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風の家紋(かぜのかもん)—僕が日本へ向かうまで—  作者: 和泉發仙


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第8話「桔梗の結び目」

週明けの夜、机の上には木箱の中身が広げられていた。古い封筒、白黒写真、そして深い藍色の風呂敷。

 シアトルの移民記録を手がかりにするためには、**曽祖父の“日本での手がかり”**が必要だとメールに書かれていた。ノアは一つひとつを手に取り、改めて見つめ直した。



古い文字


 写真の裏に書かれた、曲線の多い見慣れない文字。ノアはスマホの翻訳アプリを立ち上げ、カメラをかざしてみた。

 画面には、ぎこちない英語が浮かび上がる。


“Sato Isamu — graduation — Showa 6”


「Graduation…? 卒業……?」

 口の中でつぶやく。卒業写真なのだろうか。白黒の写真の中で、真っすぐに前を見つめる若い男――曽祖父だ。制服の胸ポケットに差した白いハンカチが、わずかに誇らしげに見えた。


 けれど「Showa 6」という単語の意味は分からない。翻訳アプリでは正確に読み取れず、「Old calendar」と表示されただけだった。



風呂敷の縫い目


 藍色の風呂敷を広げる。桔梗の模様が散らされ、角の一つに小さな刺繍があった。細い糸で縫われた「S」の文字。

 何度見ても不思議な感覚に襲われる。指でその刺繍をなぞると、何かを訴えかけてくるような温度を感じた。


「……もしかして、名前の頭文字?」

 ノアはそう呟きながら、ノートに“S?”と書き加えた。



母の記憶


 翌日、夕飯の後で母に聞いてみた。

「母さん、この風呂敷、覚えてる?」

「ええ、覚えてるわよ。おじいちゃんがいつも机の奥にしまってたものだから。子どものころ、何度か触ろうとしたけど、すぐ怒られたのよ」

「怒った?」

「そう。“これは大事なものだから”って。それ以上は何も言わなかったわ」


 母の目はどこか遠くを見ていた。

「でもね、不思議なの。ときどき夜中に、これを広げて何かを書き留めていたことがあったの。見たことない文字でね。たぶん、日本語だったんだと思う」


 その言葉にノアの胸が高鳴った。祖父も、この布の上で故郷を思いながら文字を綴っていたのかもしれない。



地名の断片


 その夜、写真をもう一度見直した。制服の襟の端に小さな刺繍があるのに気づく。

 スマホのカメラで拡大し、翻訳アプリを通して表示されたのは――


“Hyogo Prefecture — School”


 見慣れない単語。

 Hyogo。

 Prefecture。


 意味は分からない。ただ、その文字列を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「ヒョウゴ……」

 声に出してみる。英語のどの単語にも似ていない響き。

 何かが、ほんの少しずつ形になり始めている気がした。



ノートのページ


 ノートの次のページに、こう書き加えた。

•Seattle – arrival 1918

•Graduation photo – Showa 6

•Hyogo Prefecture – ???


 ページの隅に、父の言葉を小さく書き添える。

「最後までやれ」



遠い国の風


 ベッドに横になり、目を閉じる。耳の奥で、またあの波の音が聞こえた。

 遠い国の海岸線、港町、そして見知らぬ街のざわめき。そこに桔梗の家紋が風に揺れている――そんな光景が、夢のように浮かび上がった。


「待っててくれ……イサム」

 小さく呟き、ノートを胸に抱いたまま、眠りに落ちた。


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