転生チート主人公に惜しみなく愛を
うるさいババアの小言を聞き流し、コンビニにエロ本を買いに行った帰りのこと。
レジの女の子は高校生くらいでマジ可愛いかったんだが、そんな彼女に差し出したのは、おっぱい丸出しな表紙の成年向け雑誌。
二次元最高。
リアルなんてクソだ。いや、優しくされたらコロって落ちる自信はあるけどな。
俺はチョロいぞ。
目を見つめて笑いかけられたら惚れるぞ。
笑顔で接客してくれるかと思いきや、向けられたのは冷たく蔑むような視線だけ。
うひひ、ご褒美です。
乾いたありがとうございましたー、の声を背中に聞きつつ、コンビニを出てちょっと先、青信号の横断歩道まで進んだところ、俺の目の前には小学校低学年と思しき少年少女がひとりずつ。
イヤな予感がした。
あー。これはアレだろ。間違いなくアレだ。
ほら見ろ。
あっちから居眠り運転手の大型トラックが突っ込んできてる。
ガキどもはまったく気づいた様子もなく、きゃっきゃと騒ぎながら向こう側へと歩き出す。
そこであぶない!と叫んだ馬鹿がいた。
もちろん俺じゃない。女の声だ。ガキどもはえっ、と驚いて立ち止まった。俺にはそれが予想できたってわけだ。普通に歩いてればそのまま安全地帯まで辿り着けてたんだろうが、立ち止まって振り返ってでかいトラックを見つけたガキ二人は足が竦んだみたいにそのまま動かなくなった。
叫んだ馬鹿女はきゃーとかぎゃーとか悲鳴を上げるだけだ。クソ。本物の馬鹿じゃねーか。
大型トラックはスピードを上げた。居眠りしてる上に、アクセル踏んだままらしい。マジ死ね。氏ねじゃなくて死ね。
俺はエロ本入りのビニール袋を放り投げ、走ってガキ二人を突き飛ばした。
最初から動くか、あるいはデブで運動不足じゃなかったら、ギリギリ間にあったのかもな。
ああ、安心しろ。ガキ二人は助かったはずだ。
間に合わなかったのは俺だけ。
突き飛ばして足がもつれた俺はそのままトラックに踏みつぶされて足とか背中とか頭をぐしゃりぶちぶちぶちあばばばばばば。
ミ☆
真っ白な空間で、超可愛い美少女が現れて神様だと名乗った。
聞けば俺はあんな場面で死ぬ予定ではなかったらしい。
「だいたい想像ついてるみたいだし話の内容は省略して良い?」
「そっすね」
テンプレありーっす。ちょりーっす。
色々考えていたら、俺の心の中を読まれていたらしい。
つまり、あんなこと考えたりこんな妄想してることまで知られて――
「やだなー。内心の自由は人間の作った憲法では保障されてるけどボクみたいな神はそんなもの関係ないから気をつけてね? 不興を買ったらどうなるか分かるでしょ?」
マジ怖い。貴方が神か。
「神だけど」
神は言った。
「よーし、じゃあ手っ取り早く異世界に転生させてあげるよ。どんなチートが欲しいの?」
「マジっすか」
「まじまじ。言ってご覧。内容次第だけど、だいたい希望を叶えてあげるよ。面白いものだったら別にオマケの特典もつけちゃう」
「じゃあ――」
なろう小説にありがちな悪趣味な神様の遊びに巻き込まれたのかもしれない。
だが、心の中まで覗かれていれば、どんな狡いことを考えても無駄だろう。
「はっはっは。いいよ。じゃあ特典も付けとくから……次の世界でも頑張ってね」
「はいっ、頑張ります!」
「うんうん、行ってらっしゃい。ちゃんと幸せになるんだよー」
そして俺は異世界に転生し、もらった能力を存分に使って美少女を助けてハーレムを作ったり俺TUEEEして新しい人生を生きてゆくのだった。
完
ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ☆ミ
「よう」
「やあ」
「今日の仕事もう終わった? じゃあ飲みに行こ。良い店見つけたんだー」
「あー。待って待って。あと書類だけ」
「いいじゃん明日で。それともなに、面倒なパターンの子?」
「いや、ごく普通の子だったよ。ただねー……」
「ああ……またなんだ?」
「そ。こっちも仕事だからさ、割り切ってやってるんだけど……ねえ」
「サービス業みたいなもんだしね。慣れるまではキツイよなー」
「そうそう。子供だから仕方ないんだけど」
「……自己否定になっちゃうけどさ、これって本当に必要なのかねえ」
「キツイよね」
