複製される毒
声には、致命的な欠陥がある。それは、私の肺から吐き出された瞬間、空気の振動となって空間に広がり、やがて熱力学の法則に従って消滅してしまうことだ。ビアホールで千人を熱狂させることはできる。だが、その壁の向こうにいる数百万人のドイツ人には、私の「真実」は届かない。彼らは依然として、ユダヤ資本に汚染された新聞が垂れ流す「民主主義」や「平和」といった甘い麻薬を読み、眠り続けている。
一九二〇年の冬。私は焦っていた。党員数は増えているが、まだ二千人程度だ。このペースでは、私が国家という巨大なキャンバスを塗り替える前に、私の寿命が尽きてしまう。私には、魔法が必要だった。私の声を物理的に固定し、無限に複製し、風に乗せてあらゆる家庭の食卓へ、あらゆる工場の休憩室へと送り込む黒魔術が。
そんな折、私の「父親代わり」であり、師でもある詩人のディートリヒ・エッカートが、好機を持ってきた。ミュンヘンの右翼系新聞『フェルキッシャー・ベオバハター(民族の観察者)』が、莫大な借金を抱えて破産寸前だというのだ。
「アドルフ、これは運命だぞ。この新聞を手に入れれば、お前の言葉は『弾丸』になる」
エッカートは、酒焼けした赤ら顔で笑った。だが、問題は金だ。我々のような弱小政党に、新聞社を買収する資金などあるはずがない。私は、ここで初めて「軍隊」という組織の裏金に手をつけた。私の同志であり、軍の実力者であるエルンスト・レーム大尉に働きかけ、軍の機密費から資金を捻出させたのだ。さらに、エッカートが紹介してくれた上流階級のパトロンたちからも金を吸い上げた。私は、金というものを軽蔑していた。だが、金が「武器」を買うための引換券であるならば、話は別だ。私は、なりふり構わずかき集めた十二万マルクという大金をテーブルに叩きつけ、この死に体の新聞社を買い取った。
一九二〇年十二月。私は、インクの匂いが充満する輪転機室に立っていた。巨大な鉄の塊が、唸りを上げて回転し始めている。ガチャン、ガチャン、ガチャン……。その規則的なリズムは、まるで軍隊の行進のようであり、あるいは巨大な心臓の鼓動のようにも聞こえた。
白い紙が飲み込まれ、私の書いた文章が、黒いインクとなって刻印され、次々と吐き出されていく。一部、十部、百部、千部……。私は、刷り上がったばかりの新聞を手に取った。まだインクが乾いておらず、温かい。 そこには、私が演壇で叫んだ「憎悪」と「理想」が、一字一句違わず、永遠の形となって定着していた。
(……美しい。これこそが、近代の錬金術だ)
私は、編集方針を根本から変えさせた。これまでの『フェルキッシャー・ベオバハター』は、インテリ向けの退屈な小論文ばかり載せていた。だから潰れたのだ。私は、新聞を「読むもの」ではなく「見るもの」へと改造した。
まず、見出しだ。紙面の半分を埋め尽くすほどの巨大な活字で、扇情的なスローガンを叫ばせる。「裏切り者を吊るせ!」「ユダヤの陰謀を粉砕せよ!」「ドイツよ、目覚めよ!」内容は真実である必要はない。重要なのは、駅の売店で通り過ぎる労働者の目を、一瞬で釘付けにすることだ。あのアカデミーの試験官たちが私の絵を見ずに通り過ぎたような屈辱を、二度と味わうつもりはなかった。
そして、色だ。私はポスターにも新聞にも、徹底して「赤」を使った。赤いインクで刷られた文字は、視覚的な悲鳴となって読者の脳を刺激する。知性ではなく、本能に訴えかける紙面。それはジャーナリズムではない。紙という媒体を使った「暴力装置」だった。
新聞が発行されるたび、私の分身たちが街へと散らばっていく。私が眠っている間も、私が食事をしている間も、この「複製された私」は、どこかの酒場で誰かを怒らせ、どこかの家庭で誰かを熱狂させている。まるで、伝染力の強いウイルスのように。
ある日、エッカートが編集室で私に言った。
「アドルフ、少し過激すぎるんじゃないか? 嘘もほどほどにしないと、誰も信じなくなるぞ」
私は、刷り上がった新聞の山を指先で弾きながら答えた。
「ディートリヒ、あんたは詩人だから分かっていない。……大衆というのはね、小さな嘘には疑いを持つが、あまりにも巨大な嘘には、かえって騙されてしまうものなんだ」
そう。彼らは、まさか新聞という公的なメディアを使って、これほど堂々と出鱈目を書く人間がいるとは想像もしない。その心理的な死角こそが、私の狙い目だ。あることないことを書き立て、敵を悪魔化し、不安を煽り、そこに唯一の救世主として我々を提示する。毎日、毎日、毎日。繰り返される嘘は、やがて歴史的事実へと昇格する。
輪転機が轟音を立てて回り続ける。その音は、私には銃声のように聞こえた。一分間に数百発の弾丸を乱射する、巨大な機関銃。私は、積み上げられた新聞の束に手を触れた。黒いインクが指に付着した。それはまるで、これから流される血の予兆のように、ねっとりと私の皮膚に張り付いた。
この『フェルキッシャー・ベオバハター』は、やがて日刊紙となり、数百万部を発行し、ドイツ国民の思考回路を完全に配線し直すことになる。私は、声という肉体の限界を超えた。私は今、機械化された「扇動」の指揮官となったのだ。




