ゴブリン掃討4
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牢のある場所は小屋になっており、丈夫な木々で簡単に組まれた檻が部屋の中央に建っている。
檻の内部には裸の少女が力なく倒れており相当衰弱しているのか、南達が入って来た事すらも気付いて居ないようだ。
檻の扉も木で作られており、南が確認すると簡単な錠前が掛かっていた。
錆び付いてぼろぼろになった錠前に対して、南は〈開錠〉を試みる。
比較的簡単に錠前が開いた事で、南はローグとしての面目躍如を果たす。
しかし柴が戦斧を使用して檻の側面を破壊、既に美紗と愛音が少女に向かって駆け寄っていた。
「……」
「南くん、この子に治療薬を使っても良い?」
「味方とは限らないから、治療が済んだら檻の外へ出て様子を見よう」
美紗が治療薬を少女の口元に近付け飲ませると顔色が良くなっていくのが、檻の外からでも窺い知る事が出来た。
愛音と美紗が檻から出ると、少女はむくりと立ち上がりすんすんと鼻を鳴らしながら自分の体を確認している。
その違和感に南が気付くと、部屋の隅で腕を組みながら一連の行動を観察していた鎌倉はもたれ掛かっていた壁から背を離す。
少女は周囲の顔をくるりと見渡すと、鎌倉に対して手招きをした。
「……そこの人、こっちに来て」
「鎌倉さん」
少女の不自然な行動に鎌倉はただ押し黙っていたが、愛音が振り向いて懇願すると溜息を吐きながら少女の元へと近付いた。
その瞬間少女は勢いよく走り出し手を伸ばす、鎌倉がその手を捻り持ち上げると口角に薄笑いを浮かべながら、スキルを発動した。
「《肉体強奪》!」
「何!?」
「……《肉体強奪》!」
少女はスキル名を連呼する物の全く効果は現れず、慌てて身構えた南達からは白けた空気が流れた。
少女は涙目になりながらも、その場から逃げ出そうとするが愛音と美紗が左右から羽交い絞めされ簡単に捕まってしまった。
「南くん、肉体強奪ってどんなスキルなの?」
「攻略情報にはないから、ユニークスキルだね」
「言葉通りの意味ならば肉体を乗っ取る妖術といった所か……」
鎌倉がそう言うと少女はぎくりとした様子で項垂れ、死んだ振りでその場を誤魔化す。
愛音と美紗の身長から見ると姉に甘えている妹達にしか見えないが、筋力自体は大人の物と同等である。
単純にこのプレイヤーのレベルが低い物かと南が確認すると、ポップアップには「48454c4c」と文字化けして表示された。
南は距離を取って警戒すると、周囲の仲間達も名前が文字化けしている事に気付き、武器を抜いて周囲を取り囲む。
「サントス、サブ急いでこちらへ来てくれ! またあの敵だ!」
「愛音その女から離れるんだ!」
鎌倉が他の場所へ向かったサントス達を呼び寄せると、南は愛音に離れるように指示を出す。
しかし愛音は少女から離れるどころか前に身を乗り出すと、彼女を庇い立てた。
「き、危害を加えた訳じゃないんだし!」
「体を乗っ取ろうとしたんだよ」
「それなら捕まる必要なんてなかったじゃない?」
「恐らくゴブリンの体に入りたくなかったんだ」
「どうして?」
「この場には大勢の人が居るのに、迷う事無く鎌倉くんを狙ったからね」
プレイヤーにしろ敵であったにしろ迷わず鎌倉を狙ったのは、単純に大人の男であったからか。
それとも実力から判断して彼を選んだのかで、対応が分かれる所だと南は考えた。
前者であればこの少女はこの場に以前から居た事になり、後者であればヘンの迷宮からゴースト状態で、こっそり南達に着いてきていたという話になる。
かといって、この場で殺害してしまうのは選択肢には入らない。
少女の体を乗っ取っているのなら元に戻る方法があると思われたからだ。
「君はその少女の体を乗っ取ったのか?」
「……入る前から虫の息だったがな」
「ヘンの迷宮からボク達の後を付けていたのは、キミか?」
「さぁ、知らないね……」
南がカマを掛けるが、はぐらかされてしまった。
サントスとサブも部屋の内部に入ると、柴達と共に改めて武器を構える。
ただ一人愛音は納得の行かない様子で少女の顔を見ていると、厳しい表情で少女から睨み付けられ涙ぐんだ。
「あなたはプレイヤーなの?」
「プレイヤー? 何だそれは?」
「クソゲークエストのゲーム参加者かと聞いている」
愛音の質問に少女は疑問を疑問で返すと、鎌倉が呆れたように少女へ説明する。
途端少女は拍子抜けな表情になるとその場で固まってしまった。
「は? ゲーム? ここは現実じゃないのか?」
「……どうやらユニークNPCみたいだね。だからプレイヤーを乗っ取れなかったんだ」
「NPCとは何だ?」
少女の口から南に対して矢継ぎ早に質問が飛ぶと、南が腰を据えて少女の疑問に答えていく。
すっかり気の削がれたメンバーはそれぞれ持ち場に戻り帰還への準備を整える。
南の聞いた少女の話の顛末はこうだった。
自らは記憶を失って暗闇の中を漂っていた。
そこに小さな穴が開き一人の男が落ちてくるのを確認すると、仄かな光の差す方へと無意識の内に手を伸ばしていた。
気がついた時には牢屋の中に居て、南達が現れるまでは飲まず食わずの状態だった様だ。
「その時落ちてきたのは魔法使い風の男でした?」
「穴の中は暗闇だから、姿まではわからない」
「他に覚えてる事は?」
「以前、俺は男だったって事だ! 兎に角、他の体を寄越せ!」
「今はダメだよ。この場にNPCは居ないようだし……」
少女への対応を済ませると、南は安心した表情を見せた。
ワーロックが取り込まれたのも、何らかのイベントの一環であると考えたからだ。
やがて一行は帰還準備を終えると、少女を連れてヘンの村への岐路に着いた。
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