【55】メリッサ
第1皇女メリッサ殿下はアレックス兄さまと同じ皇后の娘である。
「どんな方なんだろう。私はお話ししたことなくて」
「俺もあのにやけ顔しかしらない」
ラシャ、それってアレックス兄さまのこと……?
「でも……」
それ以上に心配なことがある。
「何か気になることがあるの?アリーシャ」
「……よくイレーヌ皇女やビビアン皇女が一緒にいたから」
「アリーシャの反応で何となく察せるな。メリッサ皇女自身はどうだ?」
「……そう言えば」
直接的に何かされたことも言われたこともない。メリッサ皇女はあの2人をどう思っていたのだろう。その答えが聞けるのだろうか。
夕暮れの地に着けば、そこにはアテナたちと共に特徴的な長いブロンドヘアの女性がいた。確か20歳は超えているはず。瞳はアレックス兄さまと同じアメジスト。
「メリッサ皇女」
「あの方がそうなのね」
しかしアテナたちとは楽しそうに会話をしている。それに人間の女性の従者もいるようだ。
そしてこちらに気が付いたメリッサ皇女が口を開く。
「着いたか、出迎え感謝する」
そう告げたメリッサ皇女はそれだけでカリスマ性のありそうないでたちだ。
「私がメリッサ。グラキエス王国を預かるものだ。こうして直接話すのは初めてだな、アリーシャ」
私の……名前っ!
末っ子の姫だから興味を持たれていないとかそう言うことではなかった。
「は、はい!初めまして!」
と言うのもおかしいだろうか?顔を合わせたことはほとんどなく、見かけたことならあると言った感じだった。
「そうだな……その方が相応しい」
そう言ってにこりと微笑む。なんだか皇城での表情よりだいぶ柔らかである。
「……その、今回はどうしてこちらへ?」
「隣の国同士だ。国主同士が顔を合わせるのは当然のこと」
確かにそうだが……国主ってことはもしかして。
「あと……妹に会いに来たと言ってもいい」
「へぁっ!?」
驚きすぎて変な声が出た。私は妹として認識されていたのか。そのことにひどく驚いた。
「立ち話は何だ、お邪魔していいだろうか」
「……なかなか押し掛け色のありそうな……」
「こら、ラシャさん!」
小声でそう告げたラシャをメリッサ皇女から見えない位置からクレアが小突く。
アテナたちに出迎えの礼を言いつつ、メリッサ皇女一行をご案内することになった。
ゲートで魔王城に着けば、急ごしらえではあるがジェシーたちが応接室を用意してくれたようだ。
「急な訪問なのに済まないな」
「いえ……そんな」
わざわざ来てくださったのだ。いや……むしろ足を運ばせて良かったのだろうか。
「アリーシャ、私はそなたに礼を言いに来た」
「お礼……?」
暗闇大陸を元に戻したからだろうか。
「皇太子が私に言ってきたのだ。女皇族も王位を継げるようにしたから、アリーシャが将来女王を継ぐために先になれと」
「えっ」
「本当に勝手な兄だ」
「その……ごめんなさ……っ」
「よせ」
メリッサ皇女が手で制する。
「私はずっとなりたかったのだ。そのせいで随分と兄にも反発した。だからそれは私の望みなんだ」
「それは……っ」
「そのきっかけを作ってくれたのはアリーシャ、そなただ。だから私が直接礼を言いに来た。私は先に女王になる。夫はグラキエスの直系王族だがそれほど丈夫ではない。私が王位に就くことは納得してくれた。女だからと文句を言う男どもは先に私が黙らせる。アリーシャは成人したら安心して女王になるように」
「どうしてそこまで……」
それがメリッサ皇女の夢だから……と言うのもあるだろうが。私のためにしようとしてくれている。アレックス兄さまの命とはいえ反発はあるだろうに。
「……私は皇城では何もしてやれなかったな」
「それは母親が違うから……」
「いや、違う。私が下手に庇い立てをすればお前は多くの嫉妬や理不尽な仕打ちを受けたろう。ビビアンとイレーヌのこともそうだ」
「それは……」
「あの2人なら私の知らぬ間に手を出すだろう。ならば私が少しでもあの2人を引き付けていた方がいい。その点ではキアーラにも相当寂しい思いをさせた」
キアーラは第3皇女。あの2人のようなことはしなかった。
「そしてアリーシャのことは同母のジルに任せることで皇太子と話をつけていたんだ」
「そう……だったのですね。アレックス兄さまと……」
「ああ。だがこれからはアリーシャも一国を任せる身。共に戦ってくれるものもできたのだろう?」
「は……はい!たくさん……たくさん一緒に旅をして、戦って……天空大陸を、カエルムを取り戻したから。私は……絶対にメリッサ皇女のようにカッコいい女王になります!」
「ならば頑張らねばな。だがアリーシャ」
「はい。メリッサ皇女」
「皇太子を兄さま、と呼んでいるのに私は皇女なのか?」
え……ええと。
「メリッサ……姉さま?」
「うん、それでいい」
もしかしてだけど……この兄妹も割りと似ているところがあるのだろうか。
「さて……アリーシャにも会えたし、今度はキアーラの様子も見に行かねばな。キアーラは今はメリディエスか。私も就任の手続きが落ち着いたら会いに行きたいものだ」
あれ……?メリディエス?キアーラ皇女が任された国に驚く。
あちらにも姉皇女が嫁いでいる。女王になるかは分からないが……交渉できる可能性は生まれたわけだ。
「あの、メリッサ姉さま!実はその、ジル兄さまにお願いしようと思っていたことで、メリディエスにも協力して欲しいことがあるんです」
砂漠の緑化計画。
前世で言えば並大抵のことではないが。
メリッサ姉さまに計画を話せば、驚いた様子を見せながらもメリッサ姉さまが頷いてくれる。
「なかなか面白い。両国にとっても決して悪い話ではないだろう。問題は緑化した後の土地の配分だが」
そうか、確かに争いになってしまっては困るか。
「両国が揉めるようなら帝国で保護区に認定してもらえばいい。2人とも賢明な判断をするとは思うが。その様子ではジルの方はアリーシャが行くのだろう?」
「そうです!」
「なら、キアーラの方は私が受け持とう」
「あ、ありがとうございます!」
思わぬ協力を得、メリッサ姉さまと連携を取りながら訪国の準備が進められることになった。
「さて、今後の話も進んだわけだし、私はそろそろ国に戻るよ。あまりグラキエス城を空けてはみなが心配するしな」
「ではお見送りします!」
「ああ、ありがとう」
ゲートで夕暮れの地に向かえば、メリッサ姉さまの従者たちが再びアテナたちと仲良さげにしている。
「彼女たちもエルフと人間の混血だ」
「……っ!」
つまりは人間の遺伝子を多く持っていたから、彼女たちは姉さまの国で育った。そしてエルフ側の遺伝子を強く受け継いだアテナたちが帝国本土では暮らせなかったのだ。しかし両者の間には『ハーフエルフ』と言う辛い時代を生き抜いた仲間のような空気を感じる。姉さまはそのために彼女たちを連れてきてくれたんだね。
「ではアリーシャ、また何かあれば通信で呼ぶといい」
「はい、姉さま」
橋の向こうに戻る姉さまを見送る。アテナたちも姉さまの従者たちとの暫しの別れを惜しんでいた。