「……こないださ、きっちり終わらせた子がいたよ」
「っ! すごいね」
「その子のことを見てて思ったんだけど、やっぱり根本的な部分に――」
「それ以上は……。あっちの方批判になるし、万が一聞かれたら」
「ごめん」
「こっちこそごめん。愚痴っちゃったし、今日はおごるよ。安い店なんでしょ?」
「あー、うん。お願い。でも次は任せて」
ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ☆ミ
放課後の教室、夕暮れの空を眺めながら彼が呟く。
そもさん。
彼女がそれに声を重ねる。
説破。
「転生、か」
「どしたのそんな窓際で切なげな顔して黄昏れちゃって。しかもそんな中二病っぽい言葉を呟いちゃうなんて、熱でもあるのかにゃー?」
「中二病?」
「そう! それは中二病……古き時代に封印されし魔王の魂が力を取り戻すため現世にてか弱き人間へと転生を果たし、ついに蘇るのだ-! あははー!」
「ふむ、それも転生か」
「違うの? じゃあどんな転生なのさ」
「イメージ的には仏教の輪廻かね」
「……まあ、宗教もある意味中二病と密接に繋がってるけど」
「いや、中二病は関係無くてな……いや、あるのか?」
「まず最初から話してみんさい。話の流れが分からんことには判断のしようがないにゃ」
彼は教室で話題になっていた小説についての話をした。
彼女はそっちかー、と呟いて天を仰いだ。
「転生チートもの、ってやつだね、そりゃ」
「意味が分からん」
「えーと、……ネット小説とか読まないタイプ?」
「ああ」
「……硬い。硬すぎるよ! では私が教えてしんぜよう! 無知なるアダムに知恵の実を与えた、悪しきヘビのように!」
「これが中二病か。理解した」
「どしてそこだけちゃんと把握するかなーもー」
「ちなみにヘビに嗾されて知恵の木の実を食したのはイヴの方だ。アダムはイヴに薦められてそれに続いたに過ぎん」
「どっちでもいいよ」
「かもしれん」
彼女はざっくりと転生チート主人公についての概要を語った。
テンプレと呼ばれる流れについても知識を惜しみなく披露した。
「なるほど」
「分かっちゃったんだ」
「いや、君がヘビになぞらえた理由を理解した。……ひとたび死に、新しい身体を得るといっても、記憶を保持したままなのだろう。それはむしろキリスト教的な意味での再生や新生、そして復活と呼ぶべきものだ。いや、そんな奇跡が起きる……神によって起こされたとすれば、まさしくキリストの再来なのではなかろうか」
彼は真顔であった。
彼女は眉間に皺を寄せて、うへえ、とうめいた。
「いや、いやいやいや、いやいやいやいや! そんなもん意識してないって絶対! そもそも大事なものを背負ってないから!」
「しかし」
「もっと軽い話だって! ほら、アニメとか漫画とかゲームとか、フィクションの世界ではよくあるでしょ? 一度倒れて死んだけど、なんやかんやで生き返って再出発する話!」
「……それは死んでなかっただけだ。くわえて、聖書こそ世界最大のフィクションとも言える」
「う」
「死は、断絶だ。人間である限り逃れ得ぬ、決定的な、絶対的な終わりを指して死と呼ぶのだ。もちろんゲームや漫画にその手の表現が多いことは承知しているが、記憶と意識において自己の連続性が保持されるなら、やはりそれは死んだのではなく、死にかけたと表現すべきだ」
「だからフィクションなんだって! 真面目に考えたらツッコミどころなんで山ほど出るから、そういうものとして処理しないといけないの! そういうルールなの! お分かり!?」
彼は肩をすくめた。
彼女は声を荒らげ肩で息をして、それから近くの机に腰掛けた。
「というかそもそもなにを不思議がってたの?」
「ああ、うむ。話を聞いて再度その思いを強くしたのだが――君の言う、そして彼らの言うところのチート転生とやらは、六道輪廻の一種なのではないかと。……そんなものを有り難がるのは何故だろう、とな」
「りくどーりんね?」
「輪廻転生の概要は知っているか」
「えーと、人間が死んだら、幽霊だか魂だかになって別の人間として生まれ変わる、みたいな?」
