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褐色の瓦礫

 一九二四年、十二月二十日。ランツベルク要塞刑務所の重い鉄門が、背後で重厚な音を立てて閉ざされた。  バイエルンの冬の朝は、出所したばかりの私を刺すような冷気で迎えた。手には、獄中で書き上げた『わが闘争』の分厚い原稿。それは単なる紙束ではなく、世界を焼き尽くし、再構築するための精密な設計図だった。


 だが、ミュンヘンに戻った私を待っていたのは、かつて私が情熱を注いで描き上げた「ナチ党」という名のキャンバスが、見るも無残に引き裂かれ、泥にまみれた姿だった。


 私が監禁されていた一年余りの間に、ドイツの空気は劇的に変わっていた。「シュトレーゼマンの奇跡」と呼ばれる通貨改革が功を奏し、ハイパーインフレは収束。街には活気が戻り、人々はカフェでジャズを楽しみ、政治的な過激思想を「過去の悪夢」として忘れ去ろうとしていた。平和。それは、私という「混乱の画家」にとって、最も描きにくい、忌々しく濁った背景色だった。


「アドルフ、時代は変わったんだ。もうビアホールで銃を振り回す時代じゃない」


 かつての同志たちは、私を同情混じりの目で見つめていた。党は禁止され、突撃隊は解散。残された幹部たちは内紛に明け暮れていた。北部のエルンスト・シュトラッサーのような連中は、「もっと労働者寄りの社会主義を」と叫んで私の権威を否定し、ミュンヘンの古参たちは酒場で過去の栄光を反芻するだけの無能な隠居と化していた。


(……無能どもめ。私がいないだけで、これほどまでに線は乱れ、色は濁るのか)


 私は、ミュンヘンの裏通りにある古びた、埃まみれの事務局に立ち、一人で笑った。怒りはなかった。あるのは、すべてを一度更地に戻し、今度こそ完璧な「一人の意志」だけで動く巨大な伽藍(がらん)を建て直せるという、冷徹な建築家のような高揚感だった。


 一九二五年、二月。バイエルン州政府との粘り強い交渉の末、私はようやく「党の再建」と「演説の許可」を勝ち取った。条件は「合法的な活動に限定すること」。役人たちは、私が牙を抜かれた従順な犬になったと信じていた。だが、彼らは知らないのだ。私は犬になったのではない。自分自身が「法律」という名の首輪を握る飼い主になることを決意したのだということを。


 一九二五年、二月二十七日。かつて一揆の銃声を響かせたあの場所、ビュルガーブロイケラー。私は、再建されたナチ党の最初の集会を開いた。会場を埋め尽くした四千人の聴衆の中には、私を「過去の男」として品定めしに来た反抗的な地方指導者たちも含まれていた。


 私は、あえて以前よりも一時間以上遅れて会場に現れた。静寂。私は演壇に上がると、一分近く、一言も発せずに会場の隅々までを見渡した。私の視線が通る場所では、騒いでいた連中が次々と口を閉じ、視線を逸らし、うつむいた。  彼らは「自由」という重荷に耐えかねていた。指導者を失い、自分たちで決定を下さなければならない日々に疲れ果てていたのだ。


「……諸君。私は戻ってきた」


 私の声は、以前の絶叫調とは異なっていた。  それは低く、重く、地を這うような振動を伴って、聴衆の脳髄に直接染み渡るバリトンへと調整されていた。獄中での思索が、私の声に「宗教的な重み」を付加していた。


「私は、諸君と議論をするためにここに来たのではない。私は、諸君の意見を聞きに来たのでもない。……私は、私への『完全なる服従』を求めるために戻ってきたのだ!」


 会場に衝撃が走る。民主主義的な手続きを期待していた連中にとって、それはあまりにも傲慢で、非論理的な言葉だった。だが、その傲慢さこそが、彼らが心の底で待ち望んでいた「救済の形」だった。


「この党に、二人の指導者は必要ない。私の意志が唯一の法律であり、私の言葉が唯一の真実だ。私に従うか、それともこの場を去るか。中間はない。灰色は存在しない。……私という筆となって、新しいドイツを描く意志がある者だけが、私の前に膝を折れ!」


 私は、自分の内側に渦巻く圧倒的な「選民意識」を、一切のフィルターを通さずに吐き出した。一揆の失敗を経て、私は一つの結論に達していた。大衆とは、一人の強力な意志に従うときにのみ、その美しさを発揮する「素材」に過ぎない。一時間後。かつて私に反発していた北部の指導者たちまでもが、競い合うようにして演壇に駆け寄り、私の手を取り、忠誠を誓った。彼らは「自由」を差し出す代わりに、「絶対的な中心がある」という安堵感を手に入れたのだ。


 集会が終わった後、私は一人、控え室の窓からミュンヘンの夜景を見つめていた。瓦礫は拾い集められた。粘土は再び、私の指先で形を変える準備を終えた。だが、このミュンヘンの「地方の色」だけでは、ベルリンという巨大なキャンバスは染められない。必要なのは、もっと鋭利で、もっと近代的な、新しい「宣伝の色彩」だ。


 私は、カバンの中から一通の手紙を取り出した。そこには、北部の党員の中で唯一、私の傲慢な言葉を聴いて「神を見つけた」と記した若い男の名があった。痩せこけ、足が不自由だが、その瞳には底知れぬ知性と、凍りつくような憎悪を宿した男。


 ヨーゼフ・ゲッベルス。


 私は、その名前を指でなぞり、冷ややかに微笑んだ。私という「教祖」に、最新の「拡声器」が加わろうとしていた。


(……さあ、始めよう。世界を塗り替えるための、二度目のデッサンを)


 暗いミュンヘンの空に、一筋の不吉な光が差したように見えた。  一九二五年。怪物は、合法という名のヴェールを被り、再び歩き出した。

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