苦みは
漁港の昼時は、シンとしている。
漁師もせりびとも、魚たちを運ぶおじさんおばさんも、遅い朝ご飯を食べ終わって
今頃はぐっすり夢の中。
このパンが苦くなるって
どんな時だろう
学校が休みの日、ママからもらったお昼ご飯のお金を持って、またあのパン屋に向かった。
港を見渡せる階段に腰を下ろし、レモンクリームパンをじっと見つめ考えている。
でも何も思い浮かばない。食べたいがまさって、大きくひと口齧った。甘くて、少し酸っぱいような、いい匂いがする。
でも苦くはない...。
「ふう。」
ため息をつく。顔をあげると、桟橋が目に入った。ミヌの面影を感じて
ミヌに会いたいと思った。
そのまま時を過ごしていると、誰かが桟橋に近づいてきた。不思議な雰囲気の、あの子だ。
いつか、あの桟橋でミヌと遊んでいるのを見かけたことがあった。
少年は桟橋の柱に寄りかかり、手に持っていたふくろを開けると、何かを食べ始めた。
「あれ。私と同じ、レモンクリームパンだ。」
思わず声を出した。幸い彼には聞こえていないよう。安心したけれど、恥ずかしくなり、顔を伏せた。
なんで?
もしかして、あの時、同じパンを選んだ子?
ぐるぐると考えが巡る。
結局、彼が立ち上がって姿が見えなくなるまでやりすごした。
周りを見渡し、誰もいないことを確認するとようやく鼓動が緩んだ。
胸に抱えていたパンをうらめしく眺めたのち、
立て続けにひとくち、ふたくち、みくち。
レモンクリームパンで口の中をいっぱいにした。かじりつくたびに、細かなしっとり甘いクッキー生地が、口の端からお気に入りのチェックのスカートへ、ほろほろとこぼれた。
のどに張り付く甘いかたまりを、どうにか飲み込んで一息ついたとき、口の中に微かな違和感を覚えた。
いつもと同じで美味しい…でも、なぜかあと味が違う気がする。
「うーん。」
首を傾げて半分になったパンを見る。
何かわかりそうだけど、
なにも知りたくない気もした。
ポツン ポツン
いつの間にか薄曇りになった空から雨粒が落ちてきた。
冷たい。雨だ。
帰らなきゃ。
急いでパンをしまい、スカートに落ちたパンくずをはらうと、小走りで駆け出した。
このパン食べてる時のあの子、
うれしそうだったな。
もし、苦くなっても、わたしのパンだよ。雨に濡れる桟橋の木目を踏みしめながら、パンの袋をぎゅっと抱きかかえた。
─── ─── ─── ───
港に違う香りを運んできたあのパン屋は、
気づけばもう、なくなっていた。
その噂を耳にした町の人たちは
さみしげな表情を浮かべ、
しかし、どこかやさしい微笑みを交わした。
そして、あの懐かしい香りと、
ほんの少しの不思議は
またどこかに届く。
潮風に乗って───。




