ギルドに着きました
石畳で舗装された道を歩くこと十五分。
引きずられるように歩いてきた二人は、それでも仕方ないというような苦笑を浮かべていた。
「はい。止まって。右斜め前にあるのが冒険者ギルドだよ」
その声に、ユフィはぴたりと立ち止まると、マキアスが指した建物を見上げる。
それは一際大きな、石造りのしっかりとした二階建てで、剣と杖が交差した図柄が看板となった頑丈そうなものだった。
「ほえー。ギルドって他の建物と違うんだねー」
ユフィが感嘆の声を上げれば、マキアスは微笑ましそうに説明する。
「そりゃあね。もし町に何かあれば、冒険者ギルドは防衛拠点にもなるからね」
強大な魔獣の来襲や、戦が起こったとき、騎士や兵士は勿論のこと、冒険者も緊急依頼として召集される。
そのとき、冒険者たちの拠点として揺らいではならないのが冒険者ギルドである。
医療品は勿論のこと、兵糧や飲み水も常に充分と思われる量が保管してあり、様々な攻撃にも耐えられるよう作られたのが、冒険者ギルドの建物である。
「まあ、魔獣が町にくることはほとんどないし、戦も防衛戦でしか強制されることはないけどね」
「戦なんてあるの?」
「そんな頻繁にはねぇよ。この町が戦場になったのは俺が生まれる前だしな。さ、とっとと入るぞ」
ぐいと腕を引かれ、ユフィはこけそうになりながらレグルスについていく。
それに笑いながらマキアスも続く。
頑丈そうな鉄の扉の中は、意外にもそう広くはなかった。
扉の隣には壁一面の掲示板があり、五つの区画に分けられて、それぞれに色々な紙が貼ってある。
奥にはカウンターがあり、五つの受付がある。その隣に二階へ続くのだろう階段が見える。しかし、今受付にいるのは二人だけだった。
中には人もおらず閑散としている。
受付にいる女性二人はすぐに三人に気付き、少し年嵩に見える方が声を掛けてきた。
「お疲れさん。そのお嬢さんは依頼人かい?」
女性は栗色の髪と緑の瞳の、少し気が強そうに見えるつり目の、美人と言える顔立ちだ。
隣の女性は琥珀色の髪と薄い緑の瞳で、その優しそうな顔に笑顔を浮かべ、ユフィを見ている。
「いや、俺らの命の恩人で、冒険者登録しに来た。ギルマスがいるなら呼んでくれ」
「は?」
レグルスの言葉に、女性は怪訝な顔をする。
「驚くのも無理ないけど、今回亜竜に出くわしてね、彼女がいなかったら死んでたよ。彼女、下手したらプラチナランクでもおかしくない程の実力者だよ」
「はーい。ユーフィリアです。全属性上級精霊の加護持ちで、今まで深海の森に住んでましたー」
マキアスがフォローすれば、ユフィは笑顔で手を上げながら自己召喚する。
「馬鹿な!深海の森に人が住めるわけがっ!!」
女性は声を荒げる。しかし、二人は落ち着いた様子で、ユフィは平然と「住めるよー」と主張する。
「嬢ちゃんは一撃で亜竜を仕留める実力者な上、治癒魔法は上級神官並かそれ以上だ」
「現に俺たちは亜竜に襲われて、無事にここにいる。それが証明っしょ。レグルスなんか腕が炭化してたし」
マキアスはレグルスの腕を指して、焦げた服の跡を指摘し、荷袋をカウンターに置いて牙を取り出す。
「とりあえずギルマスじゃねぇと話になんねぇから呼んでくれ」
そうレグルスが顎をしゃくると、もう一人の女性が席を立った。
「ギルマスってギルドマスター?」
くいっとユフィがマキアスの袖を引いて尋ねる。
「そ。ユフィちゃんは特殊だからね、ギルマスにでも話通しとかないと」
「ちょっと待て!そんな幼子が亜竜を倒せるわけが…!」
