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森林都市ヒューレー3

―――――


 草原を一台の馬車が駆けていく、荷台に幌は架けられておらず。

 総勢十二人の男女が、狭い馬車の内部で騒ぎ声を上げながら目的地に付いて話し合っていた。

 南・柴・美紗・愛音の四人は短弓の扱いについて相談し合い、ヘル・ノッコ・ミルキー・キララの四人は和気藹々と持ち込んだお菓子を頬張っている。

 それを横目に微笑んでいるシャルダンと、居心地の悪そうなボルダンが張り出しに腰を掛け。

 御者台のダークが団員と会話を続けていた。


「そろそろ野営地に着くぞ」

「街に直接いかねぇの?」


 ダークが御者台から後ろを向いて南達に声を掛けると、ヘルが物怖じしない態度で質問する。


「グールは生息地に制限が無いから、街周辺はグールだらけじゃないかな?」

「そういうこった」

「腕が鳴るぜぇ!」

「余り無理をするなよ兄者」


 デュオの村から帰還していたボルダン兄が腕に力瘤を盛り上げながら張り切った様子を見せると、妹が諌めるように兄に忠告を加えた。

 やがて馬車が野営地に到着すると我先にとヘルが立ち上がり、慌てた様子でキララも彼女の後を追った。


「おっしゃあ! オレ様の次なる伝説の幕開けだぜ!」

「ヘルるん……」


 ヘルが不敵な笑い声を上げると、ぽぉっとした様子でキララがその顔に見惚れている。

 どこに惚れる要素が分からない南は彼女達を放置して、幕内に居るジェイルの元へと足を進めた。

 比較的木々の少ない野営地には幾つ物テントが設営され、炊飯係が昼食の用意を始めている。

 南が周囲を見渡すと、遠くにはヒューレーの街と思しき外壁が遠くに見えるのが確認できた。

 南は幕内を潜ると、ジェイルとエルロンドが立ち上がり、ほっとした様子で出迎える。


「やぁ、南君、来てくれて本当に助かるよ」

「戦力の分析は進んでいますか?」

「グールにジャイアント・バットの混成が目立つな」

「斥候からは武装したドラウの存在も確認しています」

「バステが痛いですね」


 グールやドラウは麻痺や毒といった状態異常を得意とするモンスターである。

 これらには《浄化の極光》或いは《清浄なる霧》が有効だが、どれも高レベルクレリック呪文なので、使用できる者となれば数は少なくなる。

 幸い辻ヒールの老人が解毒薬の精製に覚えがあった事が幸いして、キララが同行して〈製作〉を開始すれば日産で六~八本は確実に揃える事が出来るという話となった。

 ジェイルの話の大凡を把握した南は早速、都市奪還作戦の編成に入る。


「今回は遠距離攻撃を中心に組み立てましょう」

「ゴブリンとの戦利品から短弓が多量に発見されたそうだね?」

「えぇ、防衛に幾つかを残して、ここに二十ほど持ち込んでいます」


 槍や弓矢は護身用の武器ではなく兵器という分類である。

 市場に出回る物はNPCの軍等には需要が多く、市場に出回るのは僅かな数だ。

 その上矢束は消耗品であるが故に利用しているプレイヤーも少ない。

 南の持ち込んだ短弓の数は小規模の戦闘集団が運用するには充分な数量である。

 ジェイルも必要だとは感じていたが、用意を出来るとは考えてはいなかったので、南の申し出は有難い物だった。


「流石だな、肉人形の件もあるから助かるよ」

「肉人形?」

「名前さえ分からない謎の敵です。攻撃を加えると“自爆”する事は分かっていますが……」


 南の疑問にエルロンドが返答する。

 そもそもクソゲークエストの世界に“自爆”なる特技は存在しない。

 その事からもそのモンスターが件の女との関連性を匂わせていた。

 恐らくトリアの迷宮のボスエネミーなのだろうと南は推測すると、その場でジェイル達と別れ。テントから屋外へ足を運んだ。

 屋外に設置された食事所で女性陣が黄色い声を上げながら談笑している。

 その横で柴とボルダンの二人組みは肩身が狭そうに、もそもそとパンを口に運んでいた。


「南ィ? 何でサントス達を連れてこなかったんだ?」

「ゴブリンがまた攻めてくるとも限らないからね」

「ふぅん、んで奪還作戦は何時頃?」

「明日の朝にでも第一陣で仕掛けるよ」


 南が果物を黙々と口に運ぶと、柴の質問に一つ一つ答えていく。

 するとヘルがこちらの様子を窺いながら、南へと話しかけてきた。


「オレはどこに泊まればいいんだ?」

「宿屋の主人だったNPCが居るらしいから。マイルームに招待するよ」

「まいるーむ?」


 一行は食事を終えると、宿屋代わりに使われている仮説テントへと向かい応対する宿屋の主人に金貨を支払う。

 すると眼前に扉が現れ南達がその扉へと入っていくのを見て、ヘルも恐る恐る扉の敷居を跨いだ。


