『縁、失われしプリン(前編)』
前回:文殊の光弾が鏡を砕き、悪縁鬼は消滅。
そして、優子・ゆかり・あかりの“縁”が穏やかに結ばれ直した。
今回、あかりが帰るのは――戦いのない、懐かしい日常。
笑い声が戻ったその世界で、彼女は気づく。
“悪縁を断つ”とは、“何かを失う”ことでもあるのだと。
――静かだった。
蝉の声も、時計の音も聞こえない。
ただ、どこか懐かしい空気が流れている。
気がつくと、あかりは自宅の廊下に立っていた。
目の前には、見慣れた「ゆかり」の部屋の扉。
まるで、時間が巻き戻ったようだった。
ゴクリ、と喉が鳴る。
心臓が、ゆっくりと脈を打つ。
「……ゆかり姉? 大丈夫……?」
意を決して、ドアを開け放つ。
――その瞬間。
部屋の中では、ゆかりと優子が、
ベッドの上で笑いながら話していた。
「えへへ、だからね、それでサッカー部の子が――」
「もう優子、それ何回目の話よ!」
「だって楽しいんだもん!」
眩しい。
光があふれて、視界が滲んだ。
あかりの脳裏に、慈孝和尚の声が響く。
『悪縁を斬れば、最悪の未来につながる因果もまた、消える。
全てが“なかったこと”になるじゃろう。』
――こういうこと、なんだ。
涙が頬を伝った。
でも、それは悲しみではなかった。
「……あっ! あかりちゃん!」
優子が笑顔で手を振る。
「ちょうどよかった、座って!
ちょっと証人になってもらうから!」
「え? なに?」
優子が指を突きつける。
「この人を問い詰めるの!
昨日、裕介くんと一緒にいたでしょ?
二人って、もしかして――そういう関係なの?」
「えぇっ!? ちょ、違うってば!」
ゆかりは慌てて手を振る。
「サッカー部のゴールが壊れたって言うから、
予算の相談受けてただけ!
私、生徒会だし!」
「……そっか、そうなんだぁ……」
「そうだよーもう、びっくりさせないでよ。」
優子が頬をかいて、少し照れたように笑う。
「……ごめんね。なんか、勘違いしちゃって。
あのね――私、裕介くんのこと、好きになっちゃったの。」
「えぇ!? ちょっとそれ早く言いなさいよ!」
「言ったわよー! 今! ねぇあかりちゃん、証人ね!」
笑い合う二人。
その笑い声が、まるで鐘の音みたいに、胸に染みた。
――そうだ。
悪縁は、人の心の“すれ違い”に入り込む。
ほんの小さな誤解や、言葉の足りなさ。
それだけで、心を狂わせることができる。
「……ほんと、酷いよね。悪縁って。」
誰にも聞こえないように、あかりは小さく呟いた。
でも、今はもう大丈夫。
不動明王の炎が、あの暗闇をすべて焼き尽くしたのだから。
「ねえ、あかりちゃん!」
「ん? あっ…そだっ」
「お母さんが、“優子さんも夕飯どう?”って!」
「えっ、ほんと? わー、ご馳走になろうかな!」
いつものように笑う二人。
まるで何もなかったかのように。
――でも、それが一番の奇跡なんだ。
あかりは静かに微笑んだ。
心の中で、そっと呟く。
「ありがとう、不動明王。
この縁を……守ってくれて。」
夕焼けの光が窓から差し込み、
三人の笑い声が、柔らかく部屋を満たしていった。
お読みいただきありがとうございます!
“悪縁”が断たれ、“最悪の未来”が消えたことで、
あかりたちは「何もなかった世界」に戻りました。
けれど、それは確かに“救い”の形。
三人の笑い合う姿こそ、最大の奇跡でした。
次回『縁、失われしプリン(後編)』では、
あかりが“日常の中の小さな縁”を通して、
“縁を失う”ことの本当の意味を体験します。
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※本作はフィクションです。宗教・団体・人物等は実在しません。