取り乱すように立ち上がった女性に、レグルスは鋭い視線を向けると、ユフィの頭をひとつ撫でる。
「俺が嘘の報告をすると思うのか?」
「レシアも落ち着いて。受付なんてやってたら、今までだって常識外のこともあったっしょ?今回もそのひとつだよ」
苦笑するマキアスの隣で「嘘じゃないよー」と主張するユフィ。
それに顔を歪めるレシア。
その雰囲気を壊すように先程の女性が戻ってきた。
その後には、大柄な老人が立っている。
「レグルスにマキアスか。とんでもない娘を連れて来たとメルが言うておったが、もしやその嬢ちゃんかね?」
その老人はゆっくりとした足取りに見えるのにも関わらず、一瞬でユフィの前に来た。
「はい。冒険者志望のユーフィリアです。成人はとっくに過ぎてますし、そこらの魔獣に負けることはない程度には鍛えてあります」
実際にはユフィが倒せないような魔獣はほぼ存在しない。しかし、それを正直に言うことは二人に止められているので、ちょっと控え目に表現している。
「ふむ。嬢ちゃんはただの人間ではあるまい?何故冒険者になろうなどと思った?」
問いかける老人の表情は柔らかいが、その目はどこまでもユフィを観察している。
「世界が見たいからです。後、ひとつやりたいことがありますが、それについては個人的なことですので」
ユフィもその視線に気付き正直に答える。
しかし、人間ではないというのは否定も肯定もしなかった。
人間だと主張するのは簡単であるが、この老人にそれを主張するには家族のことを隠せないと判断したためである。
「ふむ。世界を見るか。嬢ちゃんの目にはどう映るのか興味深いところじゃな。まあ、わかった。では、試験を与えるとするかの」
老人は目の力をふっと弱めると、ユフィの前に下がみこんだ。
「試験…ですか?」
急に変わった雰囲気に、ユフィは少し戸惑いを浮かべる。
「そうじゃの。魔獣を数匹ばかり狩ってきてくれれば良い」
ぽんぽんとユフィの頭を軽く撫でるその姿は、まるで孫を見るように優しい。
「お言葉ですが、既に彼女は亜竜を討伐しております。それではいけないのでしょうか?」
そこにマキアスが声をかけるが、老人はふぅと溜め息をひとつ吐くと、出来の悪い子供を見るようにマキアスに視線を向ける。
「わかっておらんの。確かに嬢ちゃんならば亜竜くらい狩れるじゃろう。じゃが、それを嬢ちゃんが為したということを疑う者はいくらでもおろう。マキアス、それにレグルス。お主らがゴールドランクに近いと噂されておることくらい己で知っておるじゃろう?そのお主らと行動を共にしてきた時点で、嬢ちゃんの実力と思わぬのが大多数であろうよ」
その言葉に二人は苦々しい顔になる。
「だからって嬢ちゃんが仕留めたことに変わりねぇだろうが」
「そうですよ。そもそも俺たちに亜竜を仕留める力はありません。…逃げ出すことさえ敵わなかったんですから」
そんな二人に「若いのぅ」と呟いて、好ましいものを見るように目を細め、改めてユフィの顔に視線を向けて問う。
「嬢ちゃんはどうかね?今の話を聞いて、どう思う?」
二人を見て少し気遣うようにしていたユフィは、老人の視線を真っ直ぐ受け止め微笑う。
「魔獣の数匹で黙ってもらえるなら、いくらでも狩ってきますよ?」
それを見て、「そうか」とユフィの頭を撫でた老人は、メルと呼ばれた女性に声をかける。
「話は聞いておったの。依頼書を出してくれ」
「ではな」とユフィに視線を向け、老人はまた奥に戻っていく。
その背中を見送るユフィに、恐る恐るといった態でメルは声をかける。
