【59】獣人と人間
――――晩餐までの間、私たちは客室に案内された。
「アリーシャと別々の部屋か?夫婦なんだが」
客室は私とラシャ、従者用の部屋だ。
「しかし未婚の男女の場合、我が国では……」
案内してくれた獣人族の女性が申し訳なさそうにジェシーを見る。
「確かにそれは分かるが……2人は婚姻しているぞ」
結婚式は私が成人してからなのだが、聖女である立場上身を守るためにも必要とされた婚姻だ。
「せめて従者は同伴できないのかしら。侍女のひとりやふたりは普通つくでしょう?」
クレアも心配したのか告げてくれる。
「その……決まりなのです。側仕えはこちらで用意しますので」
「だからって、普通は国から同行した供のものがつく。クレアは宰相として来ているが、私なら……」
そうジェシーが言いかけたときだった。
「罪人なんぞに任せられるはずがなかろう」
現れたのはグレッグと皇城でも見たことのある侍女たちである。
「我が国を訪問するにあたり、身分は調べさせてもらっている。そこのダークエルフは誘惑罪、その獣人は窃盗で捕まった盗賊イェシア・オリヴィアだな」
イェシア……違う発音だとジェシア。つまりはジェシーか!
「お前っ」
「あら……昔のことを随分と」
前に出ようとしたジェシーをクレアが止める。
「かつて暗闇大陸に囚われた罪人のうち冤罪のものは罪を許され、更正したもの、暗闇大陸解放に尽力したものたちは罪を許された。それは皇太子殿下も認めてのことよ」
何せこちらには罪の重さをはかる専門家がいるんだもの。その罪の所在についてはアレックス兄さまにも話を通している。じゃないと何を言われるか分かったものではなかったのだが。
「それを蒸し返すだなんて、他国に対する過干渉ではないかしら」
カエルムは帝国の属国だから帝国からの要請に応じるのは過干渉ではない。しかしそれが属国同士なら確実に過干渉だろう。もうみんなカエルムの国民なのだから。
「だがダークエルフとそこの獣人の罪をソレイユは許していない!」
「彼女たちを暗闇大陸に送った時点でお前たちにそれを主張する権利などないだろう。そして彼女たちの国籍はここにはない」
ラシャが告げるとグレッグは悔しそうに表情を歪ませる。
「だが……っ」
「それをソレイユ王が認めたとしたらそれこそカエルムへの過干渉。帝国も認めての処置だと言うのに干渉した……罰せられるのはお前たちの主だぞ」
そんな……っ、ジル兄さまがっ。
しかしそれにはさすがのグレッグも引き下がるしかない。
「だとしてもそのような罪人どもよりも、我が国の侍女がお仕えした方がよい。元より帝都でアリーシャ皇女にお仕えしていたものたちだ」
そう告げると、にこりと貼り付けた笑みを浮かべる侍女たちが前に出てくる。しかし帝都でという言葉が出たからかラシャが私を腕の後ろに庇う。
「魔王はそのような幼女と同衾されると。どんな噂が立つのやら」
「は?勝手にしろ。夫婦だって言ってるだろ。そもそもアリーシャはまだ幼いのにその侍女たちに任せたらどんなことをされるか分からん。俺が何も知らないとは思うなよ」
ラシャの言葉に侍女たちが貼り付けていた笑みを崩し表情を歪ませる。
「この忌み子が」
侍女のひとりが舌打ちする。
「なるほど……罪深き皇女には相応しい罪人同士の庇い合い。魔王も帝都で囚われていたと聞く。貴様もどうせ……」
「やめて!」
私が叫んだことでグレッグたちは驚いたように私を見る。私が言い返すだなんて思っても見なかったのだろうか。
「みんなのことを悪く言わないで!ラシャもクレアもジェシーも何も悪くない。ジェシーは生きるために必死に戦って、やっとのことで生き延びたんだよ。クレアは仲間を失っても希望を捨てずに私たちを導いてくれた。ラシャだっていつも私を守ってくれたもん!少なくともあなたたちよりはよっぽど立派に生きてるよ!私も……忌み子なんかじゃない。あなたたちにそんな風に言われる覚えなんてないよ!」
「生意気な!お前が生まれたせいで妃殿下は亡くなられ、ジルさまがそのことでどんなに悲しまれたか!お前は我らやジルさまから妃殿下を奪った!ジルさまとて国主になられた姿を妃殿下に何より見て欲しかっただろうにっ!お前にあの方の悲しみが分かるか!」
グレッグが迫ろうとするが見えない壁に阻まれる。ラシャの魔法だ。
「いい加減にしろ。お前たちはそんなことを今までアリーシャに言ってきたのか。この子はまだ8歳だぞ!お前たちの主が悲しんだだの二度と会えないだの。二度と会えないのはアリーシャも同じだろう!」
「知ったような口を!妃殿下のことすら知らぬくせに!」
グレッグが私を睨みながら叫ぶ。私はジル兄さまの言葉でしか母さまを知らない。それは事実だけど。
「お前に何が分か……ぐふっ」
グレッグが吹っ飛ばされた。いや、正確にはジェシーに頬を拳で殴られ床に突っ伏したのだ。
「な……なにをっ」
「お前はソレイユ王国の歴史も知らずに王の側近を務めているのか」
「は?それくらいは知って……っ」
「私を含め、親を失った獣人族は多い。母親の顔を知らんものもいる。多くは産後の適切な処置を受けられない。運良く生き延びたとしても劣悪な領主からの厳しい取り立てでひとり、またひとりと死んでいく」
「そんな……獣人どもの歴史など知るものかっ!お前らなどっ」
そう言いかけた時、グレッグが何かに脅えたように息を飲む。いつの間にかジェシーの周りには獣人族の騎士や側仕えたちが集まっていた。
「俺たちをバカにするのも大概にしろ!」
「そうよ!この子の言う通りだわ!私も母の顔を知らない!重税のせいで適切な医療を受けられず、私だけが生き残った。母が命懸けで私を産んでくれたことは私の誇りよ!」
「俺だって……厳しい税の取り立てがなければ、家族は死なずに済んだはずだ!」
「食料を少しでも分けてくれれば、生きられたかもしれないのに」
「俺たちの土地で人間が領主を気取って好き勝手した結果じゃないか!」
「お……お前たち!私は帝国本土の貴族の称号を持つ……っ」
「もうやめろ、グレッグ」
しかしその時響いた声にグレッグの顔が青ざめる。
「お前がアリーシャや獣人族のことをそんな風に思っていたことは分かった。お前はもう帝都に帰るんだ」
そこにはジル兄さまと……どうしてかアズールが隣におりにこりと微笑んでいる。もしかして連れてきてくれたの!?そしてジル兄さまはグレッグの言い分を聞いていた。今までジル兄さまの前で取り繕ってきた裏の顔が完全に剥がれた瞬間だった。




