森林都市ヒューレー5
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ノッコの銃撃に合わせて南のワンハンドアクションで短剣が飛来、更にはミルキーの弓による射撃も加わり三人連携《集中砲火》が成立する。
全身に攻撃を浴びたグールは膝を折り顔面から地面に倒れ込んだ。
戦闘開始からかなりの時間が経過していた事もある所為か、ミルキーは周囲からモンスター達の気配を感じ取った。
「また増援が来るかもしれないニャ……」
「諸君、十秒以内に決めるぞッ!」
ジェイルの長剣が手負いのグールへと袈裟懸けに入ると、肩口から入った長剣が肺に食い込み難なく一体を仕留め。
エルロンドがもう一体のグールに長剣による突きを放つと、これも首筋に綺麗に命中しダークが剣で更に追撃を加えもう一体も始末する。
更にはボルダンの無骨な構えから放たれる殴打にも近い斬撃がグールの頭部を両断すると、シャルダンの流れるような剣閃がもう一体の喉笛を引き裂いた。
「オレにも一発殴らせろ!」
「手負いの奴を頼むよ」
南に喉を切り裂かれたグールとヘルが対峙すると、戦杖による二連撃を打ちかかる。
腰溜めに構えた状態からの二撃目が側頭部に空気を裂く音を立てて吸い込まれるように決まると、グールの一体は力尽き前のめりに倒れ込む。
「おっしゃ!」
「ヘルるん、ステキ――ッ☆」
「美紗合わせて!」
《凍てつく光》
愛音の魔法がグールの顔面を凍結し視界を塞ぐと、美紗の振るう矛槌が腹部に痛打を与える。
美紗は後退し中衛に戻ると柴の治療へと向かった。
周囲からモンスターと思しき甲高い声が聞こえてくる。
南が上空を見上げるとジャイアント・バットがこちらへと近付いてくるのが見えた。
美紗の一撃を食らい倒れ込んでいる一体にノッコの銃撃が降り注ぐと頭部に命中し絶命させる。
「撤退準備お願いします!」
「よし、この辺で切り上げるぞ!」
走りかかってくる最後のグールとすれ違い様に足に深手を負わせると、ミルキーの弓が胸部に矢を命中させる。
その後ジェイルは号令を掛けその場から撤退すると、野営地に向かって走り出した。
時間を取られた所為で得る物は少なかったが、かなりの戦力を削る事が出来た。
一行は途中で別働隊と合流、そちらは満身創痍の状況ではあったが幸いにも死者はいなかったようだ。
やがて前方に野営地が見えてくると、メンバーは安堵の表情を見せ野営地内へと帰還した。
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野営地の内部では、治療に奔走するクレリック達が右往左往している。
軽傷者は自然回復に任せて休養を取る事になり、二日後に再び奪還を行う手筈となる。
治療薬のストックは備蓄があったが、一戦でかなりの量が目減りする事となった。
ヘンの迷宮攻略の際に得た金貨は三千枚を超えたが、ここに来て財務的な問題に直面する事となる。
ジェイルは幕内に南を呼び出すと、エルロンドと共に今後の展望について幾つかの話を交わした。
「さて、どうしたものかな……」
「ボクの提案として、簡単な策と難しい策があります」
「前者はどのような?」
「ヒューレーの店舗から徴用して我々の物にする案です」
「魅力的な提案だが、末端の者からの評価が下がりそうだな」
南の案は死亡したNPCの所有権限の切れた道具を店舗から持ち出すという物で、ゲームシステムとして問題のある行動ではない。
しかし、ジェイルは人を使う立場のある者として、なるだけなら真っ当な手段を選択したいと考えた為に南の提案の一つは棄却された。
「もう一方は?」
「この野営地をヒューレーにするんです」
「ん? すまない……詳しい説明が欲しい」
南の提案する案はプレイヤーが管理する村を新たに作り出すという案だ。
この野営地ではヒューレーからの避難民が五十名以上存在し、野営地内でも生産活動に従事している。
彼らをそのまま村民として取り込み、村に格上げする事で出入りする商人や住人から税を徴収する事が可能となる。
南の税を取ると言う案にジェイルが眉をひそめると、南は更に言葉を繋いだ。
