頼は依頼だからな、便利屋は安心&信頼がモットー!」
「ヘルるん、私も手伝うよ」
ヘル達は牢の中に無造作に放置されていた、腐敗の始まった遺体を遺体袋の中へと丁重に収納する。
ヘルとキララが遺体を洞窟の外部まで運び出すと、南達も手分けして遺体と部屋の隅に置かれていた小さな宝箱も回収。
予め用意しておいた手押し車に乗せて野営地へと帰還した。
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野営地に辿り着く頃には太陽は真上へと差し掛かっていた。
遺体を仮設教会へと運び込むと、蘇生を依頼する。
しかしNPCの蘇生は遺体があってもゴーストが存在しない為に冒険者の蘇生よりも幾分か割高になる。
金貨九百枚近い料金を請求されると、ヘルは肩を落とし教会の前にある岩に腰を下ろした。
「ヘル余り気にしない方が……」
「NPCだからか?」
「そういう意味じゃない、今じゃなくても蘇生は可能だから」
「でも助けるって、大口叩いちまった」
南は盗賊道具を取り出すと回収してきた宝箱の〈罠解除〉を試みる。
数度試みてようやく抉じ開ける事に成功すると、中から出て来たのは一つの指輪だった。
あからさまに肩を落とし落胆するヘルにキララが駆け寄ると頭に手を乗せ慰める。
南は愛音に〈鑑定〉を頼むと、彼女はしばらく思考した後にポップアップに表示された名称を読み上げた。
「知識の指輪だよ」
「あちゃあ、ちょっと足りなかったね」
「ちょっと?……その指輪は幾らぐらいするんだ?」
「魔法のアイテムでも買い取り価格は半値だから金貨七百五十枚程度かな」
「ニャニィッ!?」
ミルキーが驚愕の声を上げ、腰布が捲れるのも忘れて尻尾を立てる。
やがて愛音が思い出したように紋章の指輪を懐から取り出すと南の手に置いた。
紋章の指輪の売却価格は半値の二百五十枚となるので丁度千枚となる。
売却益や教会のお布施の何割かはジェイル達の懐にも入るので悪い取引ではないと南は考えていたが、流石に千枚近い金貨を失うともなるとヘルも頭を抱えて悩んだ様子を見せる。
「ど、どうしたらいいんだよ」
「あれ? 生き返らせないの、別にこの指輪は君の取り分でいいよ」
「南の取り分は?」
「細剣に軽盾、機械弓を全部、というか機械弓が目当てだったんだ」
「そ、それでも足りない分が……」
「二百五十枚は何時ものように借金でいいよ」
南が明るい笑顔でそう言うと笑顔の裏に隠された打算を読み取り、ヘルの顔から血の気が引いていく。
だが生き返らせる方法があれば悩むべくもないヘルは、仮設教会のテントへ向かうと二つの指輪を物納として納め子供達の蘇生を開始する。
遺体が淡い光に包まれると時を巻き戻したように痩せこけた遺体が瑞々しい姿を取り戻していく。
やがて三名の蘇生が終了すると子供達は自分の身に何が起こったのか理解出来ないのか若干の混乱が見える物の蘇生は無事に成功した。
「あれ……ここが天国?」
「兄ちゃん!? 死んだ筈じゃ?」
「残念だったな坊主ども! オレ様が生き返らせてやったぜ!」
ヘルがふふんと得意げに鼻で笑うと、子供たちはお互いの手を取って喜び合い。
ヘルに向かって感謝の言葉を何度も投げかけた。
ミルキーやキララは彼女の傍に寄り添い互いに喜び合ったが、ヘルがノッコと顔を合わせると罰が悪そうに頭を掻いた。
「ゴメンな……ノッコ」
「別に構わないよ、まだ死んでると決まった訳じゃないし」
「何の話?」
南はノッコの友人が行方不明になっている事を聞かされると、神父に向かって何かを話しかけ先程の指輪を返還して貰うと、その行動を見て固まっていたヘルに向かってもう一度指輪を渡した。
何故ならゲーム内で子供のNPCを殺害する事は原則的に御法度という事がレーティングで定められているからである。
その為にこういったイベントでは最後には無償で蘇生させられる事をクソゲースレイヤーである南は見越していたのだ。
「先に言えッ!」
「ストーリーのネタバレは感心しないなぁ」
「南は昔からこういう奴なんだよ」
南は無表情でそう言い放つとヘルは声を荒げてツッコミを披露し、何度も同じ事を経験した覚えのある柴と美紗は額に手を当て俯いた。
「そういう問題なのかニャ……」
「よかったねヘルるん☆」
「神父のオッちゃん。この金でノッコの友達を生き返らせてくれよ」
「……名前はトモだよ」
「その者はまだ死んではいないようですが?」
神父に無碍もなく返答されると、ヘル達は難しい顔をしながら互いの顔を見合わせた。
クソゲークエストの世界は現実世界の縮尺とほぼ変わらぬ広大なフィールドを持つ、其処から一人の人間を捜し当てるにはかなりの根気と時間を必要とするだろう。
探し人を探し出す為のマジックアイテム等も存在するがどれも高価な物だ。
「どうするノッコ?」
「ん? 無事なのが分かれば、それでいいよ」
ノッコの言葉にヘルは安心した様子で年相応の笑顔を見せると、ノッコの頬が何故か赤く染まり目を逸らした。
二人の怪しげな雰囲気に反応したキララは素早く間に割って入ると、一行は談笑を交えながら宿へと帰還するのであった。
「何か忘れてる気がするんだよなぁ?」
そしてヘルの借金も金貨三百五十枚に増加したのだった。
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