ヘンの迷宮4
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村には不釣合いな子供達が忍者の先導によって村へと入っていく、能力値に変化はないのだが、歩幅や腕の長さは確かに変化している。
リーチの差が歴然と現れる故にこうしたゲームでは子供向けゲームでなければ、原則大人の体躯で始めるのが恒例となっている。
鎌倉は振り返るとカルガモの行進のようによちよちと後を付いてくる子供達を見て、弱った様子を見せ歩調を弱めた。
「南殿、本当に呪いは解けないのですか?」
「解呪にかかる費用は現時点では法外なので無理ですね」
教会での解呪費用は掛けられた魔法レベルに乗算して金貨百枚で換算される、この呪術のレベルは三十であったので凡そ金貨三千枚、四人を元に戻すとなると一万二千枚も掛かる計算になる。
それならば無理に解呪するよりは《祝福の光》の効果を持つ魔法具を発見するか、その魔法を持つユーザーに頼み込んだ方が早いと南は考えた。
「はぁ、これから大丈夫なの?」
「能力値自体は元のままだから大丈夫だよ」
泣き言を吐く美紗を慰めるように南が鼻をふんすと鳴らすと、愛音がその仕草に興奮したのか手をわきわきさせながら身構える。
慌てて南は愛音と距離を取ると、先導している鎌倉の元へと避難した。
やがて一行は建て直された冒険者の宿へと辿り着くと鎌倉と店先で別れ、宿の主人であるNPCに向かって話しかける。
「いらっしゃい、一泊金貨二枚になるけど止まっていくかい?」
「はい、一週間ほど……」
「南くん、マイルームを使おうよ」
「そうだね、マイルーム開放もお願い」
南が店主にそう告げると代金を払い部屋へと歩き出す。
宿の内部は割りと小奇麗な木造建築になっており漆喰の壁が打たれ、廊下の先には扉が一つのみというシンプルな構造であった。
小さな宿に何百人もの冒険者が宿泊する事になる為、それぞれの宿泊する部屋へは、転移する形で無数にあるルームの中から選択される事になっている。
そしてマイルームとはIDによって異なったゲーム内でも利用可能なスペースである。
南達は部屋の敷居を跨ぐと、眼前に見慣れた景色が広がった。
美紗と愛音は久々のマイルームに目を輝かせると、辺りを見渡し始める。
「おいでーカタン!」
「ピュイ?」
白いボールのような丸まった物体がもこもこの体毛から顔を出すと、リスのような姿をしたペットが鳴き声を上げると南達の下へ走り出した。
マイルーム内で飼う事の出来る所謂電子ペットと呼ばれる存在で、久しぶりの再開に美紗は興奮した様子でカタンと呼ばれたペットの手触りを楽しんでいる。
南は部屋の中央にある、洋風の別荘には不釣合いな端末へと歩き出すと電源を入れた。
ソファの上に飛び乗る柴は足の届かない事に不機嫌な顔を見せると南へと話しかける。
「南ィ、何やってんだ?」
「クソゲークエストの共有データをみるんだ」
「オレはちょっと休ませて貰うわ……冗談抜きでシンドイ」
カタンを肩に乗せた美紗が何事かを思い出すと、ラップトップ型端末を起動。
現在の体には似合わない眼鏡をかけ論文の校正を始めた。その様子を見ていた愛音も南の元へと走りより、三次元空間上に映し出されるタブをドラッグする。
それを見ていた柴は呆れた様子でソファに寝転ぶと、目を閉じて眠りについた。
「美紗はまだ研究を続けてるの?」
「うん、時間は腐るほどあるからね。オメガ使うなら序にと思って……」
ゲーム内の身体的技能を現実に持ち帰ることは不可能だが、知識を持ち帰ることは可能である。
現代では一桁歳で博士号取得等も当たり前の世界となっていた。
かくいう南や愛音も複数の資格をゲーム内で所得しており。
ワークゲームを区画単位で任されているのも、その高い知能の成せる業であった。
「ボク達がいるのは、北東部みたいだね」
「プレイヤーが四ヵ所に分断されているのはどうしてなんだろ?」
「多分、ウォーゲームの要素もあるんじゃないかな?」
クソゲークエストで用意されている会戦に関するシステムは必要最低限の物が揃えられた簡易的な物だが、本格的な物ともなれば現実の軍隊が訓練としてシミュレーションを取り扱うほどの高度な仕様となっている。
このゲーム内では北西に山岳、南西に砂漠、南東に海洋、北東に森林が広がっており、産出される資源に予め大きな偏りが発生するように設定されている。
結果としてNPCやプレイヤー同士の外交や戦争の切欠となるのだ。
「ジェイルさん達は地下三階の制圧も終えたみたいだね」
「明日はどうする、南くん?」
「迷惑かもしれないけど、本隊の方に混ぜて貰おう。魔法支援だけでも力になれるし」
明日の方針を決め南が奥の部屋にある真っ白な寝台の上に寝そべると、愛音も同じベッドの上に飛び乗る。
南が慌てて上体を起こすと二人は寝台の上で子犬のように戯れ、やがて寝息を立てて眠りについた。
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