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竜の娘  作者: ゆのみ
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プロローグ

壮絶と言っていい程に森の一区画は荒れていた。

幾つものクレーターに、焦げた土、薙ぎ倒された木々。

その中央に傷付いた巨体が一つ。

その前には妖艶な雰囲気を纏う美女が無傷で立っていた。


「はい。私の勝ちね。これで百勝目!」


嬉しそうな口調で子供のように笑うと、その姿は滲むように小さくなっていく。

そうして現れたのは、幼い少女だった。

少女はのんびりと巨体に近付き、その白銀の鱗をぺちぺちと叩く。


『ま…待て。まだ…』


グルルと喉を鳴らしながら唸るその巨体は竜のものである。


「ダメー。はい。治療してあげるから帰ろ」


そう言って少女は竜に向かって手を翳す。


[痛いの痛いの飛んでけー]


なんとも気の抜けた声と共に光が竜を覆うと、高速で逆再生されるように、その傷は塞がっていった。


『まだ負けてな…』


竜が不満の声を上げれば、一瞬で美女の姿に戻った少女は竜の顔の側に拳を打ち下ろす。

それはどれだけ威力があったのか、紫電を撒き散らしながら、新たなクレーターを作った。


「帰る、わよね?」


にっこりと蕩けそうな笑顔を浮かべた美女は、新たに幾つか傷をつけた竜の顔に爪を突き立てながら確認する。


『…クソッ』


そして少女の姿に戻ると、まだ臥せている竜の背中によじ登り、鬣を掴んだ。


「さっさとして。母さん(冒険)が待ってるんだから!」


『痛い!やめろ!飛ぶ!飛ぶから!!』


ぐいぐいと引っ張られる鬣に涙目になりながら言う竜に、一つ頷いて少女は手を緩めた。


「おうちへゴー!!」


竜はガックリと項垂れながらも、力強く空へと羽ばたいていく。

その上で少女は鼻歌を歌っていた。


「負け犬、負け竜、負けアドル〜♪」










森の奥深く。

人が足を踏み入れることがないその場所に、それはあった。

大きな湖と、咲き乱れる花々。たわわに実った果実。そして聳え立つ崖とその中腹に口を開けた洞窟。

洞窟の中は水晶のような煌めきに溢れ、薄暗くじめじめとした印象はない。

むしろ神聖なる場所と言ってもいい程の絢爛さがあった。


その湖の畔に、四体の竜がいた。

その体は全て白銀に煌めき、その瞳は金に輝いている。

成竜と呼ぶにはまだ早い、百五十歳程の竜たちだ。


この世界に於いて、白銀の竜は神竜と呼ばれ、本来なら唯一己の魔力のみで精霊を生み出す力を持つ存在である。

この若き竜たちは普段、その練習として、花や湖を媒体として精霊を生み出し、この地に力を与えていた。

だがそれは、あくまでも遊びの一環であり、それぞれの生み出した精霊の美を競ったり、力を競ったりするものでしかなかった。


そんな竜たちが今日は精霊ではなく、純粋な魔力の結晶を作ることに集中している。


そこへ一つの白銀の影が差す。


「たっだいまー」


そう言って飛び降りてきたのは、先程竜の背に乗っていた少女である。

それに一呼吸遅れて竜もふわりと舞い降りた。


『おかえり、ユフィ』

『おかえりなさい、ユフィ、アドル』

『やっぱり負けちゃったの?』

『アドルのバカ』


集中しながらも口々に告げる竜たちに、ユフィと呼ばれた少女は盛大に笑い、アドルと呼ばれた竜は不貞腐れる。


『うっせー!俺は負けてなんか…!!』


「負けたよね」


『負けたんでしょ?』

『負けずに逃げれば良かったのに』

『見苦しいですよ』

『一目瞭然だからな』


刺々しくからかわれ、アドルは拗ねたように威嚇する。


『お前らー!!』


グルルと喉を鳴らし、歯を剥き出しにするも、誰も気にしない。


「いつものように、力押しで勝ったよー。アドル猪突猛進だからさー。ところで、母さんたちは?」


そうユフィが言うと、洞窟から若い竜たちよりも二回り程大きな竜が姿を現した。


『勝負は着いたかの?』


『やはりアンドレアルでは相手にならぬようだな』


やはり白銀の鱗に金の瞳を持った二体は、ふわりとユフィの前に舞い降りる。


「ただいま!母さん、父さん」


小さな体で二体の間に走り寄り、ユフィは二体の鱗に交互に口付ける。


『負け竜アドル』

『弱竜アドル』

『根性なしアドル』

『脳が足りないとやはりダメですね』


四体の竜はそっとアドルに近寄ると、アドルに囁く。

しかし今回だけはアドルも逆上することが出来ず、怒りと悔しさを込めて威嚇するに留まる。


アドルは弱いわけではなく、この兄弟の中では一番力も魔力も強い。

ただ、ユフィがより強いだけで、今日はそれが他の竜たちにとっても重い理由を持つだけに、兄弟たちの辛辣な言葉にも逆上したり出来ないだけだ。


『セラフ、サシャ、泣くな』


苦々しそうに苛立ちながらも、アドルは弟妹に言う。


