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機種変

作者: 星田おばけ
掲載日:2026/02/27

今日僕は、機種変した。


昼頃に布団から出て、もう小一時間はスマホとにらめっこしている。

やっと機種変しに行くというのに、その準備を今まで何もしていなかった自分を恨む。

このアプリはもう一度ログインすれば良くて、このアプリはIDとパスワードを忘れてしまったから調べなおして、そんなことをしながら大学の4年間をともに過ごしたiPhone13をまじまじと見直す。

大学に上がることを機に、無理を言ってandroidから変えてもらったiPhone。

カバーの裏にはいつかの映画の来場者特典やアイドルのステッカーが挟み込まれている。

まさに思い出の品と呼ぶにふさわしいものだろう。


大学生活はそれはそれは楽しいものだった。

気の合うサークルの仲間たちといった旅行、初めての推し活に、苦しかった就職活動。どれもこれもくだらないものと言われそうなものたちだが、今の自分にとってかけがえのない記憶の数々だ。

そんな大学生活もあと1,2か月すれば終わりを迎え、すぐに社会人生活が幕を開ける。

そう、大人になるのだ。


準備もそこそこに、駅前にある携帯ショップに向かう。

携帯料金や通信料などを支払っているのは親であるため、実質の契約者である父も一緒だ。

約4年ぶりの機種変に、なぜか緊張している自分がいる。

しかしそれもよく考えれば納得がいく。今日から自分で料金を支払うのだから。

大学生にもなって自分でスマホの料金を払っていない状況に、ありがたく思いつつも少し情けない気持ちもあった。

そんな気持ちとも、今日でおさらばだ。


正直怖い。こんな自分が社会人なんてやっていけるのか。

週5で9時間労働することだとか、諸先輩方との関係をうまくやっていけるのかだとかそんな次元には居ない。

自分が果たして大人にふさわしい人間なのか。そんなことばかり考えている。


携帯ショップで説明を受けつつ、新しいスマホに思いをはせる。

今やボロボロになってしまったiPhone13は、バッテリーのもちが悪く、いつも出先ではモバイルバッテリーが必需品となっていた。

さらに、どこか他のスマホより通信が悪く、満員電車ではインターネットにつながらないこともしばしばあった。

こんなストレスに苛まれることもなくなるのかと考えていると、店員から通信料金は別途アプリからの手続きが必要だと言われた。

そうか、僕はahamoに契約しているから携帯料金とは別で払っているのか。

それすらも知らず、父に支払いや手続きなども任せていたのは恥ずかしい気持ちがあった。


子どもの頃はもっと早く大人になりたいと思っていた。

中学生になって電車の料金が大人と一緒になったことが誇らしかったし、スマホを始めて持った時はそれこそ大人への一歩を踏み出した気分だった。

それくらい大人は高尚なものだと思っていたし、おそらく父の影響が大きかった。

子どもながらに父はすごいなと思っていた。

会社ではそれなりに重要な役職についており、出世も早かった。

かといって家族をないがしろにしているような側面もなく、いつも定時に帰っては僕に勉強を教えてくれていた。

嘘もつかず、間違えない。酒におぼれるわけでもなく、頼りがいのある、まるで超人のようにも見えた父。

だから多分、父のような大人になりたかったのだと思う。


手続きが必要、だからなんだ。

これからは携帯料金以外にも、年金や社会保険料だって支払っていかなくてはならない。

とにかくその場で出来る手続きを進め、ようやくiPhoneの入った白い箱が僕の目の前まで現れた。

今まで使っていたものとは違う、自分のお金で契約した初めてのスマホ。

これでやっと大人への仲間入りだ。


しかし、蓋を開けてみたらどうだろう。

サークルで学年を理由に好き勝手やっていたら周囲から疎まれてしまった。何かを咎められようものなら、その場しのぎの謝罪や醜い言い訳で場を濁していた。気づけば周りには誰も居なくなってしまった。

そのくせ自分のいないサークルがうまく軌道に乗りだしたら、それを自分の手柄のように就職活動の面接で話していた。

月末はいつも、推し活で消えていくカード残高に虚ろな気分になる。

結局いつまでたっても、融通の利かない、わがままな子供のままなんだ。


箱を開けて初めて見たiPhone17は、スリムでとてもかっこよく、なんだか自分には似合わないような気がした。

その時父の声がした。

「通信料だけど、3月までは俺の名義のままで良いからね」

いや…、咄嗟に出た返答に続く言葉は、喉の奥でせき止められた。

急がなくて良いのかもしれないな。そう思ったからだと思う。

とりあえず、データ移行を進めてみると、古い機種に映し出された砂粒のような点の集合体を新しい機種の画面に収めるだけで終わってしまった。

案外あっさりできるんだな。ショップに行く前の顔と画面を突き合わせていた時間はなんだったのか。

そんなことをしているうちに、iPhoneも手に馴染んできたような気がする。

カバーは裏面が透明な、以前使っていたものと同じタイプにした。これでまたステッカーが挟めるが、一体何を挟もう。

少し考えたが、今まで挟んでいたものと同じように挟むことにした。


カバーの中の推しは、笑顔を振りまいていた。

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