【53】森の種
――――今日はクレア、ジェシーと共に帝国から届いた資料を整理していた時である。
一人分の声だがどこか会話する声が聞こえてくる。
「うーん、どうしたものか」
「……」
部屋の外ではシルワとアズールが顔を見合わせていた。アズールは相変わらず口元に微笑みを浮かべるだけだが、手元の杖を鳴らせばシルワに伝わったようでこくんと頷く。
「2人とも、どうしたの?」
「アリーシャたち。いいところに」
シルワが手招きしてくれる。
「浄化され、本体の私に吸収された元成れの果てたち。彼らは世界樹と同一化し、また森の種になる。彼らは世界樹としての役目を果たした。みな、森に戻りたいのだ。私たちは母体と神体だが気持ちは分かる。私たちはもともとは木だから」
「……」
アズールも頷く。
「しかし世界樹の息吹を受けた種は勢いがありすぎて……下手な場所に植えればジャングルになる」
それは大変だ。あ、でも植えられる場所ならあるのでは?
「南部に植えたらどう?でもさすがに砂漠は無理かな」
「いえ……むしろそれは得策かと。あれらは砂漠を緑化することも可能。陽射しは厳しいがそれらに耐え得る。今度こそ大切にしてくれるのならば」
「ジル兄さまならきっと大切にしてくれるよ」
そして後世にも。
「アリーシャのお墨付きなら、私も南部に任せたいわ」
クレアにとっては元故郷である。
「そうだな。そうなればきっとみんな助かるよ。必要ならダークエルフたちに森の管理を指南してもらうのはどうかな。私たち獣人からすればとてもありがたい」
ジェシーも賛同してくれる。
「問題は国として外交上の賛同をしてくれるかね。確か南部の砂漠の国の名は……メリディエスとソレイユ」
「えっ、ふたつあるの!?」
その事実を初めて知った。
「南部の国ってひとつじゃぁ……」
しかし帝国は広い。
南部の国がひとつなわけはないのだが。
「アリーシャ、他に何か覚えてないか?例えばソレイユは人間の王族。貴族には獣人もいる。メリディエスは獣人の王族。私はソレイユの貴族だった」
「あとは……ダークエルフの森があった地点は中央砂漠。2つの国が共同に管理しているから許可を取るならまずはアリーシャのお兄さまの国がいいのは確かなのよね」
「ああ。実の兄なのだろう?」
「うんっ」
砂漠に緑が生まれるのはありがたいと思ってもらえるだろう。でも、その森はちゃんと大切にして欲しいのだ。私は彼らの記憶を見てきたから。
「ごめんなさい……私、ジル兄さまの国なのにちゃんと知らなくて……」
聞けばジル兄さまなら答えてくれただろう。けれど私は臆病になってしまう。私が詳しく聞けば、ジル兄さまに着いてくる気かと【彼ら】は怒るだろうから。
「いや、アリーシャはまだ8歳だろう?まだまだ知らないことがあって当然だ」
「そうそう。カエルムのことに関してはアリーシャは充分に知ってるのよ?アリーシャはこの国の女王になるんだから、まずは自国のことを知っているのが一番よ!」
「……あ、ありがとう、2人とも!」
「どういたしまして。それに南部の国のことは帝都に聞いてみましょう」
そう言えばアレックス兄さまの紹介でクレアは帝都の高官ともやり取りを始めている。
「国のことが判明したら早速外交の準備よ」
「うん、クレア!」
ジル兄さまの国……どんな国なのだろう。先立つ不安はたくさんある。恐いことも、懸念も。けどここには私が知りたいと思うことを咎めるものたちはいないのだから。