「す…すみません。この依頼でお願いできますか?」
そんなメルに視線を向けると、ユフィは元気良く「はーい」と返事をして依頼書を受け取る。
まだ難しい顔をしているレグルスとマキアスに、ユフィはへらりと笑ってみせて、大丈夫という思いを込めて飛び付いた。
「うわっ!なんだ?!」
「ユフィちゃん?!」
「えへへー。初依頼ゲットー!」
拳を突き上げて笑うユフィに毒気を抜かれ、二人は顔を見合わせてやれやれと肩を落とす。
「おめでとう、ユフィちゃん」
「まぁ、嬢ちゃんがいいなら、いいか」
そんな二人にメルはほっと息を吐いて、気になっていたことを言葉にする。
「あの、亜竜の素材の買い取りは、いいんですか?」
素材の買い取りは二階で行っているので、三人は階段を登る。
二階もやはり広くはなく、大きなテーブルを挟んで二つのカウンターがあり、その隣に並んで二つカウンターがある。
その奥にはカウンターの数よりも多くの職員が並んでいた。
「依頼品のタルガの毛皮だ。確認してくれ」
迷わず大きなテーブルのあるカウンターに向かい、レグルスは荷袋を開く。
「その他にも戦利品があるから、買い取り頼むよ」
マキアスも荷袋を開き、ユフィと帰り道で狩った戦利品を並べていく。
その度に「おおっ!」とか「うわぁ!」と声が聞こえてくるのは気にしてはいけない。
戦利品は、タルガを始めとして、シルバーランクの魔獣六体、そしてゴールドランクの魔獣、亜竜である。
職員たちはシルバーランクの魔獣も見ていたが、亜竜の素材を前にして大いに興奮しているようだ。
「すげぇ、本当に亜竜の革じゃねぇか!」
「俺、実物触るの初めてっす!」
「見ろよ!この牙の鋭さ!」
「いや、この爪の大きさも見て!」
そんな声を横に、ユフィはキョロキョロと辺りを見回し、レグルスは不機嫌そうに、マキアスは苦笑しながら職員たちを見ている。
「で、買い取り額はいくらだ?」
不機嫌さを隠そうともせずにレグルスが問えば、視線は亜竜から外さずに、一人の男が答える。
「すみません。依頼の品は2Gで、亜竜以外の素材を合わせると9Gと50Sです。亜竜は単体で25Gで引き取らせて頂けたらと思います」
ピュウとマキアスが口笛を吹く。
この世界で1Gは大金である。
家族五人として一年に5Gもあれば食べていける。
ちなみに1G(金貨)=100S(銀貨)=10000C(銅貨)である。
「それでいい」
レグルスが答えるが、ユフィは価値がわからずのほほんとしている。
男が奥に行き精算している間に、ユフィはそろそろ空腹を訴えてきたお腹を押さえる。
男から代金を受け取ると、レグルスはもう用はないとばかりに階段に向かう。
慌ててユフィが追いかけるのに、マキアスも続く。
階段の途中でくるるとユフィのお腹が鳴った。それは石造りの場所では予想以上に響く。
ぷっとマキアスが噴き出した。それと同時にレグルスもくっと押し殺した笑いを漏らす。
「もうお昼過ぎだしお腹空いたよね」
「飯屋まですぐだ。せいぜい腹の虫に頑張ってもらえ」
ユフィは顔を真っ赤にして二人を睨む。
それにまた笑い出す二人。
ユフィは二人の腕を引っ張ると、がぶりと噛みつく。
「痛っ!」
「嬢ちゃん?!」
「乙女を辱しめるなんて、いい男のすることじゃないわっ!!」
軽く歯形がついた腕を擦りながら、二人は更に笑う。
「もうっ!!今度は本気で噛みつくわよ?!」
「勘弁してくれ…」
「ごめんなさいっ!!」
べーっと舌を出してユフィは駆け出す。
二人は笑いながらそれを追いかけた。