【65】砂漠のオアシス
――――夜明け前
私たちは両国の間に広がる中央砂漠を目指す。
「砂漠ってやっぱり目印とか何もないんだ」
「そうだな。昼間は時間と太陽の位置が一番の目印だ」
移動はらくだである。ジル兄さまは私を前に乗せてくれている。
「とても不満だ」
隣でらくだに乗るラシャ。
「いいじゃない、兄妹の時間なんだから」
クレアに窘められていた。
「ところで……彼らはらくだに乗らなくていいのか?」
ジル兄さまは平気そうに砂漠を歩くアズールとシャムスを見る。
「その……まぁ神さまだから」
時折砂漠の植物を興味深く見るアズール、それを引っ張っていくシャムス。
「やはりそうなのか……信じがたかったが」
まあ入国申請を出す以上は兄さまにも伝える必要があったのだ。
「魔王の六神伝説だっけ、興味深いわ」
今はキアーラ姉さまたちにも話してある。最初は驚いていたがシャムスが太陽神と聞いて喜んでいた。
「それに太陽神よ?私、この地の太陽神の伝説は好きだわ」
えっと、そう言うのもあるのか。
「今度本を差し入れようか」
「いいの?私も欲しい!」
「……それなら俺からも」
とジル兄さま。
「じゃあ被らないように一緒に選びましょ」
「分かった」
どうやらそこは仲良く選んでくれるようで安心した。
しかし太陽神の伝説。やはり方角などこの地のひとびとにとってなくてはならない存在だからだろうか。過酷な気候のこの地にひとびとが暮らしているのもシャムスを愛してくれているひとたちがいるからだろうな。一瞬シャムスがこちらを見ていたようだが、目が合うと視線を反らしてしまった。
やがてアズールが合図をしたのでその場所が砂漠の中央だと分かる。
「方角的にも……あっているだろうな」
「ええ、賛成よ」
ジル兄さまとキアーラ姉さまもアタリだと判断したのだろう。
「……」
アズールが杖を掲げ、それを砂にそっと差し込む。あれって多分、白昼夢の中で見たものと同じだ。シルワが生まれたのと同じように、次の瞬間辺りに緑が溢れていく。
サボテンなど水が少なくても育つ植物はもちろん、見たことのない形の木、ヤシの木みたいな木、果実を宿す木、強い日射しを遮れる木。
さらにアズールの目の前には泉が沸き上がる。
「オアシス!?」
「生やすのは森だけじゃなかったのか?」
ラシャも驚いている。
しかしアズールはにこりと微笑むと首を横に振る。アズールじゃない?それならば……。
シャムスを見ると意味深に顔を反らしてしまった。
「ひょっとして水脈が埋まっていたから……たとえ木々を植樹しても水がなければ枯れてしまうわ。ダークエルフたちなら地か水脈を探して森のサイクルを作れるようにするのだけど……こんなに早く分かるものなのね」
クレアが言うには時間がかかりそうなことだが、それを一瞬で……?
「……そっか……太陽神よ。彼ならオアシスがあった場所……水脈の場所を知っているわ」
「……」
キアーラ姉さまの言葉にシャムスはそっと木陰に隠れてしまった。
「昔、過酷なこの地で生きるひとびとのために地か水脈の眠るオアシスの場所を教えてくれたのよ」
それはいつも地上を空から見守ってくれているからだろうか。本人は照れてしまってラシャが迎えに行っていたが。
そして不意にアズールがジル兄さまの前に立てば、胸元にそっと掌を翳す。どうしたのだろう?しかしその瞬間、アズールの手が光輝く。
「ちょ……っ、何!?」
「世界樹の光みたいだけど……」
キアーラ姉さまの言葉にクレアが告げる。温かい世界樹の光。私もこの光を幾度となく見たじゃないか。
「そう言うことだったか」
ラシャがシャムスを連れて戻ってきた。そして私もどこか魂の奥底にある何かの声を聞いた気がする。
光が収まればアズールは元の微笑みを絶やさない。
「欠けていた魂が生命の大樹によって治療されたんだ。思えば世界樹とはあらゆる生命の根源だ」
欠けていた魂……と言うことは。
「もとある勇者の1/2。記憶は皇太子が受け継いだが、力の方を受け継いでいたか」
「俺が……勇者」
ジル兄さまが驚いている。
「アズールもお前にならと思ったのだろう。お前なら世界を正しい道に導くと」
『今度こそ、正しき道を』
そして聞こえた声は重々しくもあれどどこか強い祈りの言葉に聞こえる。
アズールの言葉を受けたジル兄さまはアズールに強く頷いた。
※※※
その後、オアシスを抱えた砂漠の森は恒久的に二国が争わぬよう帝国本土の保護区としながらも二国が協力して管理をしている。
また定期的にダークエルフが森の管理を教え、その代わりに国政にも詳しい獣人族を派遣してもらうと言う体制も整った。
さらにジル兄さまも結婚すると言う報せをくれた。相手はイェンナさんだそうで、実は獣人族の血を引いていたイェンナさんが妻となることで現地の獣人族たちも歓迎モードのようだ。




