ゴブリン掃討8
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ヘンの村での隻眼のゴブリンとの決着から三日が経過した。
採取専門のプレイヤーは近隣の森から薬草を収集すると、生産専門のメンバーはMPの続く限り、治療薬を増産する毎日が続いていた。
ミルキーは背中に背負った籠から薬草を積み降ろすと再び薬草の自生地へ向かって走り出す。
薬品生産の手伝いに借り出されたヘルは眉をしかめながら不平を漏らすと、薬草をすりこぎで磨り潰す作業に追われていた。
「何でオレがこんな事を……」
「はいはい、ぼさっとしてないで手を動かす!」
「ちくそぉ!」
製作スキルが低いのも災いして一日生産十本にも満たないペースだが、日が経つほどに生産数は増加傾向にある。
生産された治療薬は籠の中へと映されると緊急診療所となっている集会場へと運ばれた。
頭の禿げ上がった辻ヒーラーの老人が治療薬を受け取ると、症状の重い物から順に投薬を開始する。
体力は一日に頑強に依存した僅かな量が自然回復するのみ、時間経過のみでの完全回復にはかなりの時間がかかる。
結果的にゴブリンコンフリクト(ゴブリン紛争)の被害状況は死者十一名に加え重傷者十二名の大惨事となった。
とはいえモンスター達のエンカウント率もかなり低下したので、以前のようなモンスターグループによる被害も抑えられてきている。
「これがこれで……よっと!」
「お見事、大分手馴れてきたようだ」
南と鎌倉は全身に包帯を巻き痛ましい姿を見せながらも、錠前を盗賊道具で何度も開錠し〈罠解除〉技能を磨いている。
ピッキングは様々なゲームで使われる要素である故に、南のようなゲーマーともなれば大体が修得している技能である。
南は現実でも稀に部屋の鍵を紛失してしまい、ヘアピン一本で鍵を開けたことがある程度には熟練している。
「他に何か覚えておきたい技能はあるかな?」
「《投擲》の特技が欲しいのですが……」
「それなら拙者の《手裏剣》がある」
鎌倉は枕元に忍ばせていた棒手裏剣の一本を手渡すと直打法の投擲方法について教示を始める。
銃の撃ち方は知ってはいるが、手裏剣など触った事もない南は武器の構え方から細かく指示を受けた。
やがて診療所内に愛音達が姿を見せると、南達の座り込んでいるベッドの前へと近付くと不機嫌そうに口を開いた。
「またやってる……」
「南くん、絶対安静にしとかないと最大値で自然回復しないでしょ!?」
「……柴の容態はどう?」
「補正に下方修正がかかるから、まだ戦闘には出られないって……」
死からの蘇生を体験したキャラクターは数週間単位で行動の成否にペナルティがかかる。
後衛ならばそういったペナルティも問題にはならないが柴は前衛である為、しばらくは戦闘に参加する事も出来なくなっていた。
「柴なら昨日、庭で弓矢を撃ってたよ?」
「あんのおバカ」
「それなら問題ないかもね」
美紗は柴の行動に眉間を抑え唸り声を上げる。
やがて診療所内にヘルが踊り込んで来ると、南の座っていた寝台の下にスライディングで潜り込む。
本人は上手く隠れたつもりだが、お尻が丸出しである。
ヘルの突然の奇行にその場に居た者は慣れた様子でスルーした。
やがて診療所から追っ手の女性が走り込んで来ると、南の指差す先にパンツ丸出しのヘルを発見し両足を抱えて引き摺り出す。
「ほげぇぇぇッ! たちけて!」
「ヘルちゃん頑張って!」
「この薄情者めぇ!」
ヘルは愛音の励ましに声を荒げると、診療所の外へとそのまま連行されていった。
入れ違いに柴が診療所内に姿を現すと、南に手を挙げこちらへと歩き寄る。
「おっ! 皆揃ってるじゃん」
「丁度良かった。今後について決める?」
「わたしはこの村の復興に力を入れたいわ。戦いばかりで疲れちゃった」
「ゆっくり技を磨く暇もなかったもんね」
美紗が村の復興事業への注力を提言すると、愛音もそれに同意する。
南と柴はしばらくは動けない為、無言で彼女達の提案に同意する。
先の戦闘から時間経過と食事ボーナスによるステータスの伸びは続いているが、レベルは未だに上がる気配を見せない。
思ったよりも長期戦になるのかも知れないなと南はポーッとした顔で思案に耽ると、愛音に頬をぷにぷにと突かれた。
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ゴブリンシャーマン三体と戦杖を構えたヘルが、日が僅かに差し込む鬱蒼とした森の中で対峙する。
足場は大小様々な石が転がっており、遠距離戦闘には向いているとは言えない。