「宗教によって様々だが、死後の世界があるとの立場に立てば、だいたいその理解で良いだろう。六道とは天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つを指す。字面でなんとなく分かるだろう?」
「まあ多少は」
「行いによっては動物や虫に生まれ変わることもあるし、悪事を重ねれば地獄に落ちて責め苦を負い、善行を重ねれば天に行き着くが、実はこれもまだ輪廻の内だ。仏陀のように悟りを開くことで輪廻から開放され、この流れの外側――涅槃、いわゆる極楽に辿り着くことでアガリとなる。まあ、凄まじく雑な上間違いだらけの説明だし、本質的にはまるで異なるがな」
彼女が首をかしげた。
「あ、待って。さっき『死後の世界があるとの立場に立てば』って前提入れてたね。それはどうしてかにゃ?」
「死後の世界が無いとの立場にたてば、この六つは心のありようを指すからだ。天のごとき心の状態にあるか、地獄のような心の状態にあるか。人間として在れるか、修羅に落ちるか、畜生や餓鬼となるか。ただ、どちらでも目指すべき道は変わらん。心であれば今がどうであるかで、死後であればいつとも知れぬ先のこと。しかし、今を生きる者にとっては、どちらであっても辿り着く結論は同じになる――」
彼女は沈みつつある夕陽に目を向けて、静かに言った。
「転生チート主人公になるってことは、人間道以外のどれかにはまり込んじゃうのと同じと」
「うむ。あるいは外道、すなわち天狗と化すだけだ。力を欲し、傲慢ゆえに道を外れたるもの。修験者のなりをしながら驕慢ゆえに他者に教えたがり、自らと同じ魔道へと誘うその在り方」
「ん……戦いを繰り返せば修羅、色に溺れれば畜生、何もかも求め続ければ餓鬼?」
「あるいは異世界とは地獄の別名なのか」
「え?」
「地獄には種類があるが、そのすべてで『死んでも再生して何度でも責め苦が繰り返される』ことは共通している。チート能力の獲得とは、案外、新たな責め苦の一種かもしれんな」
嘆息し、彼は頷いた。
「……すまんな。暗くなるまで付き合わせてしまった」
「いいんだけどさー。そんな拘ること?」
「不憫に思ったのだ」
「その心は」
「……今に満足している者、死に面して後悔せぬ者が、転生なぞ喜ぶはずがない」
「そっか、これで十分って思ったら、それこそお話にならないもんね」
「そして死後の世界ではなく、心のありようだとすれば」
「何も変わらない……どころか、より業を重ねるだけ、と」
「――足らなかったのであろうさ」
「何が?」
「さてな……」
わずかなあいだ黙祷し、彼は立ち上がった。
二人は仲睦まじく一緒に教室から出て、手を繋いだまま帰路へと着いた。
暗さを増してゆく空の下、同じ速度で歩く二人は、それはそれは満たされて見えた。
ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ミ☆ ☆ミ
騒がしい店内、炙ったイカをかじりながら、お酒のグラス傾ける。
すると、電話が突然かかってきた。声を潜める。
「ありゃりゃ、あの子、またですか。はい、はい。ええ。仕方ありませんね。ではこっちで処理することにしますので。あ、はい。ご連絡ありがとうございました。お手数おかけしました。ええ、お疲れさまでした。では失礼しまーす!」
「……もしかして、アレ?」
「アレ。まただよもー。いや、仕方ないってのは分かるんだけどさ」
「いいよもう。気にせず次に期待しましょ」
「あーあーあー……まーた査定がぁ……やだもう。泣きそう」
「泣くなよー。いいから飲もう。飲んで忘れよう。ね!」
空になったグラスを振りながら、店員を呼んだ。
「そっちは上司が優しくていいなー」
「変わる?」
「それはイヤ。いくら優しくても遠慮しとく」
「だよねえ」
「わたしたちってなんなんだろうね。まー、どうでもいいかーそんなこと」
「そうだねえ。……一応、必要だからいると思いたいけどね」
ツマミを再度頼んだ。空の皿が回収される。
酒量を増やしながら、夜は更けてゆく。
眠りこけた同業者の髪を撫でつけ、指で梳きながらそっと囁く。
「彼らもわたしらも、この物語も何もかも、いったい誰のためにあるのやら」
「……すぴー」
「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し、ね」