『貴方が負けなければ良かったのに』

『仕方ないさ、ユフィは竜じゃない』


ナギとリデルも寂しさを隠せない。


竜は成竜となる二百歳まで親元で過ごすのが普通である。

兄弟竜たちは仲良く育ち、余程のことがない限り成竜になるまで離れることはない。

だからこそ、家族への愛情は深い。


それは、この家族にとっての養い子であるユフィに対しても同じである。



両親の元で嬉しそうに笑うユフィがこの世界に来て、五十年。

竜に比べて虚弱だった体も頑強になり、小さ過ぎた魔力もまた強くなった。

姿は本来の彼女に追い付いていないが、強い魔力を纏うときにはそれに近い姿に戻れる程になった。


竜でない彼女に、後百五十年も成人の儀を待てとは言えない。


彼らの両親が成人の儀を認める条件として出したのが、兄弟竜で一番強いアドルに百回連続で勝つことである。


それも今日成された。



両親の元で、ユフィは笑っている。

彼女の家族への愛情に疑いはないが、彼女が冒険を、人を求めていることは、皆解っていた。

成人の儀が終わり次第旅立つだろうことも。

それが今夜であることも。





本来の成竜の儀は、己自身の魔力を以て光と闇の精霊を生み出し、己が加護する地を決めて初めて成立するものである。


しかし竜でない彼女は、成人の証として必要なものはなく、ただ両親の許可を待つだけである。


両親はきっと月の光の元で、その鱗を渡すだろう。

その白銀が、一番美しく、魔力の高まる双覇月のこの夜に。


兄弟竜たちは、魔力の結晶である魔石を装飾品に変えて渡したいと思い、魔石を作っている。


彼らの想いをユフィはきちんと理解していた。

だからユフィは笑う。

胸に寂しさがない訳ではない。

気を抜けば泣き出してしまいそうな程、寂しくて、怖い。

この世界はユフィ、いや由希が生まれた世界ではない。


由希は違う世界に生まれ、三十年と少し生きて、この世界に落とされた。

向こうの世界では結婚もしていたし、娘もいた。

穏やかな生活が一変したのは、家族旅行に行ったときのことだった。

小さな神社を見つけてお参りをした。

そのとき、異変が起こった。

娘の美羽が鳥居に溶け込むようにぼやけたのだ。

咄嗟に美羽を押し退けて鳥居に蹴りをいれようとして、世界が暗転した。


気が付けば白銀の竜に見下ろされ、自分の現状を知った。


この世界のどこかで召喚魔法が行われ、側にいた娘の代りに由希がこの世界にきたこと。


無理矢理な召喚だったため、年齢が逆行し、今は幼子であること。

召喚魔法自体不完全だったので、召喚した者のところではなく、白銀の竜の棲む地の近くの空に放り出されたこと。

たまたま異変に気付いた竜が保護してくれたこと。


もし娘だったら、胎児以前まで戻り消滅していただろうし、もし竜が気付かなかったら地面に落ちて死んでいただろうし、もし保護されなかったら、魔獣に食べられて死んでいただろう。


保護された先には五体の兄弟竜がいて、家族として育ててもらえた。

幸いだったのが、両親である竜が別段人嫌いでなかったことと、一歩間違えば赤子としか呼びようがない程に若返ってしまった由希に愛情を注いでくれたことだった。

そして、竜の加護に包まれた水も果物も、由希の体を丈夫に、魔力を強くしてくれた。

兄弟竜たちも末の妹として可愛がってくれた。


世界を渡ったときに組み換えられた体は、不思議なことに年齢を取るのが非常に遅い。

これは魔力に応じて長寿になるためらしいが、本来三十代も過ぎた状態だったというのに未だに六歳くらいの年齢にしか見えず、魔力を体に行き渡らせたときのみ二十代の外見に戻る。

これは体が活性化し、自分が一番動き易い肉体になるからだというが、外見も変わっているのが不可解だ。

前の世界では童顔だったのに、今は美女だとは、これが異世界特典なのだろうか。


そうして五十年、この世界の知識と、魔法と、戦いかたを学んできた。

たくさんの愛情に包まれて護られてきた。


名前も由希という名を捨て、ユーフィリアエーゼと名付けられた。

竜の言葉で『幸せの扉』という意味である。

数え切れない程、抱えきれない程の恩はユフィの胸にある。


けれど竜でないユフィは、竜だけと過ごすことを選べなかった。

そして、あの恐ろしい召喚魔法を消したいという思いもある。


だから旅立つ選択を消せない。

人であることを忘れることもできない。


ならば、哀しむ顔はいらない。

不安な表情もいらない。

何度だって帰ってくると、またいつでも会えると、帰る場所はここだと笑って出て行けばいいだけだ。


幸せになって、お土産をいっぱい持って何度でも会いに来る。

それ以外にユフィに出来ることはない。


だからユフィは笑う。

愛情を込めて、幸せを噛み締めて。


双月が淡く輝き出していた。














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