第一話 『血の鐘が鳴る夜(前編)』
鎌倉の少女・円城あかりは、いつもの放課後を過ごしていた。
しかし、その夜――彼女の運命を変える“血の鐘”が鳴る。
※この物語はフィクションです。実在の宗教・人物・団体とは関係ありません。
鎌倉の夜。潮の香りと鐘の音に満ちていた。
円城あかりは、剣道の竹刀を肩に、少し息を切らせて、家の門をくぐる。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。今日も遅かったのね? もう七時よ? また部活?」
「うん。うちの中等剣道部、来週試合だから。最後の追い込み。」
母はエプロン姿のまま、少し心配そうにこちらを見た。
「あなたみたいな小さい娘が大丈夫なのかしら?」
「ちびにはちびの戦い方があるの! スピードとかさ!」
冷蔵庫を開けると、黄金色の甘い輝きが目に飛び込む。
「うわ、めだか堂のジャンボプリン! これ食べていい!?」
「いいけど、その前にお姉ちゃんに聞いてきて。夕飯、友達と食べるのか知りたいの。」
「ゆかり姉の友達って……優子さん来てるんだ?」
スプーンを片手に階段を上がる。
二階の廊下は、いつもより静かだった。
姉の部屋の前で軽くノックする。
「ゆかり姉、入るよー?」
ドアを開けた瞬間――
考えもしなかった戦慄が走った。
優子が、姉を刺していた。
刃が腹部に突き刺さり、真紅の液体が絨毯を染めていく。
「え……な、なんで……?」
優子がこちらを見た。震える声で言う。
「ちがうのよ、あかりちゃん……ゆかりが悪いの……」
姉は倒れ込み、血に濡れた手で包丁を掴む。
ゆっくりと立ち上がり、焦点の合わない目でこちらに歩み寄ってくる。
「や……やだ……来ないで……!」
身体が固まる。足が動かない。
遠くから、ゴーン……ゴーン……と鐘の音が響いた。
鎌倉の寺の鐘? でも、こんな時間に?
頭の奥がぐらりと揺れた。
倒れた姉を視界に捉えると、小さく震えていた。
――まだ、助かる!
「お姉ちゃん! 必ず助けるから!」
次の瞬間、凍りついていた身体に力が戻る。
踵を返し、部屋を出る。階段を降りれば、母がいるはずだ。
だが――血の滴る刃を握った優子が、迫り来る。
「待って……あかりちゃん。」
――ダメだ。階段まで行く前に刺される。
刹那。廊下の先で空間が、バリンと割れた。
まるでガラスの膜を突き破るように、裂け目の向こうに古びた門が現れる。
朱塗りの柱に、金色の龍が巻きついていた。
考えるより先に、足が動いた。
――逃げなきゃ。ここじゃ殺される。
門をくぐった瞬間、背後で空間が閉じる音がした。
つづく
→ 次回『血の鐘が鳴る夜(後編)』へ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
いよいよ、あかりの世界が崩れ始めました。
次回『血の鐘が鳴る夜(後編)』では、彼女が“異界”へと導かれます。
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