「税と言うのは安全を買う為に支払うものですから」
「しかしなぁ……」
「五公五民よりはましだと思いますよ?」
クソゲークエストの世界では中世の税率を模倣しており、農奴から徴収される税の額はその生産量の五割に達する。
更には人頭税等のその他の税が課せられる為に、税負担が重く圧し掛かる。
ゲーム中の都市が全くと言っていいほど発展しないのもこの為である。
何せ高率の税を徴収しておきながら軍のやる事はモンスターの襲撃に反撃する程度なのだから、百年経っても経済伸張が起こりえない。
この税率には流石のジェイルも驚嘆したのか、椅子からずり落ちそうになると声を荒げた。
「ご、五割も取られるのか!?」
「人頭税・荘園税・取引税、賦役や橋の通行料や耕作農具等の使用料も……」
「いや、酷いのは十二分に良く分かった」
「申請要件は満たしているので、野営地を村にリビルドするのは問題ないと思います」
「……ではその方向で検討してみるか」
ジェイルはこの時すっかり村を経営する事が“難しい”案であった事を失念していた。
後にジェイルは気軽な気持ちで申請を行った事に激しい後悔を覚える事になるのを今この時では知る由もない。
南はジェイルを上手い事言いくるめるとジェイルの居る天幕から表へと歩き出し、無害そうな少年の眼差しで野営地をぽてぽてと歩き始めた。
丁度通りがかったヘルが何事かをやりきった表情の南を見咎めると呟いた。
「南、何かしでかしたか?」
「……何のこと? ボクわかんない」
「ゼッテェ、ウソだッ!」
「それよりノッコさん達の回復はどう?」
「あぁ、幸い傷も負ってない。二日もあれば充分だ」
南はさりげなく話を逸らすとヘルの仲間達の様子を尋ねた。
ヘルのメンバーは前衛に不安を抱える物のバランスが取れている。
ユニークスキルも強力な物が多く、伸び代も大きいと南は判断した。
しかしながらヘルを見ていると、別の不安も浮かび上がってくる。
ゲーム中の自己学習型AIは様々なタイプが用意されているが、ヘルの様な常識外れな或いは反社会的人格のAIは製作する事そのものが違法である。
大抵のエネミーは隻眼のゴブリンのように分かりやすい人類の敵として作られているが、民衆は特徴のない存在として製作されている。
まるで人間のように振る舞うヘルを見て、一抹の不安が頭を擡げるが「まさか」と小さく呟いて宿屋へと向かった。
「なぁなぁ、良い儲け話があるんだけど……」
「お断りします」
「せめて話ぐらいは聞いて!」
マイルームに辿り着くなり、ソファに腰掛けた南の横にヘルが座り込むと怪しげな儲け話を持ちかける。
内容はトリアの迷宮とは別の洞窟にドラウ達が住み着いているので、彼等の留守に忍び込み宝物を頂戴しようという微妙な提案であった。
ドラウは黒い森のエルフと呼ばれる冷徹な種族で、階級闘争の為には親族すらをも手に掛ける亜人の一種である。
年がら年中身内の小競り合いに明け暮れているので、規模もゴブリンやオークといった他の亜人達よりも遥かに劣った種族だ。
更には嫌光性を持つ為に屋外での活動は夜間に限られ、主に洞窟を拡張して其処に居住していることが多い。
「その話受けちゃったの? ドラウは飛び道具を使うから、危険だよ?」
「え、そうなのか?」
ドラウは毒物の精通しておりその媒介に機械弓による毒矢を使用する。
タンクの居ないヘルのメンバーでは見つかれば太刀打ちできないと推測できる。
ゴブリンと同程度の相手だと考えていたヘルは、南の言葉に驚くが目を右上に泳がせた。
それからあれやこれやと話をでっちあげ、是が比にでも南達を同行させようと矢継ぎ早に捲くし立てる。
やれ隠された財宝だとか伝説の埋蔵金だとか、如何にも胡散臭い話ばかりだったが、南はしばらく考え込む素振りを見せると言葉を漏らす。
「……一応愛音達にも話を持ちかけてみるよ。向かう前には必ず声を掛けてね」
「おう! 任せろ!」
無理をして死なれても困ると判断した南がドラウの洞窟へ向かうのに同意する。
してやったりといった表情のヘルは、不敵な笑みを浮かべるのであった。
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