辺境の村ヘン1
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未整備の街道を足で踏みならす度に砂埃が舞い上がり小石がはねる。
グラフィックは現実から取り込む物の場合、リアリティがあるからといって凄いという訳ではない。
大木の枝場に建築された家屋や、水晶で作られた塔といった幻想的な光景。
現実ではありえないビジュアルは3Dモデラーが一から造型する必要がある為に評価が高い。
南にとってこのゲームのグラフィック評価は並以下の物と判断した。
「へぇ、意外に良いゲームだ」
とはいえ美麗なグラフィックを映し出す為には、その分機体性能を割り裂く必要がある為に遅延が発生する。
ゲームその物を楽しみたい南にとっては、こういった簡便なグラフィックの方が好感が持てた。
彼は懐から巻物を取り出すとおもむろに広げてみる。
そこにはキャラクターのステータスが書かれており、南はアバターの能力を確認してから探索に向かおうと考えた。
みなみ
しょくき゛ょう:むしょく
レヘ゛ル:1
しゅそ゛く:にんけ゛ん
ちから:8
すは゛やさ:12
たいりょく:9
かしこさ:9
せいしん:9
うんのよさ:11
さいた゛いHP:11
さいた゛いMP:0
・そうひ゛
E・たひ゛ひ゛とのふく
・と゛うく゛
G:100
「これはひどい」
南は見なかったことにしてステータス スクロールを懐へしまうと、街道に沿って周囲を警戒しながら歩き始めた。
通常街道でのエンカウント率は低確率に設定されているが、これはクソゲーである。
職業選択などのキャラクターメイキングもなければ、必要最低限の装備すらない。
そして南がいるのは街道、すなわちどこに街があるのかすら分からない。
並みのプレイヤーであればカートリッジを引っこ抜いて壁に叩きつけている所だが、あらゆるクソゲーを網羅してきた南にとってその程度は想定内の仕様であった。
おそらく序盤の雑魚も恐ろしく強いに違いないと南は推測し、周囲への警戒をより一層高めた。
やがて街道が低木の自生している森林地帯へと差し掛かると、その入り口で何者かがモンスターと交戦しているのが視界に入った。
「愛音達ではないか……」
原則的にこの時代のMMORPGは決まった時間帯にプレイヤーが集う様に設定されている。
一秒の遅延でゲーム内では一年経過してしまう為に同時接続しなければMMOにはならないからだ。
結果的にこの世界ではレベル1のプレイヤー達が集結している事となる。
「加勢した方が良いかな?」
南はその場から走り出すと、バトルフィールド内に侵入した。
ポップアップされる名前には「ジェイル」と書かれている。
一方の敵はサラマンドラ、紫色のウロコが生えたトカゲのような生物。
ジェイルはサラマンドラの攻撃を一方的に浴びながらも身動きが取れないようだ。
もう一度ポップアップを確認すると名前の下に「びょうき」と書かれてある。
「勇者ともあろう俺が一生の不覚ッ!」
「そこの人、森へ逃げて下さい!」
序盤で拘束系バッドステータス付与能力を持つ雑魚敵を配置する。
クソゲーの悪意に南は辟易しながらも、戦闘中のジェイルに指示を飛ばす。
ジェイルは体を引き摺りながらも森へと入り込むと、サラマンドラの追撃が停止。
南へとターゲットが移ると、彼も森の茂みの中へと飛び込んだ。
南はほっと一息を付くと先程の男の元へと歩みを進める。
どうやら戦闘が終わった事でバッドステータスも解除されたようだ。
「た、助かった……」
「バステですか?」
「あぁ、身動きが取れないのに、ちまちま攻撃されて死ぬ所だった。人格破壊ゲームか」
ゲーム空間内ではプレイヤーにも痛覚のフィードバックが返ってくるように製作されている。
リアルな仮想空間での感覚に慣れてしまうと、実生活での力の加減に齟齬が生じてしまうからだ。
尤も従来の痛みの数分の一に弱めてあるので、死ぬほどの痛みでショック死する事はない。
「だが、奴はなぜ追ってこないんだ?」
「サラマンドラが平原モンスターで、森林には入って来れないからです」
「レベルデザイナー仕事しろよ……」
ジェイルは呆れた口調でそう言うと、南は「クソゲーですから」と見も蓋もないフォローでその場を締めくくった。
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