南の日常
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部屋の中で一人の男がRTSゲームをプレイしている。しかしこれは彼にとっては遊びではなかった。
彼の居住している惑星グリーゼ832cに実在する、遠隔操作プラントをワークゲームと呼ばれるゲームソフトで管理しているのだ。
とはいえこの手のソフトには最適化されたワークフローが入力されているのでやる事は少ない。
何故なら人間の手が入るとヒューマンエラーを起こしてしまうので、余計に生産効率が悪くなるからだ。
簡単に言えば彼のお仕事は“皆様の笑顔を見守る”ようなお仕事であった。
六畳一間のアパートに一脚の卓袱台。その上にはガスコンロが載せられている。
部屋は意外に整理整頓されており、家主の性格を如実に現していたが、山と積まれた積みゲーが男の業の深さを示していた。
唐突に男のPCに直接回線が繋がると、男は手を休めることなく通話口の相手と会話を始める。
「はい、南です」
「あっ、やっと繋がったぁ! 南元気してた?」
「愛音か? 御免、俺今仕事中」
「ワークゲーム? 管轄はどこ?」
南はタブレットを置く為に利用していた棚を引き出しを開けると、冊子を取り出し管轄地区のIDを確認する。
「DG-114Eだよ」
「そうなんだぁ! 私DG-114Dなんだけど水余ってる?」
「あぁ。余ってるから、利水権回す。それで何の用事?」
「仕事が終わってから、お昼頃MMOやらない」
「MMOはいいよ、俺終わらないゲームって嫌いだから」
南は興味無さげに返答すると、山のように積んであるゲームのパッケージを横目で眺めた。
ここに積んであるゲームの内に所謂ネットゲームと呼ばれる物は一つも入ってない。
何故なら彼は産まれながらのクソゲー愛好家であり、理不尽な難易度でなくては満足できない脳細胞と化していたからだ。
時間を掛ければ誰にでもクリアできるよう作られた、MMORPG等は彼の最も毛嫌いするジャンルの一つであった。
「クソゲークエストのROMが手に入ったんだけど……」
「本当か!!」
「本当、本当」
クソゲークエスト――それはゲーム業界に彗星の如く表れ、大気圏で一瞬に燃え尽きた伝説のクソゲーである。
ゲームランキングでは何千万本と存在するタイトルの中で最下位を独走し、そもそも面白い面白くない以前に存在その物を誰も知らないと言われる始末。
そのゲームをプレイした事のなかった南にとって、クソゲースレイヤーとしての誇りを著しく傷付けられたゲームソフトでもあった。
MMOだからと避けていた事が裏目になり、購入しようと手を伸ばした時には製作企業は倒産、ソフトは絶版となっていたのだ。
「累計発売本数 集計不能のソフトをよく手に入れたな」
「砂漠を掘り返したら、不法投棄された大量のROMが発掘されたんだぁ」
「E.T.かよ……」
「柴君と美紗も呼ぶから絶対に来てよ。一秒でも遅れると会えなくなるから」
「分かった。今からワゴンを呼んで出るよ」
ワークゲームをAI設定すると、身支度を整え玄関先へと向かう。
安っぽいスニーカーを履き、玄関を開けるとアパートの廊下へと歩き出した。
小気味良い金属音を立てて階段のステップを踏んで降りると、自動運転車へと乗り込んだ。
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簾戸市はグリーゼ832cの日本人居住区の中の一つである。人口十万人以下の小さい街でインフラ整備も遅々として進んでおらず。
家屋も道なりに転々と佇んでいる、言ってみればよくある日本の田舎の田園風景と変わる事はない。
南は自動運転車の窓に映る自分の髪型を手櫛で直すと、街の中央に存在する簾戸ゲームセンターへと辿り着いた。
ドアを開け地面に降り立つと、玄関口で駄弁っている二人の少女の姿が見えた。
地平線の見える道路の向こう側からも、柴の運転するスーパーカブの姿も見える。
化石燃料は現代では使い道がなく有り余っているので、現代人のお財布に優しい乗り物となっている。
「南ィ、何か悪いな。愛音とのデート邪魔しちゃったみたいで……」
「そういうお前は美紗目当てで来てるんだろ?」
「ちょッ!? 聞こえるだろうがッ!」
「意趣返しだよ」
南はそういうなり口元を吊り上げると、柴は口にチャックをするジェスチャーをしながら待ち人の下へと歩き出した。
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