【9】夕暮れの地
――――初めて口にする魔物の肉はどことなく野性的で食べたことのない味わいだ。
「臭みは強くないか?アリーシャ。魔物の肉は香辛料がないと食べづらいだろう」
とジェームス。
確かに独特の風味はある……しかしながら。
「大丈夫だよ」
香辛料があった方が絶対美味しいがこのままで食べれなくもない。前世日本人としてはちょっと脂っこいのでお野菜が欲しいところだがこんなところで贅沢も言ってられない。
「けど胃が痛んでは困るから、これを」
ラシャが私とジェシーにくれたのは葉っぱのようである。
「それは胃薬にも使われるんだ」
「人間の土地では見ないな。特に私の生まれ育った南部では……」
ジェシーはやはり南部の出身なのだ。ジル兄さまが任された土地。あそこには獣人族が多いそうだ。
「ジェシーは南部は懐かしい?」
「……とうだかな。長い盗賊生活の末こちらに流されてとても考えたことはなかった」
そう語るジェシーはどことなく寂しそうだ。
「でも今はアリーシャと冒険できることの方が楽しみだ」
「……ジェシー!うん、絶対みんなで生き延びて、素敵な国を作ろうね!」
「ああ」
私たちは決意を新たにする。
「さて、そうとなればまずは夕暮れの地に行こう」
「六神のひとりに会うんだね、ラシャ」
正確には一柱と言うのだっけ。
「そうだ」
ラシャが頷く。
「だが夕暮れの六神……聞いたことはある。いや、ここに流されたものはみな知ることになる」
ジェシーも何か知ってるんだね。
「あそこには私のような罪人は入れない。そこの住民も私たちをいれないし、無理矢理入れば六神が牙を剥く」
「そこにいる住民は流されたひとじゃない。先住民……魔族ってこと?」
ラシャの他にも誰か生き残ってる?
「違うな。彼らはいわゆるハーフエルフ。またはその子孫。エルフは混ざりものをよく思わず、人間もまた混ざりものを排除する。そうして冤罪でこの地に送られたから根っからの罪人じゃない」
だから六神も受け入れたってこと……?
「けど、どうしてハーフエルフってだけでそんなことするの?」
古今東西の異世界ファンタジーに於いてハーフエルフと言うものは不遇な境遇に晒される。その理由はそれらのファンタジーにもあるだろう。しかしながらこの世界では何故なのかを知りたい。
「さてな。私には分からない。混ざりものと言うのが体のいい憂さ晴らしのようにしか……」
混ざりものと言うことを利用して日々の鬱憤を晴らそうとしたとでも言うの……?私もジェシーと同じくそのような考えは『分からない』。
「何故なら人間もエルフも『ダークエルフ』は純血なエルフでも罪とした」
この世界にはダークエルフまでいるんだ!
「そうしてダークエルフがいなくなったから南部の地は枯れた」
南部が砂漠化したのってそう言うことだったの!?エルフは森を作ると言うがダークエルフもまた森を作る種族だった。
「もしかしたらダークエルフも暗闇大陸にいるのかな」
もしも冤罪で流されていたとしたら……南部の森を再生することができるかもしれない。私もジル兄さまのために何かできるかも。
「可能性としては有り得るが、ハーフエルフたちもダークエルフはよく思っていない。エルフの血がそうさせるのか……多分夕暮れの地にはいないだろうな。目撃情報もない」
そっか……そこでは会えないのか。でももし出会えたのなら是非とも国民にスカウトしたいものだ。もちろん南部に帰りたければ私が兄さまに交渉しよう!兄さまの臣下たちは納得しないかもだが、少なくとも獣人族たちは彼らに悪い印象は持っていない。
「ま、夕暮れのが何を思ってハーフエルフたちを受け入れているかは知らんが、とにかく行ってみるしかない。今のこの暗闇大陸がどうなってるのかを聞かないといけない」
「しかし会えるだろうか。あそこではまずハーフエルフたちが六神に会わせまいと粘ってくるぞ」
「問題ない。彼らちが六神の意思を阻害することなどできない。むしろ六神たちの本質を考えればただの善意で置いてるわけじゃない」
六神の本質とはなんだろうか。会えば分かるのかな。それに善意でって……そこに六神の本質を表す真実がありそうだ。
「俺が帰ってきたのなら彼らから会いに来る」
やはりこの土地に於いて魔族と言うのは特別な存在なのだ。
肉を食べ終えれば水を汲み、私たちは夕暮れの地へと向かう。夕暮れの地は暗闇大陸の中でも明るかった。しかしながら文字通り夕暮れだ。
「あそこはいつも夕暮れだ」
とジェシー。
「あそこだけが最後の砦のごとくいつも夕暮れだ。ゴーレムも襲わない。だからこそあそこを目指す罪人も多いが……結局は追い立てられ闇に戻るしかない」
暗闇大陸の本物の暗闇へ……。
「でも何でゴーレムが襲わないの?」
ぐぅちゃんはイイコだからひとは襲わない。ラシャがいれば彼らも主の元に帰りおとなしくなるようだ。
「あそこに見えるか?」
ジェシーが指差した方向には白いゴーレムがいる。
「機能停止したんだな。恐らくあそこには機能停止したゴーレムがいるから他のゴーレムも襲わない」
とラシャ。
「六神がいるから……じゃないのな」
ジェームスの言う通りその可能性もあると思うんだが。
「ゴーレムは魔族が造ったものだから、六神ではなく魔族に従う。ゴーレム同士が争わないのは魔族同士の戦争を避ける目的だ」
魔族は同族争いも避けていた。そうでなくてはゴーレム同士で争い自滅してしまうから。
「……」
その時ジェームスが不意に視線を逸らす。何だろう?
「来た」
ジェシーの言う通り、そこにはエルフよりも耳が短く尖った狩人たちが現れた。全体的に女性が多く、ファンタジーで見るようなハーフエルフと呼べよう。
「侵入者の罪人め!」
「この地は我らの土地!」
「ここに立ち入るのなら大いなる六神の裁きがあるぞ!」
しかし私たちを見た彼女らは幼女の私がいること、さらにラシャの姿を見て驚いたようだ。
「六神……?」
「違うな。俺は魔族だ」
ラシャの言葉に彼女たちが凍り付いたのが分かった。