しかしゴブリン達に戦力分析など出来る訳もなく、開けた場所に突っ立っていたヘルに対し《魔法の矢》の詠唱を開始する。
その瞬間、雷鳴のような音が轟くと、ゴブリンの肩口から鮮血が迸る。
対面には回転式拳銃を構えたヘルと同じ十五歳の少女がゴブリンに向かって照準を定めていた。
その少女は腰まで伸びた流れるような黒髪にこの場には似つかわしくないセーラー服を着込んでおり、凛とした目付きで子鬼達を睨み付けている。
続いて弓の撓る音が聞こえると、ミルキーの放った短弓が、もう一方のゴブリンの腹部へと命中する。
こちらも防御力があるとは言えないホルターに、腰布のみという姿で小さくガッツポーズを取った。
「撃て撃てッ!」
「嫌だよ、弾が無駄になる」
「ミルキーッ!」
「ふぁい? ヘルちゃん、そんなに連射は出来ないニャ」
ヘルがガンスリンガーの少女に追撃を掛けるように促すが、そのまま彼女は岩陰へと隠れた。
ミルキーが射撃要請に困惑しつつも、もたついて矢を番えているが慌てて矢を取り落とす。
詠唱妨害のなかったゴブリンシャーマンの放った《魔法の矢》がヘルに迫ると、脇を掠って後方の岩に着弾した。
脇を擦りながらヘルは意味の分からぬ叫び声を上げて、戦杖を振り上げゴブリン目掛けて打ちかかる。
負傷したゴブリン二体を殴り倒すと、もう一体が逃げようと背を向けた所に背後から少女の放った銃弾が襲い転倒、そのまま御用となった。
「撃てと言われた時に撃てよ、ノッコ」
「はいはい、ミルキー尋問して……」
「ニャ!」
ミルキーは〈動物使い〉の技能を用いて、捕らえたゴブリンシャーマンから一人の行方不明者の情報をゴブリン語で聞き出す。
縄を解くよう大声で喚き散らすゴブリンの眉間にノッコが無言で銃を押し付けると、撃鉄を起こした。
彼女は何も知らない事をミルキーから伝えられると興味を失い、舌打ちをしながら背後を向いた。
ヘルがゴブリン達の額に手を添えると技能と特技を《強奪》スキルを用いて確認する。
「使えそうなのは〈祈祷〉に《秘術呪文》か、こいつは頂き!」
「チート級の能力だニャ」
「でも使うのがコレじゃぁね……」
ヘルはノッコに馬鹿にされた事に気付くと野良犬のように唸り声を上げて威嚇する。
ノッコは迷う事無くヘルに銃を向けると、両手を上げて即座に降参しながら命乞いを始める。
ミルキーは敵の荷物を漁っている内にスクロールを一枚発見すると、尻尾を立てて喜んだ。
〈製作〉スキルで物を作る際には完成後のアイテムを手元に持っていれば、成功時に補正が掛かるようになっている。
しかも書かれている呪文は有用な呪文である《不可視の盾》であった。
「やったニャ! コレでミルキーも大金持ち!」
「パンツ見えてるぞ……」
「長居は無用でしょ、早く村に戻るよ」
喜ぶミルキーの尻尾で腰布が捲れパンツが丸出しとなっているのをヘルが指摘すると、ノッコは頭を抑えながら早急に村に戻るように催促する。
やがてヘルが先頭に立ちながら岐路に着くと村に到着。
冒険者の酒場へと向かう途中、愛音達と出くわした。
「あれっ? ヘルちゃんお友達と一緒?」
「愛音、良い物買わないか?」
「よしなよ愛音、どうせゴブリン辺りから剥いで来たガラクタでしょ」
「一しかでないイカサマダイスだ! スゴイだろ!」
「それってどうやっても負けると思うんだけど……」
予想以上のガラクタだったので愛音達は呆れた様子を見せるが実際に売買すれば、売却価格にして金貨百五十枚はくだらない高級品である。
けんもほろろにあしらわれたヘルは如何様賽子を懐にしまうと、とぼとぼとした足取りで酒場へと向かった。
酒場の内部は閑古鳥が鳴き、客は紛争後で多数の負傷者を出した事もあって客はほとんど居ない。
三名は空いている椅子に座ると、ノッコが口を開いた。
「迷宮には向かわないの?」
「ノッコの友達は、初心者なんだニャ? 迷宮に入り込むとは思えニャいけど……」
「蘇生させちまえば?」
「遺体も無し、霊魂も無し、となれば、蘇生費用はかなりの高額になるニャ」
ノッコはゲーム開始直後に友人と合流する事が出来ず、何故かセーラー服を着たアバターになっていた。
それ故出会い厨の標的にされてしまい、友人の捜索に女性のみのパーティを組む事を決意したのだった。
ノッコが視線を隣の机に移すと、物を売買できないヘルがミルキーから海老フライを恵んで貰っているのが横目に見えた。
彼女は眉間を指で抑え「早まったか」と悔恨するのであった。
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