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コブルクの赤い列車

 一九二二年、十月十四日。ミュンヘン中央駅のプラットホームには、黒い蒸気機関車が、猛獣のような唸り声を上げて停まっていた。私がチャーターした「特別列車」。その客車十四両を埋め尽くしているのは、観光客ではない。ベヒシュタイン夫人のダイヤモンドと引き換えに手に入れた新しい制服、新しい長靴、そして真新しいゴム警棒で武装した、八百名の突撃隊員(SA)たちだ。


 招待状にはこう書いてあった。

『コブルクで開催される「ドイツの日」記念式典へ、少数の随員と共に参加されたし』

私は、その紙切れを車窓から投げ捨てた。主催者たちは勘違いしている。私は客として呼ばれたのではない。歴史という舞台の主役として、その地を征服しに行くのだ。少数? 馬鹿げている。狼が羊の群れの中に入るとき、遠慮して牙を置いていくはずがないだろう。


 列車が動き出す。車輪のリズムに合わせて、八百人の男たちが軍歌を歌い始める。その振動は、私のブーツの裏を通して、脊髄を心地よく刺激した。目指すコブルクは、バイエルン北部にある中世の古都だが、現在は労働者階級――すなわち共産主義者と社会民主主義者たちによって支配された「赤い要塞」として知られている。    そこへ、我々ナチ党が乗り込む。それは、ただの遠征ではない。私の作り上げた暴力装置が、ホームグラウンドであるミュンヘン以外でも通用するのか。その「輸出性能」を試すための、実弾演習だ。


 コブルク駅に到着した我々を出迎えたのは、歓迎の楽団ではなく、青ざめた顔の警察署長と、敵意を剥き出しにした数千人の群衆だった。駅前広場は、敵対する左翼の労働者たちで埋め尽くされていた。彼らは「殺人者!」「山賊ども!」と罵声を浴びせ、我々に向かって唾を吐きかけてきた。


 警察署長が私の元へ駆け寄ってきた。彼は震えていた。「ヒ、ヒトラーさん! 約束が違います! こんな軍隊を連れてくるなんて聞いていない! 旗を降ろしてください! 音楽も禁止です! 隊列を組んで行進することなど許可できません!」


 私は、この小役人を冷たい目で見下ろした。彼は「法律」や「許可」という紙切れが、現実の暴力を止められると信じている平和ボケした人間だ。  私は、彼の胸元を(むち)の柄で小突いて言った。


「署長。……私がルールだ」


 私は彼を無視し、背後の突撃隊に向かって右手を挙げた。「楽隊、演奏開始! 旗を掲げよ! 市内へ向かって行進開始!」


 ファンファーレが鳴り響く。八百名の褐色の隊列が、ざっ、ざっ、と石畳を踏みしめて動き出す。我々は、罵声を浴びせる群衆の海を、モーゼのように割りながら進んだ。だが、敵も黙ってはいなかった。 不意に、空から黒い雨が降ってきた。石だ。屋根の上から、路地裏から、握り拳大の石塊や瓦礫が、我々の隊列に降り注いだのだ。先頭を歩いていた旗手が頭を割られ、鮮血が石畳に飛び散った。私のすぐ横でも、隊員が呻き声を上げて倒れた。


 普通の政治家なら、ここで警察に保護を求めるだろう。だが、私は違った。私はこの瞬間を待っていたのだ。  私の体内で、アドレナリンが沸騰し、世界の色が鮮烈な赤に変わる。


「やれ! 慈悲はいらん! 徹底的に叩き潰せ!」


 私の号令一下、突撃隊は「行進」をやめ、「狩り」を開始した。彼らは手に持っていた登山用のステッキやゴム警棒を振り上げ、群衆の中に雪崩れ込んだ。一九二二年のコブルク市街戦。それは、一方的な虐殺に近い乱闘だった。


 私の兵士たちは、訓練されていた。彼らは恐怖を知らない。彼らは、自分たちが「ドイツを浄化する正義の戦士」であると信じ込んでいるからだ。労働者たちは、数では勝っていたが、組織力と「殺意の純度」において我々に劣っていた。逃げ惑う男の背中を、褐色のシャツを着た男たちが追いかけ、袋叩きにする。悲鳴、怒号、骨の折れる音。


 私は、安全な場所から指揮をしていたわけではない。私もまた、興奮の渦中にいた。私の振るう鞭が空を切る音、飛び散る汗と血の匂い。私は、この無秩序な暴力が、私の一言で始まり、私の意志に従って動いていることに、性的な恍惚すら感じていた。(見ろ。これが現実だ。議論? 投票? そんなものは、鉄の拳の前では無力だ!)


 十分もしないうちに、広場から敵の姿は消えた。残されたのは、血まみれで倒れている数十人の共産主義者と、それを囲んで勝ち誇る突撃隊員たちだけだった。警察は、ただ呆然と立ち尽くしていた。国家権力が、私の私兵集団の前に完全に沈黙した瞬間だった。


 その夜、我々は占領軍のようにコブルクの宿舎に入った。怪我をした隊員も多かったが、誰もが英雄のような顔をしていた。 私は彼らに告げた。「今日、コブルクは落ちた。明日、この街は我々のものになる」


 そして翌日、奇跡のような光景が広がっていた。昨日は我々に石を投げつけていた市民たちが、今日は沿道に溢れ、我々の行進に拍手を送っていたのだ。なぜか?  彼らは「強さ」を見たからだ。長年、彼らを脅かしていた「赤の恐怖」を、一夜にして粉砕した「新しい暴力」。大衆心理とは、かくも単純で、かくも浅ましい。彼らは正義に従うのではない。勝者に従うのだ。コブルクの街は、一夜にしてハーケンクロイツの旗で埋め尽くされた。昨日まで敵だった労働者たちが、今では私の演説を聞くために広場に集まり、「ハイル!」と叫んでいる。  私は演壇から、その光景を見下ろした。まるで、オセロの駒が一瞬で黒から白へ……いや、赤から褐色へと裏返ったかのようだ。


 私は確信した。 テロル(恐怖)は、正しく使えば最高の宣伝になる。人々は、理性では暴力を否定するが、本能では「圧倒的な力による秩序」に飢えている。私が提供したのは、まさにそれだ。


 帰りの列車。行きとは違い、車内は勝利の凱歌に包まれていた。私は窓の外を流れるバイエルンの風景を眺めながら、ポケットの中の「戦利品」を弄んだ。それは、サロンの貴婦人たちから貰った金ではない。今日、この街で手に入れた「確信」だ。


 国家権力(警察)は脆い。(左翼)は意外と弱い。そして、大衆は強い者に尻尾を振る。


 この方程式が正しいならば、もはや地方都市での小競り合いに満足する必要はない。狙うべきは、国家そのものの心臓部だ。ベルリンへ進軍する。そのための準備運動は、これで完了した。


 私は後に、このコブルク闘争に参加した者たちに、特別な勲章を与えることにした。「コブルク闘争名誉章」。それは、ナチ党において血統書付きの古参闘士アルテ・ケンプファーであることの、最高の証明となる。列車はミュンヘンへ向かう。だが、私の心はすでに、次の「獲物」を探していた。一九二三年が近づいている。ドイツ経済が崩壊し、パン一つが数億マルクになるという、狂った年が。それは、私という「混乱の画家」にとって、最高のキャンバスが用意されることを意味していた。

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