リディスの町につきました
積み上げられた石壁に囲まれた町が街道から見える。
それはレグルスとマキアスにとっては拠点を置く町、ユフィにとってはこの世界で初めて見る町である。
レグルスとマキアスにユフィが出会った場所からこのリディスの町までに村は幾つか存在する。
しかし、あまりのユフィの常識のなさを心配した二人はあえて村に寄らず、常識を説きながらこの町に向かった。
彼らにとってユフィは命の恩人であるし、彼ら自身が真っ直ぐな性根の持ち主であったことも手伝い、ユフィはなんとか普通とは言い難くともあり得るかもしれない程度の設定を手に入れた。
「確認するよ?ユフィちゃん。君はどうしてこの町に来たの?」
「深海の森に三日程入った場所にある元冒険者の家に、元冒険者の両親と共に暮らしてました。両親が旅に出ることになったので、冒険者になろうと思い立ったわけです」
「嬢ちゃんに加護を与えてんのは?」
「第一位と第二位精霊たちです」
第一位、第二位精霊というのは、神竜が直接生み出したと言われる精霊で、加護を与える精霊としての格を第一位から第十位までで表す。
勿論、第一位が最高位でその力は絶大とされるが、第一精霊に加護を与えられている存在は稀にだが存在する。
精霊は火、水、風、地、闇、光の六つの属性に分けられ、複数の加護を得ている者はそこまで珍しくはなく、五十人に一人くらいは存在する。
単体からの加護を持つのは十人に一人といったところだ。
しかし多くは第六位以下の精霊によるもので、第三位以上の精霊の加護があれば、一国の宮廷魔術師になることさえ可能である。
それを全属性で持つということ自体無理はあるが、神竜直接の加護と言うよりは納得できる。
もし神竜からの加護だと知られてしまえば、神竜神殿が手を伸ばしてくる危険も非常に高くなる。
全属性、第一位精霊の加護を持つということは、実際歴史を紐解けばなかった訳ではない。
しかしながらもう数百年が経過していることを考えれば、どれだけのことかわかるだろう。
事実、現在最も加護を与えられているとされる魔法使いでさえ、第一位が一属性と第二位が三属性である。
そのため、ユフィは第一位と第二位の混合、第一位が二属性、第二位が四属性としたのである。
ユフィが余りに自然に魔力を使ってしまう為、複数属性の加護持ちとも、低位精霊の加護と誤魔化すことも諦めた結果である。
「いい?神竜様のことは絶対に言っちゃダメ」
そう何度も念を押すマキアスであるが、レグルスも同じ気持ちである。
ユフィにしてみれば、予想以上に家族が崇められているようで落ち着かないが、事態を軽く見ると良くないようであるとの予測はつく。
「大丈夫!!言わない!」
力強く断言するユフィではあるが、二人はそれに全幅の信頼を置くことが出来ずにいる。
しかし、命を助けてもらった借りを返す為にも出来る限りの協力をしようと少し悲壮な決意をするのであった。
そんな会話をしながらも門への距離は近付いて、気が付けば町に入る為に並ぶ列がすぐ近くにあった。
列といっても並んでいるのは商人の団体がひとつである。当然のようにすぐに列は石壁の向こうに抜けて行き、ユフィたちの番となる。
「シルバーランクの冒険者、レグルスとマキアスだ。そしてこの嬢ちゃんが冒険者登録にやってきた新人だ」
レグルスが言うと、門番の視線が下がり、その顔が歪む。
「嘘はいけません。…お二方のご息女ではないのですか?」
レグルスが溜め息を吐くのと同時にマキアスが援護に入る。
「いや、本当に折り紙付きの実力者でね、これでも成人してるんだ」
その言葉も信じる様子のない門番に、ユフィは折れそうになる心に活を入れて艶然と微笑む。
「門番殿、妾の身に宿し魔力は余人を遥かに凌ぐもの。故に幼き姿なれど、成人などとうに越えておる。これでも全属性第一位精霊、第二位精霊の加護を賜る身なれば、その不審、魔法の披露を以て…」
「ユフィちゃんやめて!!」
「嬢ちゃん!!」
母であるレアリアースの口調を真似て、できるだけ威厳を込めて説明していたユフィに、マキアスとレグルスは必死に止めに入る。
「あれ?」
間違えてないよね?と確認するように二人を見上げるユフィの顔には微塵も威厳はない。
「嬢ちゃん、こんなとこで魔法使ったらどうなる?」
「門番君、この子、亜竜を一撃で倒す実力の持ち主だよ?」
ほら、と門番に亜竜の牙と爪、革を荷袋から取り出して見せるマキアス。
「闇なら真っ暗にするだけだよ?土で一面花畑にしてもいいし、水で湖作っても…」
安全に問題はありませんと主張するユフィ。門番は亜竜と聞き、驚いた顔でユフィを見、レグルスは溜め息を吐きながらユフィに自重を求める。
「とりあえずこの嬢ちゃんは色々規格外でな、ま、俺たちの命の恩人でもある。人間性は保証するから、とりあえず通せ」
「そ。シルバーランクの冒険者二人のお墨付き。通して問題ないっしょ?ここに花畑や湖、欲しい?」
門番はひくりと顔を引き攣らせて、怯えるようにユフィを見た後、ゴクリと息を飲んで「お通り下さい」と門を通した。
どこか疲れた顔をした二人と、少し不貞腐れたユフィは、門を抜け町に入る。
そしてユフィはこの世界で初めての町を目にする。
「う…わぁ!!」
それは煉瓦造りの商店や露店が並ぶ通りであった。
買い物をする人、商売人の声、遊ぶ子供。
以前の世界とは違えど、五十年振りに見る人の営み。
どこか痛む胸を無視して、高まる興奮がもたらすまま、ユフィははしゃぐ。
「凄い…!人がたくさんいる」
顔を紅潮させて目を輝かせるユフィに、二人は穏やかに笑うと、レグルスはユフィの頭を軽く叩く。
「おら。ぐずぐずしてると置いてくぞ。ギルドに行くんだろ」
「そうだよ。それから宿取って、ゆっくり飯食おうよ」
トントンとマキアスに背中を押され、ユフィは笑いながら二人の腕をしがみつくように抱きしめて、グイグイと引っ張りながら歩き出す。
「目指すはギルドっ!!」
「道知らねぇだろうがっ!」