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水田くん

「なあ、原」

びっくりした。水田くんだ。

「何」

「放課後、図書委員、二組に集合らしいぜ」

「知ってる」

「筆記用具がいるってさ」

「わかってるよ」

なんで、そんなこと水田くんが言ってくるの。先生の話はあたしのがよく聞いてるよ。変なの。


「今週、土曜日、ラーメン食いに行こうぜ」

小さい声でぼそりと言った。

「は?」


え、あたしとラーメン食べに行くために話しかけてきたの。意味わかんない。普段無口なふりして、話しかけてきたと思えば、いきなりラーメンだなんて。

あっ、これってもしかして。


「デートの誘い方、間違ってんじゃないの?」

「は、誰がデートって言ったよ。別にラーメンじゃなくてもいいんだぜ。とにかく、土曜11時、そうだな、駅南のマック前で。絶対来いよ」


**


土曜日、11時半。

水田くんはまだ来ない。帰りたかったけど、あたしは水田くんのアドレスも番号も知らない。いや、別に連絡なしで先に帰っても良かったんだけど、どうして、水田くんがあたしを呼び出したのかが気になった。

あーあ、この待ち時間をどうやって埋め合わせしてもらおうか。それに、ラーメン、まずかったら、ほんとに知らないから。



**


「遅れた、悪い」


体が冷えきった上に、お腹もすいてきて、いい加減帰ろうと思っていたころ、水田くんは来た。


「今日誘ったのも、11時って言ったのも、誰だと思ってるの」

「だから、悪かったって」

「ねえ、何か話があるんでしょ」

「まあ、とにかく、どこか入ろう。マックでいいか?」

「あれ、ラーメンじゃなくていいの」

「じゃあ、原、ラーメンがいいの?」

「別に。もう、好きにしなよ」

「じゃあ、ラーメンな」


やったね!あたしは、心の中でそっと、ガッツポーズをした。実は、ラーメンが大好きなのだ。だけど、大好物はラーメン!だなんて、恥ずかしくて言えない。微妙だけれど、あたしの女の子としてのプライド。だって、ラーメンよりパスタやグラタンって言う方が、可愛いでしょ。




水田くんが連れていってくれた店のラーメンは、あたし好みの細めでまっすぐの麺と、濃厚かつ後味あっさりのスープで、なかなかおいしかった。



「原って、毎日楽しい?」


唐突すぎて、びっくりした。追加で注文したゴマ団子をあまり噛まないうちに飲み込んでしまったから、少し苦しくなった。

楽しい?どうだろう。でも、楽しく見えてなくちゃいけない。


「なんで?楽しいよ」

「原みたいなやつでも楽しいんだ」


何、それ。砲丸投げの砲丸が胸にどしりと落ちてきた気分だ。何、あたしみたいなやつは、楽しく見えないの。


「ずいぶんと失礼で、きついこと言うのね。」

「まあ、別にどうでもいいんだけどさ。でも、原、いつも何かを恐れてる」

じゃあ、なんで聞いたの。それに、恐れてるって、そんなにあたし、楽しそうに見えない?

あたし、けっこう頑張ってるのになあ。まだ足りないみたいだ。みんな、どうしているんだろう。あたしは、ちゃんとみんなと一緒に遊びに行ったりしてるよ。それでも、あたしはやっぱり浮いているの。

いや、ほんとはわかっている。自分がいなくても、教室は少しも変わらないこと。茉里や由香は、あたしよりもえっこちゃんの方が大事なこと。ファッションやアイドルに疎いあたしが、常に流行最先端の彼女たちと一緒にいるのは無理があること。そして、3人ともあたしを下に見ていること。



いじめられているわけじゃない。独りなわけじゃない。


ただ、自分が消える。必死に彼女たちについていこうとしてるのに、すり抜ける。だけど、ずっと独りは、友達のいない“かわいそうなやつ”として分類されそうだから、嫌。うわべだけの関係なんて、ないほうが楽だってこと、わかっているのに、なんで振りきれないんだろう。


水田くんの言う、あたしが恐れているものもわかってる。孤独だ。



休み時間、お弁当、移動教室、あらゆる学校行事…

どんなに些細な行動でも、独りの瞬間は、拷問である。どこを向けばいいか、何を見ればいいか、どんな顔をすればいいか。見かけはどう見えてるかは分からないけど、中身はまるでおびえた小動物。


ああ、やだな。

「そろそろ出ようぜ」

水田くんは残りの水を飲み干して立ち上がった。全く今日は何しに来たんだろう。あたしには、水田くんがわからない。


**


店を出ると、冷たい風がすっと身体の表面をなでた。


「ねえ、水田くんは?水田くんは楽しいの?」

絶対聞こえているくせに、水田くんはそのまますたすた歩いて、何も答えなかった。ずるい。


「水田くん、ほんとはあたしとおんなじなんだよね?だから、」

「全然ちがう」


だから、今日あたしに近づいたんでしょ。


「おれ、もっと原を知ってる」

「そんなわけないじゃん」


そんなわけない。ふざけないでよ。そんな簡単に知ってるなんて言わないで。


「あたし、そんな単細胞生物じゃないから」


あたしを知る人間なんてあたししかいないの。自分でもわからないことは多いのに、ましてや人に理解できるものか。

けど、けど、ちょっとだけ期待もしてしまった。水田くんだけはすべてとはいかなくてもあたしのことを見てくれていたのかもしれない。あたしなんて誰も気にかけてないと思っていたけど、意外なところにそんな神様みたいな人がいたりして。


今まで何の関わりもなかった水田くんだけど、ドラマや漫画の世界ならこういう人があたしの王子さまになったりするんだろうな。


主人公の気づかないうちに王子さまは主人公をずっと見ていて、一番困ったときにすっと手をさしのべる。助けられた主人公は王子さまの心優しい性格に惹かれ、お互いかけがえのない存在となりハッピーエンド。

まあ、でも、水田くんが王子さまなんて似合わないし、そんな甘いおはなしはあるわけないんだけど。




「おれ、塾だから帰るな」

いろいろうだうだ考えていたから、びっくりした。けっこうな時間、沈黙だったのか。


「へ?勝手すぎるよ」

「何でもいいけど、帰らなきゃいけないことには変わりないから」


ぴしゃり。くそう。


「あっ、そう。じゃ、さよなら」



なんて変な休日だったんだろう。あ、あたしも早く帰って課題しなきゃ。明日、お菓子を作るから今日のうちにやっておかないと。



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