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ホクロ

作者: ありさん

本文

 梅津さやかのコンプレックスは、彼女から向かって左眉上のこめかみにある砂粒ほどの小さなホクロ。彼女は、素肌が自慢で、特に顔の美白には人一倍気を使っていた。そのほんの小さな砂粒ほどのホクロが彼女を悩ませている。


「これさえなければ…。」


彼女は、鏡にそっとそう静かに呟いた。


 彼女は、容姿端麗で性格も良く欠点などなさそうに見える。そして、彼女自身もそんな自分に満足していた。たった一つのコンプレックスのこめかみのホクロ以外には。


 そんなある日。


 カフェで、さやかが一人でお茶をしていると、テーブルに何気なく置いていたケイタイが床に落ち、結構派手な音がした。

 

 さやかは、ケイタイをすぐに拾おうとしたが、その派手な音にビックリしてとっさに身動きが取れなかった。彼女がやっとケイタイに手が触れようとした瞬間、先に触れた手があった。老紳士の深く皺が刻み込まれた手だった。その手が先にケイタイに触れ、それを拾い上げた。


「ありがとうございます。」


さやかは礼を言った。


「どういたしまして。」


その老紳士は、穏やかな声でそうゆっくりと返した。と、その瞬間、老紳士が赤面した。さやかは、『えっ、この老紳士にまで、私のホクロが見えるのかしら。でも、どうして赤面するのかしら。』と思った。


「あの…。」


老紳士が、か細い声でさやかに話し掛けると続けて、


「鼻の下あたりに…。」


と言って、その後が続けられないようでいた。


 さやかは、手にしていた鏡式のふたのケイタイに映った自分の鼻の下部分に確かな"毛"を見た。


 彼女は、居ても立ってもいられなくなり、


「失礼します。」


と席を立ち、化粧室へ一目散に向かった。


 さやかは、トイレの洋式に座り込みゲンナリしていた。


「私としたことが…。」


それから、しばらくして息を整えた彼女は席に戻ろうとしたが、あの老紳士はいないかしらと不安になった。しかし、店の構造上、店内を出るにも老紳士の横を通らなければいけなかった。


「仕方ないか。」


 さやかは、勇を起こして店の外に出ることにした。が、店内を少し覗いてみると、老紳士の姿は既になかった。


「ほっ。」


さやかは、胸をなでおろした。


 店を出たさやかが、その店と違う方向へ向きを変えたその瞬間、彼女は凍りついた。何と、さっきの老紳士と目があったのだった。


 しかし、老紳士はにっこり微笑んで、


「私とデートしていただけませんか?」


と、さやかにそう突拍子もなく言った。


彼女は、すぐにその言葉の意味を呑込めなった。


その後、老紳士はちょいといけなかったなといった感じで、


「いやいや、お茶をしなおしませんか?」


と言い直した。


 さやかは、一瞬考えたが、さっきの"事件"を少しの間でも忘れられたのか、開き直って、


「はい。」とその誘いに承諾した。


「私のお気に入りの"キャフェ"がもう少し先にあるんですよ。」


思わず、さやかは吹き出してしまった。


 老紳士は不思議そうにしていたが、さやかの「連れて行って下さい。」の一言で二人は歩き出した。


 そこは、日当たりのいい大変感じの良い喫茶店だった。


「よく私にね、注意してくれたんですよ、妻がね。」


老紳士が話し始めた。


「また、出てますよって。」


さやかが、ドキッとしてまた赤くなった。


「ごめんなさい。さっきのこと思い出させるようなこと言って。でもね、あなたのおかげで思い出せたんですよ、妻のことを。」


さやかは黙って聞いていた。


「妻は、あなたのように美人でもなく、その上わがままで、私をよく困らせていました。」


「糖尿病なのに、甘いものに目がなくて。まあ、だからそんな病気だったんですけど。あれ欲しいこれ欲しいとおねだりも多くて。」


さやかは、そう和みながら遠くに視界を向け目を細めて話す老紳士に癒される思いがした。しかし、同時に『どうしてだろう。』という疑問も湧いた。奥様にはあまりいいところがないようにお話しされているのに、なぜ、こんなに私の気持ちは、今穏やかなんだろうと不思議だった。


「でもね。結局許せちゃったんですよね。一緒にいてどんなに彼女に腹の立たされる一日であろうとも、彼女は、一日の終いに"ありがとう"って必ず私に言ってくれたんです。どんな声色であっても、彼女がいっぱいいっぱいの気持ちで言ってくれていたのがこっちにも伝わってきて。決して、何かを演じているような言い方じゃなかったんです。」


老紳士は、そこで一息ついて頼んだコーヒーを口にした。


さやかは、そこで気にしているホクロのことを話してみようと突然思った。


話を聞き終えた老紳士は、


「確かに、あなたにとっては大きな問題なんでしょう。しかし、私がここであなたに"そんなことぐらいで悩まないで"と言っても、あなたの思いはそう簡単に変わらないでしょう。」


それを聞いたさやかは間髪入れず、


「でも、どうしてこんなに気になってしまうんでしょう。」


と、真剣な眼差しで聞いた。


「どうしてったっていいじゃないですか。」


老紳士はさわやかに言った。


「えっ?」


さやかは面喰らった。


「気になるんでしょう、そのホクロ。」


「ええ。」


「気になるってことは、実は好きなんですよ。そのホクロが、あなたは。」


「はあ。」


「好きなものほど気になるんですよ。そのあなたのこめかみのホクロ、話すたびに小さく揺れてかわいいですよ。」


と言って、老紳士はにっこりした。


そこで、さやかは思わずこう口が言っていた。


「きっと奥様も、私のホクロのようにかわいらしかったんでしょうね。」


そう言った後で、彼女ははっとした。


「失礼でしたらすみません、今、言ったこと。」


さやかは、すぐに謝ったが、


「いいええ。妻は確かにあなたのホクロのようにかわいかった。」


老紳士は笑っていた。瞳の奥は感慨深げだった。


さやかは、そんな老紳士を笑顔で見守っていた。


それから、二人は他愛ない会話をした。


日が暮れてきた。


「そろそろ出ましょうか。」


老紳士がさやかを促した。


「今日は厄日かと思いましたけど、おかげで楽しかったです。ありがとうございました。また、ここのキャフェに誘って下さいます?」


「はい。ぜひとも。」


 そうして、笑顔の二人は、夕暮れ時のオレンジ色の夕日に溶け込むように街中に消えて行った。

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