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ゴブリン掃討5

―――――





 日が傾く頃には南達はヘンの村へと帰還する。

 村の入り口で鎌倉達に戦利品の多くを預け別れると、一行はそのまま教会へと向かった。

 教会は新たなNPCの神父が宣誓台の前に立っており、冒険者達が訪れるのを待っていたようだ。

 南は軽く会釈すると、神父に向かってゴースト状態からの蘇生をして貰えるように交渉を始める。

 クソゲークエストではNPCの復活も可能だが、呪いの解呪と同様に莫大な費用がかかる。

 遺体の有無やゴースト状態からの蘇生等で金額は変化するが、NPCは原則的にゴースト化しない仕様である為に失敗率も高い。


「では、えーと」

「俺の名前なら……ヘルで良い」

「ヘルちゃんだね」

「“ちゃん”は要らん!」

「ではヘルさん、その子の体から出て貰えますか?」


 ヘルは釈然としない様子で少女の体から抜け出ると、少女は糸が切れたように倒れ込み意識を失う。

 愛音が慌てて脈を取る為に走り寄る、少女の命に別状がないのを確認すると南に向かって頷いた。

 神父はヘルの蘇生を再開するとヘルの姿が次第に明瞭になり遂には復活を果たす。

 実体を持ち地面に足を着けたヘルが自信有り気に腰に手を当て仁王立ちすると、笑いの三段活用を用いて馬鹿笑いを始める。


「フッフッフッ……ハッハッ! ワ――ッハッハァ!」

「……へへへ」


 目の前に現れた全裸で馬鹿笑いしている少女に柴が鼻の舌を伸ばしながら愛想笑いをすると、美紗が柴の顔を両手で捻り、無理矢理顔の向きを変えさせた。

 南は頬を掻くと自らの上着を脱ぎ、ヘルに向けて差し出す。

 ヘルは自分が女のままだとようやく気付くと、慌てて南の上着を頭から被る。

 顔を耳まで紅潮させながらヘルが現状に憤りを見せると、地団太を踏みながら罵声を上げた。


「どういうことだオイ! また女じゃねぇか!」

「ボク等に言われても……」

「良いじゃない、カワイイよ」

「カワッ? カワイクなんかないわい!」


 年の頃は十五歳程度だろうか、意志の強さを感じさせる目付きに腰まで伸びた艶のある茶髪。

 細くしなやかな手足は相応の身体能力を秘めているようにも見える。

愛音と南は互いに耳打ちし合い、彼女が自分が女だということすら記憶喪失で忘れてしまったという結論に達した。

 コンピューターが誤った結論を導く事を阻止する為に、幾重もの冗長性が持たされている。

 ハッキングを行うなどの外部手段を用いなければ誤作動をする事は有り得ない為だ。

 ヘルはとうとう開き直ると、その場に居た神父に向かって手を添えた。


「まぁ、損傷がないだけ良いか……《特技強奪》!」

「おぉッ!」


 ヘルの指先が輝くと神父と少女の間から電光が走り、空気の弾ける音が聞こえる。

 NPCの神父はその場でよろけるとそれを攻撃扱いと判断したのか、気術を用いヘルに攻撃を開始する。

 しかし掌からはエネルギーが放射されず不発に終わった。


「ヘル!?」

「フン……《気功術》に《信仰呪文》かカス能力だな」

「あぁ、やっちゃった……」


 ヘルは南達が恐れおののく物と勝手な期待をしていたが、南が顔に手を当てて呆れたように呟くのを聞いて言い知れようのない不安に包まれた。

 それもその筈、敵意のないNPCを攻撃することは犯罪である。

 ヘルはこの時点で町や村の警備兵から執拗な追っ手を掛けられる事になり。

 商品の売買はおろか、宿泊施設などの利用。更にはギルドからの依頼受注も不可能になってしまったのだ。

 その事を南から聞いたヘルは顔面蒼白になると、急いで教会から出ようとする南に追い縋った。


「オイ! どこに行くんだ!」

「これ以上は面倒見切れないよ」

「貴方を生き返らせるのに、百金貨も支払ったのよ?」

「流石に私も庇いきれないかな……」


 金額の価値はヘルには分からなかったが、なんとなく大金である事は理解できたヘルは愛音にまで愛想を尽かされ言葉を飲み込む。

 これからどうすればよいのかを南に質問すると犯罪者の末路は盗賊になって野営を繰り返しながら、一生を送る以外に道がないと聞き及び。

 遂には涙目になった。


「ちょっと驚かせようと、悪気はなかったんだよぉ」

「まぁ、確かに驚いたけど色んな意味で……」


 ヘルの拙い言い訳に柴が同情すると南が一つの提案をした。


「しばらくは郊外の空き家で過ごすと良いよ」

「それは犯罪じゃないのか……」

「同行だけなら犯罪者ともパーティは組めるから、それで手配度を消せるかな?」

「善行を積むと手配度は消えるんだな?」

「頑張ればね」


 南とのやり取りで希望を見出したヘルは頬を膨らませながら、ふんすと鼻を鳴らすと両手でガッツポーズを取り気合を入れた。

 こうして浮浪者となった少女ヘルは借金返済の為に見知らぬゲーム世界にて善行を積む事になるのであった。





 翌朝、地面にござを敷き空き缶を置いた仏頂面のヘルが、ぼろを着て村の広場で座り込んでいた。

 事情を知らない人々には粗末な服を着た美少女が乞食をしているように見えるので、空き缶には銀貨や銅貨が溢れんばかりに投げ入れられている。

南が目前を通りかかると、ヘルは目を爛々と輝かせながら何事かを期待する。

 しかし南が他人のふりをしてそのまま通りすがるのを見て、ヘルはおもむろにござから立ち上がると上着の裾を掴んだ。


「無視するなよぉ!」

「何やってるんですか、全く……」

「見て分からんか? 物乞いだ!」

「こんな上から目線な乞食始めてみたよ」


 自信満々に胸を張り敗北宣言を行うヘルを哀れに思ったのか、南は財布から一金貨を取り出すとヘルに手渡した。

 その場を通りかかった鎌倉がそのやり取りを視界に入れると、南達へ元へとやってきて釘を刺す。


「南殿、こういう手合いは癖になるから程々にした方が……」

「ケチ臭いな。忍者の癖に」

「ケチと忍者に何の因果関係があるのだ。それはそうと南殿、少々時間を宜しいか?」


 南と鎌倉がヘルから距離を取り話し合いを始めると、ヘルはござの端に座り二人の会話に聞き耳を立てる。

 ヘルの宿主となっていた少女は商隊の生き残りであった事や、先日襲ったゴブリンの集落の他にも別の集落があるらしいとのギルドからの報告だった。

 ギルドから事前情報によれば、百体近いゴブリンが近々この村に襲撃に現れるとの事でギルドからも参戦パーティを募っているとの話である。


「集まらないんですか?」

「相手がゴブリンとはいえコンフリクトクラスだからな」

「はいッ! はいッ! オレ参加します!」


 ヘルが手を上げながら、ござの上でぴょんぴょん跳ね回る。

 しかし犯罪者はギルドの依頼を受けることは出来ないので、南達は無視して話を進めた。


「八人で二十体を相手取った前回から言っても、敵戦力の半分は必要だ」

「最低五十人ほどですか……ジェイルさんは?」

「もうヒューレーの街へと発ってしまったようだ、そちらは期待できない」


 南は一旦酒場へと向かうと合流した愛音達に詳しい話を伝え、今回のコンクリフト。小規模紛争に参列する事を決定したのだった。


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