「おぉぉぉッ! なんだこりゃ!?」

「部屋は余分にあるから、ノッコさん達もゆっくりしていってね」

「ありがと、良い部屋だね」


 美紗がノッコ達に笑いかけながら部屋で自由にするよう促すと、ノッコは部屋の装飾が気に入ったのかくつろいだ様子でソファに腰を下ろした。

 美紗がコーヒーミルを挽き、コーヒーを入れ始めると、慌てて立ち上がりティーカップを運ぶ手伝いを始める。

 ミルキーがもう一方の扉を潜ると其処は小島のような狭い島になっており、眼前には透き通るような大海原が広がっていた。

 マイルームをデータスペースに持つにはそれなりに金銭が懸かる。ミルキーは振り返ると南に対して素朴な疑問をぶつけた。


「もしかして……南君ってお金持ちなのかニャ?」

「自前で作るなら其処までお金はかからないよ」

「わたしもコードを組むの手伝ったんだよぉ」

「夏休みの自由研究だったよね、懐かしいなぁ」


 南と愛音が常識外の事を口走ると、ミルキーの顔が青くなる。

 現代において機械語でプログラムを組める者が減少したように、未来世界においては構成するコードは複雑化しており存在しても触れない物。

 即ちブラックボックス化している。

 更にはある天才ハッカーが証券取引所や銀行の預金データをハックして、巨額な金銭を盗み出した事件以降。

 一定以上のスキルを持つプログラマーは政府の管理下に置かれる事になった。

 無数の無人機を遠隔操作或いはシステムに侵入して発電所さえもダウンさせるような人物は自動化された社会において存在するだけで危険人物なのである。


「南君……ウィザードじゃニャイよね?」

「ボクは違うよ?」


 国家指定プログラマーを総称して、ウィザードと呼ばれている。

 愛音は国家指定級ウィザードだが、自分はそうではないので南が否定すると、ミルキーはほっとした表情で安堵を吐いた。

 難しい話をしている両者を差し置いてヘルは上着を脱ぎだすと、肌着姿で海の中へと突進する。


「スゲェ! これ全部水かよ……うべっしょっペぇ!」


 はしゃいでいたヘルが深い場所に足を突っ込み体が沈み込むと、慌てて浅い場所に退避、咳き込みながらも海水を吐き出した。

 それを見ていたキララも上着を脱いでヘルの元へと突進。

 ヘルは悲鳴を上げて海水を掛け突進を阻止すると壮絶な水の掛け合いが始まった。


「バッカみたい……」

「ノッコさんは泳がないの?」

「水着がないしね」

「これね。温泉にも出来るんだよ」

「えっ!?」


 美紗の話す温泉というキーワードにノッコが過剰反応すると、慌ててクールさを取り繕い目を逸らした。

 マイルーム内の時間はゲーム世界と連動している。

 やがて表が薄暗くなると南と柴はそれぞれの自室内に閉じ込められ、外部ロックを掛けられる。


「……やっぱダメ?」

「ダァメ……大人しくしときなよ、柴」

「愛音、明日に疲れが残らないようにね」

「うん! お休み南くん」


 愛音と美紗は南達男性陣を隔離すると、一階の設定を海洋から温泉に変更した後に脱衣所で服を脱ぎ始める。

 愛音がすぱっと衣服を脱ぎ捨てると、美紗は部屋の隅でいそいそと着替え、愛音の出る所は出ている体型を注視すると中学生の頃から敗北していた苦い記憶を思い起こした。


「オレ……男なんだけど」

「アンタまたそんな事言ってんの?」


 服を脱ぐのを躊躇していたヘルがノッコに掴まれ服を剥かれると、ノッコはお子様体型ながら、御立派に育ったヘルの双丘を見て軽く舌打ちをする。

 開き直ったヘルは湯船に向かって走り出すと慌ててミルキーに湯船に浸かるのを呼び止められた。


「ヘルちゃん、先に体洗わないとダメニャよ?」

「いぃじゃん……面倒臭ぇ」

「ヘルるんの体、キララが洗ってあげるね!」

「ほわぁぁぁッ!」


 糸瓜を持ったキララがヘルの体に密着すると、互いの胸がぶつかり合いながら揺れている。

 それを見ていた美紗が軽く舌打ちすると、ノッコのスレンダーな体系を見て、自分の成長の遅れた胸の事を思い起こし比較する。

 やがて僅かに負けている事に気付き体を洗い終えて湯船に浸かっているミルキーの方を向いたが、湯船に浮かんだ御立派様を見て絶望の表情を浮かべた。

 ノッコは自分の同類を発見して美紗の肩に手を添えると余り効果のない励ましを行った。


「ドンマイ」

「同情は止めて……虚しくなるから」

「ヘルるん……次はお尻を洗ってあげる☆」

「貞操の危機!?」


 クソゲークエストの長い夜は一部を除き、穏やかな時を刻み続けるのであった。


―――――

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